[4-3] あたしたち、結婚しますっ!

「うわ、天井に穴が開いてるじゃない!」

「姉ちゃん、残ったガラスも落ちて来るぞっ! あんまり近づくと危ねぇ!」

「でもっ、お父さんのイチゴがっ!」

 温室の一番手前の屋根ガラスが何枚も割れている。

 見回すと、庭を囲む雑木林がわしゃわしゃと枝を揺らして、風に葉っぱを鳴らしていた。

 雨も強い。

 頭からかぶった作業用のビニールカッパを、火に掛けられたポップコーンみたいな雨粒がバチバチと叩きつける。

「姉ちゃん、あそこ見ろっ。アパートの瓦が降ってきたんだっ! すぐ横の木が折れて屋根を圧し潰してるっ!」

 うわ、ほんとだっ!

 聖弥くんが住んでいた部屋の上、その向こうの大きな木の太い枝が折れて、屋根の一部を圧し潰している。

 そこから弾き飛ばされた何枚かの瓦が、温室の屋根に落ちたんだっ。

 見ると、滝のように叩きつける雨が土をえぐって、そこに瓦と割れたガラスが突き刺さっている。

 直植えのお父さんのイチゴは、もうめちゃめちゃになっていた。

「あたしっ、お父さんのイチゴ、助けるっ!」

「ええっ? おおお、俺もっ!」

 ドアを吹き飛ばすように開けて、温室に駆け込む。

 日が暮れてずいぶん経った温室はもう真っ暗だ。

 あたしは、温室の隅に置いていた移植ごてとバケツをひったくると、直植えのお父さんのイチゴに駆け寄った。

 お父さんのイチゴ。

 お父さんの夢が詰まった、大事なイチゴ。

 お父さんが、あたしの誕生日がイチゴの日だったからそれを記念して植えた……、あたしが一番嫌いなイチゴ……。

「ぜんぶダメになってるっ?」

「いやっ、姉ちゃんっ、ここにあるぞっ!」

 ぬかるみになった土に足を踏み入れた晃が、倒れたラックの下を指さしている

 あった。

 ひと株だけ残っていた、まだ無傷のお父さんのイチゴ。

 這うようにしゃがんで、ザクザクとバケツに移す。

「晃っ、ほかにないっ? そっちのラックを起こして――」

 そのときっ。

 ガチャーン!

 ほんの数十センチ先に、また瓦が落ちた。

「きゃっ!」

 頭の上にバラバラっとガラスが落ちる。

 広くなった割れのせいで、さらに大粒の雨がドドドと温室に降り込んだ。

「姉ちゃんっ! もういいっ、家に戻ろうっ!」

 晃に腕を引かれて立ち上がる。

「でもっ」

「早くしろっ!」

 温室から飛び出すと、庭はまるで池のよう。

 バケツをカッパで覆いながら、バチャバチャと庭の水を跳ね上げて玄関へ走る。

 次の瞬間、あたしと晃は転がり込むように玄関に飛び込んだ。

 同時に、ピシャリと閉まった玄関戸。

 振り返ると、めいっぱい戸を体で押して閉めた陽介が心配そうにあたしを見ていた。

 あがりかまちの上では、光輝がめいっぱい背伸びしてあたしたちにタオルを渡そうとしている。

「うわ、陽介、光輝、ありがとうっ!」

「それ、お父さんのイチゴ?」

「うん。助けて来たからね? もう大丈夫」

 居間のほうを見ると、居間の向こうの仏間の襖が開けられていて、お布団から立ち上がろうとしている聖弥くんが見えた。

「聖弥くん、起きちゃだめ。大丈夫だから寝てて?」

「いや、上の段にあるハウスは早くアンカー打たないと。晃と行ってくる。男手が要るから吉松にも電話した」

「聖弥くん、熱があるもん! お願いだからじっとしててっ?」

 そう言ってあたしは、その場にお父さんのイチゴが入ったバケツを置いて、聖弥くんを止めようとカッパを脱いだ。

 そのときだ。

 ドンドンドンっ!

 激しく叩かれた、玄関の戸。

 誰?

 こんな嵐の夜に。

 戸に駆け寄る。

「どなたですかっ?」

「あ、日向ちゃんかい? 俺だよ。山家」

「山家さんっ? ちょうどよかったっ! ちょっと手伝って欲しいんだけど――」

 そう言いながら戸を開けると、そこには……。

「日向ちゃん……、ごめん……」

 ずぶ濡れの山家さん。

 そして、その後ろに、フード付きのロングコートを着た、品のいい女性。

「え? あの……」

「日向ちゃん、俺、どうしても断れなくて……」

 山家さんがうなだれてそう言ったかと思うと、突然、そのコートの女性が山家さんを押しのけた。

「どきなさいっ!」

 戸の向こうへ消える山家さんの姿。

 続けて、ゆっくりと土間へ足を踏み入れてきた、コートの女性。

「あなたが、日向さん?」

 うわ、すごい美人。

 なんであたしの名前知ってるの?

「え? はい。どなたですか?」

「どなたですって? よくもまぁ、聖弥を惑わせてくれたわね」

「はい?」

 えっ?

 もしかしてっ……。

 すると、居間から土間を見下ろしていた聖弥くんの声が、あたしの後ろで小さく聞こえた。

「母さん……」

 やっぱりっ!

 きききっ、キヲツケっ!

「はっ、初めましてっ! あたしっ、宝満日向ですっ! こ、こんな格好でごめんなさいっ! いつも聖弥くんにはお世話になって――」

「ほんと、お世話しすぎよね。もういい加減にしてほしいわ」

 ずぶ濡れのロングコートを脱ぐ聖弥くんのお母さんの後ろ、玄関戸の向こうから山家さんがそっとこちらを覗いた。

 ものすごく、申し訳なさそうな顔をしている。

 ふんと鼻を鳴らしたお母さんが、濡れて重たくなったコートをあがりかまちの端にドサリと放り投げた。 

「聖弥? あなた、どういうつもり? 帰って来ないから山家くんの部屋に逃げてるのかと思って来たんだけど……、だいたいなに? その汚い格好は」

「なにしに来たんだ」

 汚い格好?

 お父さんのパジャマなんだけど……、汚い格好? 

「聖弥っ? 一緒に帰るのよっ? こんなところ、あなたの居る場所じゃありませんっ」

「あああ、あのっ、お母さんっ、聖弥くん、雨のせいでちょっと熱があって、それで、あたしが勝手にお布団を敷いて休んでもらってただけでっ、そのっ、聖弥くんはなにも悪くな――」

「ちょっと黙っててくれないかしら」

「ひっ」

 聖弥くんを見上げながら、ゆっくりと土間の真ん中へと歩いてくるお母さん。

 土間の手前の敷居で立ち止まって、じっとお母さんを見下ろす聖弥くん。

 あたし、どうしたらいいの?

「聖弥、あなたは一時的な気持ちに惑わされてるの。あなたに農業なんてできるわけないじゃない。それに、あなたにはまったく似合わないわ」

「違うな。母さんが考えているのは、己の虚栄心を満たすことだけだ。周囲の羨望を集められる仕事に俺を就け、そしてそれをしたり顔で他人に話すことを夢見ているだけだ」

「なにを言っているのかしら。私は聖弥のことを一番に考えているの。こんな第一次産業の仕事は、それが似合っている人間がやればいいの。ほら、そこのお嬢さんみたいな」

 確かに、聖弥くんには似合わない。

 そんなこと、言われなくても分かってる。

 でも、聖弥くんの気持ちはどうなるの?

 聖弥くんが、とても辛い思いの中で、ほんの小さな希望の光を見出して願った夢はどうなるの?

「聖弥? 大学へは行かない……、オーディションも受けない……、それでいいと思ってるの? 農園をやりたいとか、狂気だわ。あなた、いつかはパパの会社の社長になるのよ? 社員に馬鹿にされないようにしてっ」

「そんなもん、俺がならなくても、社内の優秀な誰かがなればいいだろ。俺は父さんの会社を継ぐつもりはない。俺の居場所はここだ」

「そう? その居場所、いつまであるかしらね」

 お母さんが、ジロリとあたしに目を向けた。

 え?

 なんですか?

「日向さん、お母さまから聞いてる? お金、ないんでしょ? このままいけば来年はもうまったく借金を返せなくなるわよね?」

「え? えっと、それは……」

「あなただって分かってるわよね? この家も土地も抵当に入ってるんだから、お金が返せなくなったら銀行に取られて、もうここには居られなくなるって」

 そんなこと分かってます。

 でも、それをどうにかするつもりで、あたしは頑張りたいってお母さんに言ったんだもん。

 聖弥くんを巻き込みたくなかったけど、でも聖弥くんが、あたしと一緒に頑張りたいって、あたしを幸せにしたいって言ってくれたから……、あたしは……。

「なんで、そんなこと知ってるんですか?」

「そりゃ知ってるわよ。私が願った『星降が丘』の完成を邪魔した農園だもの。お父さまが亡くなられてからは、ずっとこの土地を売って欲しいって三条建設からオファーをしてたんだけど」

 そうなんだ。

 お母さんが言ってた、『土地を買いたいって言ってる業者』って、三条建設のことだったんだ。

 でも、『星降が丘』って、聖弥くんのお母さんが願ったから作られたの?

 どういうこと?

「そうだったんですね……。あの、経営はちょっと難しい状態ですけど、来年は自分でやるハウスを減らして、近くの農家のひとたちにハウスを貸して、賃料を利子の返済にあてて……、そうやって少しずつ立て直していこうと思ってます」

「ふぅん。意外としっかりしてるのね。でも無理ね。そんなに簡単にハウスを借りたいという人が見つかると思っているの? 現実を見ないとダメよ? お嬢さん」

「絶対、どうにかします」

「ふんっ、夢みたいなこと言ってないで現実を見なさいっ! あなたのその夢物語に聖弥は惑わされているのっ! もう、いい加減にしてっ! 聖弥っ、帰るわよっ?」

 あたしに怒鳴ったあと、聖弥くんのほうへ一歩踏み出したお母さん。

 その足がガツンとなにかに当たった。

「痛っ!」

 ゴロッとひっくり返ったバケツ。

 お父さんのイチゴが土と一緒に土間に散らばる。

「もうっ! なんなのっ!」

 次の瞬間、聖弥くんのお母さんの足が、お父さんのイチゴを思いきり踏みつけた。

「あっ!」

 さらにドンと音がして、蹴られたバケツがあたしの足をかすめて台所の入口まで転がる。

「姉ちゃんっ!」

 あたしに駆け寄る晃。

「聖弥っ、早く来るのっ!」

 お母さんが土間から背伸びをして、聖弥くんに手を伸ばしている。

 その足元には、踏みつけられてちぎれた、お父さんのイチゴの株……。

「なにしやがんだっ! そのイチゴはっ!」

 聖弥くんが、お母さんに怒鳴った。

 聖弥くん、もういいよ。

 聖弥くんを好きになった、あたしが悪かった。

 聖弥くんが好きになってくれたことを、喜んだあたしが悪かった。 

 ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶあたしのせい。

 あたしが居なければ……、あたしさえ居なければ……。

「ちょっとっ、あんたたちなにすんのよっ!」

 お母さんの怒鳴り声。

 同時に、ドドンとあがりかまちが鳴る。

「セイヤ兄ちゃんをいじめるなっ!」

「セイヤにいたんをいじめりゅなっ!」

 ハッと見ると、ホウキを持った陽介と、絵本を持った光輝が、聖弥くんの前に立ち塞がって、お母さんを押し返していた。

 ちょっと後ろへさがった聖弥くんが、慌ててふたりの後ろ襟を掴む。

「こら、ちょっと待てっ」

「なんなのっ? この子たちっ! 聖弥っ、ママの言うとおりにするのっ! ママがあなたを育て間違えたって言われたらどうするのっ?」

 ドドンと陽介と光輝を押しのけたお母さんの手が、聖弥くんの胸倉を掴んだ。

 同時に、陽介が居間の畳に転がって、光輝がドサリと土間へ落ちる。

「光輝っ!」

 思わず光輝に駆け寄った。

「うわぁぁぁーーーんっ!」

 泣き出した光輝。

「光輝っ! 大丈夫かっ!」

 晃も駆け寄る。

 もう、なんなの?

 いい加減にして?

 いい加減にしてほしいのは、こっちのほうよっ!

 聖弥くんのためって言いながら、自分のことばっかりっ!

 もう、あたし許せないっ!

「ちょっとっ! 聖弥くんを放してっ!」 

 お母さんに飛び掛かる。

 続けて、聖弥くんの胸倉を掴んでいたその手に思いきり抱き付いて、それからドンと居間のあがりかまちを蹴飛ばした。

「きゃあっ!」

 お母さんの悲鳴。

 次の瞬間、あたしごとドサリと土間へ倒れ込むお母さん。

 あたしはすぐに飛び起きて上がりかまちに飛び上がると、それから茫然としている聖弥くんの横に並んでその手を握った。

「お母さんっ! 聞いてくださいっ!」

 いままで、主旋律を歌いたいなんて思ったことは一度もない。

 ずっと副旋律がいい、みんなを支える『アルト』がいいって、そう思ってきた。

 でも、今日からそんなこと言わないっ!

 聖弥くんの主旋律の人生。

 その横で、あたしも一緒に主旋律を歌いたい。

 めいっぱい、元気よく。

 めいっぱい、あたしらしく。

 さぁ、みんな聴いて。

 あたしにしか歌えない、あたしの『ソプラノ』をっ!

「聖弥くんっ! あたしっ、来年の一月十五日で十六歳になるのっ! 来年の四月四日、聖弥くんはいくつになるっ?」

「え?」

 ポカンとする聖弥くん。

 あたしはもう一度、大きな声で尋ねる。

「あたしはそのとき十六歳っ! 来年の四月四日っ、聖弥くんはいくつっ?」

 ギューッと手を握って、聖弥くんを見上げる。

 目を大きくしてあたしを見下ろしていた聖弥くんは、すぐにハッとしてギュッと手を握り返した。

「そうか、十八歳だな」

「そうっ! あたしは十六歳、聖弥くんは十八歳っ!」

 土間に尻もちをついているお母さんが、あたしと聖弥くんを見上げた。

「お母さんっ! 来年の四月四日っ、あたしたち結婚しますっ! 聖弥くんをあたしにくださいっ!」

 はぁ? という顔のお母さん。

 そのときっ。

「よく言ったぁぁぁーーーっ!」

 お母さんのその向こう、玄関のほうから聞こえた聞き覚えのある声。

「日向ちゃんっ!」

「日向っ!」

「ひなっ!」

 あっ! みんなっ!

 翔太のお父さん、翔太、小夜ちゃんっ!

 みんな来てくれたんだ!

 聖弥くんのお母さんのすぐ後ろまで、ドドドとみんなが押し寄せる。

 嬉しいっ。

 翔太、すごいドヤ顔。

 うわ、小夜ちゃん、なんなのその格好っ。

 しっかりと着こんだ野球のユニフォーム、そして足元はピンク色のゴム長靴。

 たぶん、動きやすい服装って翔太に言われたのね。

 それにしても、どこに売ってたの? そのピンクの長靴。

 翔太のお父さんは、聖弥くんのお母さんを見て、なにかあうあうと口を動かしている。

 ん?

 誰だろう。

 翔太のお父さんの後ろに……、見たことのない、恰幅のいいスーツ姿の男性……?。

 慌てて立ち上がって、お尻をはたくお母さん。

「けけけっ、結婚っ?」

 はいっ! そのとおりっ!

 もう決めたもん。

 あたし、聖弥くんのお嫁さんになるっ!

 そして、一緒に美味しいイチゴをいっぱい育てるんだからっ!

「ゆっ、許さないわっ! 未成年の結婚には両方の保護者の同意が要るのよっ! 私は認めないっ!」

 そう言って、お母さんがこちらへ駆け寄ってあたしの襟首を掴むと、すぐにスーツの男性がお母さんの手を押さえた。

「ちょっと待ちなさい」

「え? パパっ」

 ん? パパ?

 えええっ? もしかして……、聖弥くんのお父さんっ?

 うわ、またしても初対面の将来の義理の父の前で、あたしはなんとういう格好をっ!

 ハッと聖弥くんを見上げた。

 聖弥くん、嬉しそう。

「父さん、来てくれたんだ」

「ぜんぶ、小夜さんから聞いた。お前、熱があるんだろ? ちょっと横になってろ。日向さんを心配させるな」

「いや、でも」

「大丈夫だ。ハウスの補強は父さんも手伝う。それから……、のぶ

 聖弥くんのお父さんが、掴んだ手をゆっくりと下ろさせながら、とっても優しい声でお母さんの顔を見下ろした。

「信子の夢は、『星降が丘』を作って、その頂上に住んだことで叶ったじゃないか」

「でもっ、まだ残っているわっ! この農園さえなければっ……」

「そのために、今度は聖弥の夢を奪うのか? 僕らの夢は、もう叶った。次は聖弥たち、若い人たちの番だ。夢を追いかける彼らを、聖弥を、しっかりと見守ってやろうじゃないか」

 聖弥くんのお父さんを見上げて、お母さんがわなわなと唇を震わせた。

「あなたっ、私はっ、私はっ……」

 突然、その頬を走った大粒の涙。

 聖弥くんのお父さんが、すっとあたしを見上げる。

「日向さん、さっきのプロポーズ、感動したよ」

「え? あ、あの、あたし……」

「確かに。未成年の結婚には両方の保護者の同意が必要だが、日向さんのお母さんは……、ちゃんと同意してくれるのかな?」

「ええっと……、はい」

「そうか。それなら安心した。じゃ、私も同意させてもらうよ? 聖弥をよろしく」

 うぐっ!

 急に息がっ……。

 茫然としている、聖弥くんのお母さん。

 その後ろで、さらに茫然としている翔太のお父さん。

 翔太と小夜ちゃんは腕組みをして、うんうんと頷いている。

 ハッとして、聖弥くんを見上げた。

 聖弥くんがニヤッとしてあたしを見下ろす。

 足元を見ると、晃に抱きかかえられた光輝と陽介が、ニコニコしながらあたしたちを見上げていた。

 そのとき、ドドドドッと母屋の屋根が揺れた。

 すごい風っ!

 早くしないと、上の段のハウスが浮き上がっちゃう!

 突然聞こえた、翔太の怒鳴り声。

「三条っ! あんたは大人しく寝てろっ! 日向は残って三条の看病だっ! 父ちゃん、晃、アンカー打ちにいくぞっ!」

「よしっ! 行くぞっ、翔太兄ちゃん!」

 晃が駆けだす。

「アタシも行くわっ!」

 ユニフォームの上にカッパを羽織る小夜ちゃん。

 すると、聖弥くんのお父さんがスーツの上着を脱ぎながら、パッと翔太と小夜ちゃんのほうを振り返った。

「おお、みんな勇ましいなっ。私も行くぞっ!」

「よしっ! オッサンも来いっ! みんなでハウスが飛ぶのを阻止するぞっ!」

「おおう!」

 勢いよく出て行く、翔太、小夜ちゃん、晃、聖弥くんのお父さん。

 そして、最後に出て行こうとした翔太のお父さんが、ちょっと立ち止まって言った。

「日向ちゃん、ノブちゃんをよろしく」

 ん?

 ノブちゃん?

 それって、聖弥くんのお母さんのこと?

「よしっ! 行ってくるっ!」

 バッと飛び出して、雨の中を走って行く翔太のお父さん。

 そのすぐあと、翔太のお父さんを追いかけて駆けてゆく山家さんの姿がちらりと見えた。

 開け放たれた玄関戸の向こうは、まるで台風のような嵐。

 バチバチと大粒の雨がタタキを打って、そのしぶきが土間に飛んできている。

 ハッと我に返って、聖弥くんの背中を押す。

「聖弥くんは寝てないとダメ」

 チラリと目をやると、聖弥くんのお母さんが居間のあがりかまちに、へなへなと腰を下ろしたところだった。

 ずいぶんまいっているみたい。

 すぐ温かいお茶を淹れてあげよう。

「お母さんっ、そのままそこに座っててくださいっ。聖弥くんを寝かせたらすぐ行きますっ」

 あたしの言葉を聞いて、お母さんがゆっくりと顔を上げる。

 うわ、すごい顔。

 そんなに睨まないでください。

 苦笑いを返すと、聖弥くんがそっと耳うちした。

「日向、面倒くさいけど、ごめんな」

「ううん、大丈夫よ? ヨメ・シュウトメ戦争、あたし絶対に負けないから」

「頼もしいな」

「ふふん。いいから早く寝るの」

「うん」

 聖弥くんをお布団に押し込んで、掛布団をガバッとかぶせた。

 よし、次はお母さん。

 義理のお母さんになるんだからね。

 しっかり、ちゃんとお話ししないと。

 そう思って振り返ると、うなだれて座り込んでいるお母さんの手前に、その顔を覗き込んで様子を窺っている陽介と光輝がいた。

 うわ、なにしてるのっ。

 怒鳴られちゃう!

 あたしが慌てて立ち上がると、次の瞬間、光輝がお母さんのすぐ横にペタッと座り込んで、それからサッと絵本を差し出した。

 ギョッとしたお母さん。

 満面の笑顔の光輝。

「ねぇ、えほんよめる?」

「はぁ? なっ、ななっ、なんなのよぉぉぉーーーっ!」

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