第4話 終わりから始まったんだ

 ある日、コミュニティに暴動が起きた。

 それでもオリバー博士いつものように知らぬ顔であたしの部屋に来ている。箪笥の整頓をされたり、床の掃除をしたり、あたしに着せる服まで決めてくるのでまるで介護でも受けている気分だ。

 いつもならこんな扱いにため息吐きつつもなんとか耐える努力の毎日だったけど、今日は違う。


 コミュニティが燃えている。

 ここに住んでいる人々によって燃やされている。コンクリート造りの建物が熱を帯びていて、人々が逃げる場所がなくなっていった。木造の建物は一瞬で崩壊した。

 もともと劣化が激しかったこともあるけど、住民によって燃やされている上に道具を使って意図的に壊されているからだ。


 普通なら、博士も「何故自分が住んでいるコミュニティを壊すような真似をするのだ!」と疑問に思うべきところを、とうのオリバー博士はそれがどうでもいいみたいでいつもの日課をこなしていた。


 あたしにはわかっていた。このコミュニティでの生活があまりにも辛くて、とうとう住民の我慢の限界が来たからだ。


 オリバー博士の妻が生きていた頃は違ったらしい。この研究所は、この世界に散らばった放射線への対策やこの近辺の住民の生活を支えるための研究が行われて実際に生活が安定していたらしい。

 そして、あたしはその妻とオリバー博士が共同で研究されていた外敵に対する生物兵器だった。


 だけど、その妻が亡くなってあたしが目覚めてからそれが変わった。

 妻を亡くしたオリバー博士はあたしを自分の妻と思い込んで、あたしの世話ばかりしていた。


 外敵がやってきても研究所から何も動きがなかったから、あたし一人が出向かって倒していった。

 このコミュニティの軍隊はもうすでに機能していなかった。飢餓と病に苦しんでいた住民に軍など務まらなかったからだ。


 火の手が研究所まで回ってきた。警報の音が鳴り響き、煙の臭いが部屋まで届いていた。あたしは博士に逃げるように話しかけた。


 「オリバー博士、このままでは死んでしまうよ。早く逃げよう」


博士は目も合わせずこう言った。


 「ああ、なんて美しい」


オリバー博士は窓の外の景色を眺めていた。そこには炎の脅威が迫っていた。


「博士!」


あたしはオリバー博士の腕を掴んだ。この人は少しおかしなところはあるかもしれない。

 だけど、自分の生み親を見捨てるわけにはいかなかった。なんとかオリバー博士を部屋から連れ出そうとその腕を引っ張ったけど、博士は自分から動こうとしなかった。


 「博士!!」


 あたしはもう一度呼んでこの場から去ろうとした。だけど、もう遅いかもしれない。火が部屋まで辿り着いてしまった。天井が落ちて、あたしと博士の間を引き裂いた。


 「博士、早く逃げて!!」


 引き裂かれた手を解いてしまったので、あたしは最後の思いで叫んだ。

 窓から飛び降りてもいいから、炎から逃げて。このままでは博士は火傷を負ってしまう。逃げなければ死んでしまう。


 だけど、博士はその場から動かなかった。


 あたしの目の前で生身の人間が焼かれるのを見た。

 もう助からない。



 「・・・・・・お父さんっ!!」



 あれからどれくらいの時間がたったかよくわからない。

 研究所は燃え尽き、あたしはその瓦礫の下で気絶していたみたいだった。普通の人間なら圧死する状況だとしても、あたしには全く問題はなかった。

 そのまま瓦礫を退けて立ち上がった。身体中の骨が至る所折れていたみたいだけど、治した。頭からかなり出血していたけど、その血はもう止まっていた。服は燃えて破れていたのに、肌には火傷一つなかった。

 

 周りを見渡した。建物は全て落ちていて、至る所に焦げた人間の死体が転がっていた。その臭いが鼻について、吐き気がした。


 「とうとう、この日が来ちゃったんだね・・・・・・」


まるで予言でもしていたかのように呟くと、しばらくあたしはその場から立ち上がれずにいた。







 いつものようにナディエージダ軍と鍛錬していた。開放感のあるこの広い鍛錬場では100人以上の兵士が戦いに備えて鍛錬できる。俺も彼らと一緒に体を動かしていた。


 「休憩だー!5分後には戻ってこい」


アレン指揮官が全員に向かって叫んだ。


 「テメェ、休憩もいらねーみてぇな顔しやがって。ムカつく野郎だな」


 アレン指揮官が俺の近くまで来てそう言っていた。確かに俺には休憩はいらなかったが、皆がそうするのなら鍛錬を5分だけやめてもよかった。俺は生身の人間とは体の造りが違うからだ。


 「・・・・・・っ!」


 アレンの方へかざした手に鋭い痛みが走った。


 命令がなければ、俺は誰かを攻撃しない。また、コミュニティに危害がなければ攻撃しない。

 だから、気がつかなかったわけではない。アレンは腰に装備していた短剣を俺に振りかざした。

 その攻撃を阻止しようと手をかざすと、その短剣は俺の手のひらを貫いた。そして、アレンは勢いよくその短剣を抜いた。

 俺はまた痛みで顔をしかめた。手の平の傷口は数分で塞がり始めていた。

 アレンはその回復の早さが面白いのか、俺のその手を握って見て、すぐに振り落とした。


 「チッ、テメェみてぇな化け物がいるから・・・・・・」


 何かを言いかけて、アレンは言葉を止めた。


 それから休憩から戻ってきた他の兵士達が鍛錬場へ戻ってきていた。アレンはにやりと不敵に笑い、他の兵士達にこう言った。


 「おい、野郎共。いい鍛錬を思いついたぜ」


 兵士達はアレン指揮官を見て言葉を待っていた。


 「今からこの化け物で遊んでやろうじゃねーか?万が一の時にも備えてなぁ、化け物との戦い方も身に付いた方がいいだろう」


 多くの兵士達はお互いに顔を見合わせていて、あまり乗り気ではないようだったが、アレンや数人は一緒に武器を取って俺に向けていた。

 これはまずい。もし、この100人近くの兵士達に襲われて抵抗出来なかったら大変なことになる。

 俺は死ぬことが許されない。

 だから、もしものときは彼らを攻撃しなければならなくなるかもしれない。そうすれば、ナディエージダの軍隊が全滅してしまう。


 だから、俺は鍛錬場から逃げることにした。


 「待て!腰でも抜かしたか化け物め!」


 遠くからそんな声が聞こえたが、俺の足の速さに勝てる生身の人間はいない。鍛錬場を出て、研究所の管理区域からも出て、コミュニティからも外れるように走り去った。

 走った先には森があった。ここなら見つからないだろうと思ってそのまま歩いていると川があった。


 その川辺に、1人の若い女性がいた。







 コミュニティが炎に包まれて人がいなくなってから、あたしは何も考えないでどこかを彷徨い歩いていた。

 彷徨っている内に、放射線まみれの森に辿り着いた。体中の細胞が、本能がここは危険だと告げていた気がしたけど、それに対する生物兵器として造られたあたしには全く問題はなかった。

 たとえ放射線によって細胞が一時的に傷つけられようと、あたしにはそれを変化させられるので、どんな傷も治せるから。

 ただ一つ困るとすれば、細胞が回復のためにいつもよりたくさん変化しているので、ちょっと疲れることぐらいかな。


 そんな考え事をしながら近くの川辺に突っ立ってると、遠くに人の気配を感じた。

 それからその気配は近くまで走ってきて、あたしを見ると五歩ぐらいのところで立ち止まった。

 その気配は、明るい金髪、グレー色の瞳、白に近い肌色。なんだか珍しい見た目の青年だった。


 「こんにちは・・・・・・」


 「・・・・・・」


 挨拶をすると、青年はこくんと頷いた。喋れないのかな?耳は聞こえるみたい。


 「あなた、名前は?あたしはマリー」


 「・・・・・・」


 青年はズボンのポケットからメモ帳のようなものを取り出して、震える手で自分の名前を書いてあたしに渡した。


 「ジョゼフっていうんだね」


 ジョゼフは頷いた。

 ジョゼフの手に血がついていることに気がついた。あたしはその手を握って見た。


 「あれ?血がついているのに傷がない」


 だけど、この血の跡は明らかに刺し傷だった。それなのに皮膚には何の傷もなかった。


 「ジョゼフってもしかして・・・・・・」


 そういえば、この森は放射線まみれで生身の人間ならもうとっくに体調を崩す頃なのに、ジョゼフはなんともなかった。

 放射線に対する体の耐性、もしかしたら瞬時に治った手の傷口。ジョゼフはもしかしたらあたしと同じ生物兵器かもしれないと思った。 


 だとしたら、この近くに研究所とコミュニティがあるかもしれない。


 「ねぇ、ジョゼフ。あたしをあなたの住処に連れていってくれないかな?お腹が空いて死にそう・・・・・・」


 ジョゼフはあたしの言葉を聞いて愉快そうに笑った。

 

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