第6話 生物兵器だった
森で出会った女、マリーをナディエージダまで連れてきた。
俺は研究所の敷地内に入り、鍛錬場を通り過ぎたところでイヴァン博士の所長室を目指した。マリーは俺の後について来ている。その扉の前に着くと、俺は3回ほど叩いた。
イヴァン博士が椅子から立ち上がる音の次に、扉が開かれた。
「ジョゼフ、珍しいな。お前から所長室に来るなんて・・・・・・その女は?いや、まずは入ってくれ」
俺が先に入ると、マリーはそれに続けて入ってきた。イヴァン博士は自分の作業机と向かい側になるように椅子を2つ用意して、「ここに座るといい」と言って俺達を導いた。
そこに座ってからメモ帳を取り出して、イヴァン博士に伝えたいことを書いた。それを渡すと、イヴァン博士は少し驚いて読んでくれた。
「『この女の名前はマリーです。俺がここから20メートルと少し距離のある森で出会った生物兵器です。
ナディエージダに敵意がなかったので、連れてきました。マリーは俺よりも生物兵器としての機能が優れています。
なので、イヴァン博士がマリーの機能を研究して、さらに技術を高めればナディエージダのさらなる安泰に繋がると思いました。
マリーには帰る場所がないようなので、ナディエージダで保護してもらえませんか?』」
イヴァン博士がそれを読み終えると、少し嬉しそうに俺にこう言った。
「メモ帳をよく使えこなせたじゃないか。しかも、こんなにたくさん書いて自分の気持ちを言うのも初めてだな」
俺は頷いて返事を表した。
顔は無表情だったかもしれないが、自分でも驚いていた。こんなに簡単にものを伝えることができたことがなんだか自分でも嬉しかった気がしたから。
イヴァン博士ほマリーに話しかけた。
「はじめまして、私の名はイヴァンだ。このコミュニティ、ナディエージダの最高責任者であり住民の生存に関わる研究にも携わっている。ジョゼフの育ての親でもある。
君は、マリーといったか。」
「はい、あたしはここからちょっと遠いコミュニティの研究所で造られた生物兵器で、そのコミュニティはもう存在しません。つまり、帰る場所がないのです・・・・・・」
「そうか、それは大変だったな・・・・・・何があったかは聞かないでおこう。君が本当に我々に敵意がないのなら、いつまででもナディエージダで生きるといい。だが、私からも頼みがある」
「はい、どんなことでも聞きます」
イヴァン博士は俺を一瞬見てからマリーにこう言った。
「うちのジョゼフはなぁ、気難しい性格なんだよ」
マリーは納得したような素振りで「そうみたいですね」と返事をした。
「もうわかっていると思うが、ジョゼフは言葉を出すことが苦手みたいでな・・・・・・だが、君を連れてきた時は何故かここまでメモ帳を使うことができたのだ。こんなことは初めてだ」
俺は横目でマリーを見た。
「もしかしたら、マリー・・・・・・君ならジョゼフを支えてやれるかもしれないな」
イヴァン博士は呟くように言った。
すると、マリーは静かに椅子から立ち上がってイヴァン博士に言った。
「あたしは、ジョゼフの支えになりたいと思っています」
俺はその言葉を聞いて目を見開いた。驚いた。支えようと思っていたのは、俺の方だったのに。
あの時、「死にたい」と嘆いていたマリーを放っておかなかったから。マリーのあの姿に自分を写しているようで、胸がむずむずした。なんとかしなければ、このままではいけない。そう思ってしまったから。
マリーはもう一度イヴァン博士に言った。
「ジョゼフはあたしに『一緒に生きよう』と言ったんです」
「それは、筆談で?まさか、本当に言ったのか?」
「はい、声に出して言ってくれました。あたしに、生きようって。そんなことを言われたのは初めてでした。生きろ、と命令されたことはあったけど、一緒に生きてくれる人はいなかった」
イヴァン博士は信じられない、そしてとても嬉しそうに俺を見ていた。
マリーは言葉を続けた。
「あたし、あの時のジョゼフの言葉が嬉しかったんです。だから・・・・・・もし、イヴァン博士があたしに居場所を与えてくれるなら、ここで生きてもいいかわりにジョゼフを支えてほしいと言うのなら、あたしは全力で支えます。それだけでいいのなら」
「そうか、では頼んだぞ」
イヴァン博士はマリーに微笑みを浮かべてから俺に向き直った。
「ジョゼフ、お前の部屋の隣にもう一つ部屋が空いているだろう。昔、広すぎるという理由でお前の部屋に壁を作っただけの空間なのだが、そこしか空いていないのでな。マリーをそこまで案内してやってくれ」
俺はイヴァン博士の指示に従ってマリーを連れていこうとした。所長室を出る直前にマリーは軽く博士に辞儀をしてから俺についてきた。
それから俺の部屋の前に着くと、俺はマリーにメモを渡した。
『俺の部屋にはベッドはあるが、隣にはないので布団を分けてくる。ちょうど2枚使っていたから、1枚持ってくるから待っててほしい』
「えっ、うん・・・・・・ごめん、ありがとう」
マリーの頬が色づいた気がして、なんだか気まずい感じもしたが、仕方ない。彼女に床で寝てもらうわけにはいかなかったから。
布団を分けたら、今度は2人でマリーの部屋に入った。俺は部屋の埃を取るために軽く掃除もしながらマリーの簡素な寝床を用意した。
マリーはなんだかあたふたしながら手伝おうと動いていたが・・・・・・もしかして掃除をしたことがないのだろうか?
そうかもしれない・・・・・・マリーの生物兵器としての機能の良さと、自分のコミュニティが滅んだということから考えたら、もしかしたらマリーは戦いにのみ動いていたのかもしれない。
ナディエージダはおそらくマリーのコミュニティと比べたらまだ平和なコミュニティだと思った。だから、俺はまだ人間として生きていけるのかと少し考えもした。
「あの、手伝いたいんだけど・・・・・・何かできないかな?」
マリーは困った顔で俺に聞いた。
大丈夫、もう終わったよ。と、応えたかったが残念なことにこの不便な口は動いてくれなかった。
仕方ないので、俺はまたメモ帳を出してそこに言葉を書き、マリーに渡した。
『もう終わったから大丈夫、ありがとう。あと、俺の部屋には洗面台もトイレもあるけど、こっちにはないから、廊下を出て俺の部屋の方向から少し歩かないといけない。真っ直ぐ歩いていけば、共有のトイレに辿り着けるが、大丈夫だろうか』
「うん、大丈夫。ありがとう」
それからもう一度メモ帳の一枚を切って、マリーに渡した。
『今日はもう遅いから、ゆっくり休んでくれ。何かあれば、壁を叩くか、俺の部屋にも入ってきていいから。それじゃあ、また明日』
そう書き残して、俺は自分の部屋へ戻った。マリーも自分の部屋に残った。
それぞれ自分の部屋で、今日という日の残りを過ごしていた。
※
次の日の朝、マリーは鍛錬場に来ていた。アレン指揮官と揉めているようだった。
「ハァ?!だいたいテメーは誰だ!女が鍛錬場に来るんじゃねぇ!」
「待って!話を聞いて!あたしはイヴァン博士に頼まれてここに来たの!ナディエージダの兵士の鍛錬を手伝ってほしいって・・・・・・」
「あのバカ博士が女にそんなこと頼む訳ねーだろ!さっさと消え失せろ!」
次の瞬間、アレンはマリーに向かって木刀を振り下ろした。もちろん、マリーはそれを避けた。
女に自分の攻撃を避けられて、アレンは驚いてマリーに言った。
「テメー・・・・・・まさか、」
マリーも察したようにアレンに応えた。
「うん。多分そのまさかだから、いい加減わかってよ」
「知るか!興味ねぇ!」
アレンがマリーに背中を向けると、マリーは今度はアレンに向けて叫んだ。
「あたしは、あのジョゼフと同じ生物兵器なの!ナディエージダの兵士の質を高めるためにここへ来たの!」
アレンは機嫌悪そうにマリーに振り向いて同じように叫んだ。
「うるせぇな!どうせまたあのバカ博士の失敗作だろうが!」
「ちがう!あたしは失敗作じゃない!ジョゼフよりも強い・・・・・・!!」
ジョゼフよりも強い。
アレンはそれを聞くと舌打ちして、今度はマリーを睨みながらこう言った。
「ほぉ?言うじゃねぇか、テメーもバケモンってことかよ。じゃあ、オレに勝ったら話を聞いてやるよ」
アレンは剣をマリーに向けてこう言った。
「オレはテメーらと違ってバケモンじゃねぇからなぁ?お前は素手だ。んで、今からオレがテメーに向かってこの剣で戦ってやるから、それでオレがテメーに傷をつけられたらテメーの負けだから二度と鍛錬場に来るな」
ジョゼフは考えた。
そんなの、マリーが勝つに決まっているじゃないか。アレンは生身の人間のはずだ。マリーはナディエージダ最強の生物兵器である俺よりも強かった。
だから、アレンにも負けるはずはないのだ。
「わかった、あたしはアレンの攻撃を避ければいいんだよね?」
それでもマリーはアレンの勝負に乗った。
「ああ、そうだ。避けられたら話を聞いてやる。男に二言はねぇ」
「うん、いつでもどう・・・・・・」
その瞬間、その場にいた全員が信じられない光景を見た。
マリーが言い終える前に、俺たちの目には赤が流れるのを見た。マリーは、腹から血を出していたのだ。アレンの攻撃が、当たったのだ。
気がつけば、俺はマリーの元へ走っていた。
アレンはその剣を抜き取って血を振り払うと、冷めた表情で言った。
「ふん、テメーの覚悟はそんなもんかよ」
マリーは腹から血を出していたが、やはりすぐに塞がったようで痛みに苦しむ様子はなかった。
だけど、ありえない。生身の人間であるはずのアレンが俺よりも強い生物兵器に傷をつけるなんて。
マリーが油断していたからか?
いや、よく考えたらさっき、アレンも生身の人間とは思えない速さでマリーに向かっていかなかったか?
「待って!あなた、どうして?!」
マリーも訳がわからずアレンに向かって叫んだ。
だけどアレンはもう一度マリーに向かって剣を向けた。
「黙れ!勝負はもうついた!テメーの負けだ!さっさとここから消えろ!」
マリーは何も言い返せず、鍛錬場から出ていった。
俺はその後ろ姿を追いかけるために立ち上がろうとしたが、その瞬間、背中に衝撃を感じた。アレンに蹴られたからだ。
「おい、ジョゼフ。遅刻じゃねぇか。さっさと着替えて鍛錬しろ、バケモノ」
俺は振り向いてアレンを見た。
何故、マリーを刺した?いや、何故マリーに勝てた?お前は生身の人間なのに。
「何か、訊きたそうな目してんなぁ?いいぜ、教えてやっても。今更だがな・・・・・・」
俺は思わず息を呑んで聞いていた。
「オレが、テメーの失敗作だからだ」
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