[2-4] ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶあたしのせいだ。

「宝満さん、お待たせしました。では、保険証をお返ししますね。こちらは入院のしおりです」

「えっと、はい。お世話になります。着替えを用意して、あとでまた来ます」

 お母さんは、イベントの準備が終わって駐車場へ向かっている途中に、突然倒れたらしい。

 確かに、ここ最近、ずっと辛そうにしていた。

 原因がよく分からないので、検査と安静のためにしばらく入院させるって。

 翔太のお父さんが家まで迎えに来てくれて、病院でもずっと一緒に居てくれた。

「日向ちゃん、大丈夫だから」

「おじさん、ありがと。お母さん、一番最初におじさんに連絡したんだね」

「うん。救急車の中で意識が戻って、俺の連絡先を救急隊員に伝えたらしい。日向ちゃんたちをビックリさせたくなかったんだろ」

 実際、あたしに連絡をもらっても、どうすることもできなかったと思う。

 それどころか、ものすごく慌ててしまって、逆にお母さんを心配させてしまったかもしれない。

『イチゴっ、お前が慌ててどうするっ! 弟たちが不安がるだろっ!』

 三条くんに怒鳴られた。

 取り乱したあたしの頭をギュッと押さえつけて、翔太のお父さんとの電話を彼が代わった。

 思わず、三条くんにしがみついた。

 突然、喉に込み上げた、あのときと同じ感覚。

 去年、中学三年の五月。

 英語の時間だった。

 担任の先生が教室へやって来て、あたしを呼んだ。

『宝満さん、落ち着いて聞いてね? お父さんが病院へ運ばれたって。すぐ帰る用意して』

 玄関で待っていると、翔太のお父さんが車で迎えに来てくれた。

 病院へ着くと、しばらく弟たちと一緒に待合室で待つように言われた。

 お母さんは先に着いていたみたいだけど、すぐには会えなかった。警察の人と話をしていたみたい。

 翔太のお父さんが来て、あたしだけ呼ばれた。

 通されたのは、救急処置室の隣の部屋。

 もう、お父さんの顔には白い布が掛けられていた。

 なにがなんだか、意味が分からなかった。

 交通事故だったそうだ。

 お母さんも、翔太のお父さんも、誰もあたしには事故のことを話さなかったけど、あとでSNSのニュースで、前の方がめちゃめちゃに壊れているお父さんの車の映像を観た。

 イチゴの出荷で一番忙しかった時期。

 あたしも、弟たちもみんなでお手伝いしていたけど、特にお父さんは、取引先の工場や洋菓子店さんとを行ったり来たりしていたので、すごくきつかったと思う。

『不幸中の幸いは、誰もほかの人を巻き添えにしなかったことですね』

 警察の人が言ったそのひと言は、まったく理解できなかった。

 お父さんは死んだのに。

 幸い?

 なんなのそれ。

 お父さんは死んでしまったのに、死んだのはお父さんだけだったことが、幸い?

 お父さんは、死ぬほどイチゴを愛していた。

 でも、ほんとに死んじゃったら意味がない。

 お父さんが居なくなっても、イチゴの出荷は止められない。

 あたしはそれまでと同じように、『イチゴの最盛期の間だけ』って言って、合唱部を休部した。

 イチゴ農園はやっと軌道に乗り始めたところ。

 来年からはイチゴ狩りも始めようって言って、お父さんがお金を借りたばかりだった。

 結局、合唱部はそのまま退部した。

『イチゴ、安心しろ。母ちゃんは命に別状はないらしい。いまから吉松の親父が迎えに来る。弟たちは俺がみといてやるから、お前は病院へ行ってこい』

 怖かった。

 また病院へ行って、お母さんの顔に白い布が掛けられていたらどうしようって、それが頭の中をぐるぐる回って肩が震えた。

 三条くんがあたしの頭にそっと手を乗せて、『大丈夫だ』って言ってくれた。

 お母さんはたぶん、お父さんが亡くなってからずっと今日まで、ぎりぎりいっぱいで頑張って来たんだと思う。

 顔には出さないで、あたしたちのためにいつも笑顔で居てくれたお母さん。

 あたしは、なんにもできない。

 お母さんが少しでも楽になるようにって、ほんの少しお手伝いをすることでしか役に立てない。

 病室のお母さんは、何度も『ごめんね。ごめんね』って言って、あたしの手を握った。

 でも、これもぜんぶあたしのせいだ。

 あたしが生まれてこなかったらお父さんは死ななかったし、お母さんもこんなに辛い思いをしなくて済んだ。

 ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、あたしのせい。


『――もしもし? あ、先生、ごめんなさい。宝満です。昨日、お母さんが入院しちゃって、農園のお仕事とかあって、今日、どうしても学校に行けなくって――』

 仕方なく、今日は学校を休んだ。

 入院中のお母さんのお世話と、イチゴの収穫。お昼の間に、摘めるだけ摘んどかないと。

 そのほかにも、やることはいっぱいある。

 ちょうど明日からはゴールデンウィーク。 

 その期間中はずっと、隣町で行われる二町合同直売イベントに参加して、摘みたてイチゴをたくさん販売する予定だった。

 お母さん、楽しみにしてたのにな。

 せっかく組合の人がみんなで準備してきたイベントだったし、せめてあたしと晃だけでも代わりに行きたいって翔太のお父さんに話したら、いろいろ考えて、結局、翔太のお父さんが代わりに行ってくれることになった。

 とりあえず、今日は通常の収穫と箱詰め。そして、ほかのいろんなお仕事。

「すみません。園長先生、急にお願いして」

「いえ、大丈夫ですよ? すぐそこで別の園児を乗せるんで。お母さん、大変ですね。お大事に。さ、光輝くん、行ってきますしましょ」 

 陽介はひとりで登校できるけど、光輝はどうしても無理。

 晃が登校途中に保育園まで連れて行くって言ってくれたけど、保育園は中学校とはまったく反対方向だし、それに晃の登校時間に合わせたらものすごく早く保育園に着いてしまうし……。

 あとで歩いて連れて行きますと保育園に電話したら、お迎えのバスを農園の前で止めてくれるってことになって、ほんと助かった。

「日向ちゃん、お母さんの具合、どう?」

「あ、山家さん」

 庭へ戻ると、お隣のアパートの二階から、いつものほんわか顔が見下ろした。

 しばらくぶり。

 なんか、すっごく大変な仕事を抱えてるって言ってたっけ。

「え? どうして知ってるの?」

「隣の聖弥くんから聞いたよ。昨日、けっこう帰りが遅かったからどうしたのって尋ねたら、宝満家の弟たちの面倒みてたって言うもんで……、ちょっとだけ事情を聞いた」

「そうなんだ。三条くん、いろいろあってたまたまうちに寄ってて。山家さんと三条くん、交流あるんだね」

「お隣さんだからねぇ。たまに彼の部屋にお邪魔して、いろいろ話してるんだよ。お母さんが居ないと、出荷がもっと大変になるね。俺、来週になったら手伝えるから」

 去年、山家さんはお父さんが亡くなったその晩から、最盛期が終わるまでずっと手伝いをしてくれた。

 でも、また今年も同じように迷惑を掛けるわけにはいかない。

「ありがと。今年も翔太と翔太のお父さんが夕方から来てくれてるから、たぶんなんとか大丈夫。あたしは当分、学校お休みだけどね」

「そうかー。あんまりムリしちゃダメだよ?」

「うんっ」

 笑顔だ。

 笑顔でいよう。

 お母さんのこと心配だけど、あたしが元気を失くしたら弟たちもふさいじゃうし、みんなに心配を掛けちゃう。

 山家さんが部屋へ引っ込んだあと、チラリと隣の三条くんの部屋を見た。

 カーテンが閉まっている。

 もう、学校へ行っている時間。

 正直、昨日は三条くんのおかげで正気で居られた。

 彼が居てくれたから、弟たちの心配をしないで病院に駆けつけることができた。

 また今度、なにかお礼をしないと。

 お母さん、検査はゴールデンウィーク明けって言ってたな。

 なにか、大変な病気だったらどうしよう。

 ううん、きっと大丈夫だもん。

 毎日来なくていいってお母さんは言ってたけど、やっぱり心配。

 今日はお昼から行こう。

 午前中のうちに、ある程度、今日のぶんの収穫をやっとかなきゃ。

 あれ? 作業用のオーバーオール、膝のとこがちょっと破けてる。

 いつから破れてたんだろう。

 三条くんにも見られたかな。

 今夜、縫って直しておこう。

 直すといえば、壊れた燻蒸器の修理、いつ持って行くって言ってたっけ。

 確か、なん台かあったはず。

 えっと、納屋の一番手前に……、あった。

 ぜんぶで三台。ちゃんとビニールひもで印をつけてある。

 お母さん、なんでもきちんきちんとしてるな。すごい。

 ハウスの手前のホースも、どこか一か所、ちっちゃな穴が開いてるって翔太が言ってたよね。

 テープで応急処置しといたって。

 今週は、この列のハウス。

 うわ、ちょっと暑い。

 屋根ビニールの裾を少し上げといたほうがいいかも。

 キレイな色のイチゴたち。

 有名な銘柄じゃないけど、あたしたち一家の愛情がいっぱい詰まってる。

 そうね。

 『ガオカ』の子たちがひと粒いくらで売られる有名銘柄のイチゴだとしたら、この子たちはあたしたちと同じ、平凡でどこにでも居る普通の子。

 でも、普通だからこそ、素直で正直で素朴な子で居られる。

 摘み取るときの手のひらに転ぶ感触は、とても楽し気でわくわくしている感じ。

 でも、あたしはこの子たちが……、この子たちが……。

 本当は、大嫌い。

 だめだ。

 また涙が。

 この子たちが居なければ、お父さんは死ななかったのに。

 この子たちが居なければ、お母さんは倒れなかったのに。

 どうしてあたしは、この子たちをここへ呼んでしまったんだろう。

 ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、あたしのせいだ。

 あたしが生まれてこなければ――。

「おい、イチゴ」

 突然、後ろから響いた透き通った声。

 驚いて振り向く。

「さ、三条くんっ?」

 ハウスの入口。

 そこに居たのは、制服姿の彼。

 いま、この世で一番この顔を見られたくない、彼。

「泣いてるのか」

「泣いてないもん」

「お前、我慢してるだろ」

「我慢してないもん」

「昨日、いろいろ晃から聞いた。お前が自己嫌悪するようなことはなにもない」

「自己嫌悪なんかしてないもん」

 ゆっくり近づく彼。

 両側のイチゴの葉っぱが、かすかに揺れた。

 頭ふたつ高い彼があたしを見下ろす。

「自己嫌悪なんか――」

 あたし、どんな顔してる?

 お願い、見ないで。

 雫が勝手に頬を伝っていく。

 目の前の、彼の胸。

 急に近くなって、ふわりとあたしの頬を包み込んだ。

「お前、自分のせいで親父さんが死んだと思ってんだろ」

「思ってないもん」

「晃が言ってたぞ? 一月十五日、お前の誕生日は『イチゴの日』なんだってな。温室の隅にちょこっとだけあるイチゴ、あれ、親父さんがそれを記念して植えたイチゴなんだろ?」

 庭とアパートとの間。

 お母さんとあたしの大切な温室。

 入ってすぐ右側には、お父さんが植えた最初の株から苗をとった、その命を受け継いでいるイチゴがちょこんと植わっている。

 このイチゴだけは、お父さんがやっていたように、ほとんど農薬を使わない。

 ありのままがいいって、日向もこのイチゴのようにありのままで居なさいって、そうお父さんは言ってた。

 ほぼ無農薬だから、ところどころ白けた形の悪いイチゴしか生らないけど。

 あたしの誕生日が『イチゴの日』だったから、お父さんはあのイチゴを植えた。

 そして、あたしが保育園のとき、画用紙いっぱいに描いたあのイチゴの絵を見て、お父さんはイチゴ農園をやろうと決めた。

 養鶏場兼野菜農家は、曾お爺ちゃんのときからの我が家の家業だった。

 それをイチゴ農園に切り替えるって聞いて、親戚はみんな反対した。

 それで、親戚とは疎遠になって、お父さんとお母さんはぜんぶ、自分たちだけでやらないといけなくなった。

『日向、イチゴは好きかい?』

『うんっ、だいすきっ。いっぱいたべたいっ』

 お父さんは、あたしの喜ぶ顔が見たくてイチゴ農園を始めた。

 でも、毎日毎日、すごく大変で、すぐにはお金にならなくて、お父さんは夜に別のアルバイトもしていたらしい。

 そして、あの事故は起こった。

 居眠り運転だったって。

 イチゴ農園を始めなければ、お父さんは死ななかった。

 あたしがイチゴが好きだって言わなければ、あたしがイチゴの日に生まれなければ、お父さんはイチゴ農園を始めなかった。

 ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、あたしのせいだ。

 このことは、お父さんが亡くなってから、お母さんから聞いた。

 あたしのせいだって言ったら、お母さんはそれは違うって言って、少し怒った。

 お父さんの夢。

『いつか、日向の名前がついた新しいイチゴを作りたい』

 お父さんは、そのためにたくさん働いて、たくさん勉強しないとって、毎日、口癖のように言っていたって。

 その、お父さんの夢を消してしまいたくない、途絶えさせたくないって言って、お母さんはひとりでイチゴ農園を続ける決心をした。

 だからあたしは、この子たちが嫌い。

 自分のことも、大嫌い。

 この世界で、あたしのことを一番嫌いなのは、たぶんあたし。

「よし、歌うぞ」

 ハッとして、無意識に彼の胸に埋めていた顔を離した。

 すぐ目の前にある、三条くんの真剣な顔。

「お前のせいで親父さんが死んだっていうんなら、それは親父さんがお前のためを思って一生懸命頑張ったことで死んだってことだろ」

「え?」

「そりゃ心残りはあるかも知れないが、お前のために死んだんだから親父さんは本望だろうよ」

 なにを言ってるの? 三条くん。

 あたしのせいなのに、それをお父さんは喜んでいるっていうの?

 まっすぐあたしを見下ろす、彼の澄んだ瞳。

 だめ。

 もう、目の前のゆらゆらが止まらない……。

「まぁ、いまは思いきり自己嫌悪に陥ってろ。でも、がむしゃらに自分に素直に歌い続けていたら、きっといつかその嫌悪は溶けてなくなる。そして、そのお前の歌は――」

 三条くん、あたし、素直になんて歌えない。

 ごめんね? ホントにゴメン……。

「――そのお前の歌は、ちゃんと誰かを勇気づけている」

 突然、息が詰まった。

 勇気づけている?

 誰を?

 あたしがいったい、誰を勇気づけてるの?

「さぁ、あの歌、一緒に歌うぞ」

 三条くんが大きく息を吸った。

 もう一度、その胸に頬を寄せる。

「♪ いま~」

 素敵な声。

 胸の振動が頬に伝わる。

 あたしを勇気づける、この歌声。

 あたしは自分を否定した。

 そして彼は、自分を否定したあたしを否定しなかった。

 この歌声は、その否定した自分もぜんぶひっくるめて、それでいいって勇気づけてくれている。

 でもいまは一緒に歌えない。

 声が出ない。

 ごめん、三条くん。

 あたしはもっと強く、彼の胸に頬を埋めた。

 もう少し、このまま……、このままで居させて。


「は? なんで三条がここに居るんだよ」

 土間に入ってきた翔太が、作業をしている三条くんに突っ掛かった。

 外はもう夕暮れ。

 翔太と翔太のお父さんが、保育園へ光輝を迎えに行って連れて帰って来てくれた。そのまま、箱詰めの手伝いをしてくれるつもりみたい。

「なんだお前、野球部だろ。練習行かなくていいのかよ」

 三条くん、今日、学校サボったんだって。

 あれから彼は、あたしと一緒に汗だくになって収穫をやってくれた。お昼は買い物にもついてきてくれて、それからお母さんの病院にも一緒に行ってくれて。

 お母さん、三条くんのことテレビで見たことあるって言ってた。

 まだ小さかったけど、面影残ってるって。

 あたしはぜんぜん知らないんだけど。

「日向ちゃん、お母さん、どうだった?」

 翔太のお父さん、ほんとによくしてくれる。

 お母さんの小学校のときからのお友だちなんだって。

「おじさん、光輝のお迎え、ありがとね。お母さんは当分安静だって。検査は連休明けになるって」

「そうか。じゃ、しばらくなにも分からないんだな」

 そう。すごく心配。

 最初は熱中症じゃないかって言ってたけど、どうもそんな単純なものじゃないらしい。

 頭が痛いみたいで、ちょっと特殊なお薬を使って頭の中を調べる必要があるんだって、お医者さんが説明してくれた。

「おおー、晃、しっかり手伝ってるな」 

「おじさん、翔太兄ちゃん、光輝の迎えありがとー。あっ、聖弥さん、さっきのぶん、土間の奥に移動させたぜ。こっちは終わった」

 翔太たちに挨拶をして、カートの車輪止めを掛けながら三条くんに声を掛けた晃。

 あたしの隣で翔太と睨み合っていた三条くんが、くるりと晃へ顔を向ける。

「おっ? はえーな。よし、こっちも手伝え」

「うん、チャッチャとやっちまおう」

 なんか、晃と三条くんの連携プレーがすごい。

 晃、昨日は三条くんをあんなに目の敵にしてたのにね。

 うわ、翔太、すごい顔。

「なんだぁ? 三条のやつ、いきなり身内みたいになりやがって。日向、イイ感じはよそでやってくれよな」

 なによそれ。

 イイ感じじゃないもん。

 あ、翔太、もしかして……、ヤキモチ?

 あたしと三条くんは、そんなんじゃないよ?

 でも、今日はちょっとだけ甘えちゃったけどね。

 みんなにはナイショ。

「姉ちゃん、俺たち箱詰めやるから、姉ちゃんは家のことやりなよ」

「ほんと? みんなごめんね? じゃあ、夕ご飯の支度とお洗濯してくるね」

 みんなが、うんうんと頷いてくれたのを見て、あたしはくるりと背を向けた。

 土間を背にして台所へと向かう。

「あ、翔太兄ちゃんたちはメシあんの? 聖弥さんは今日も食って帰るだろ?」

 後ろで聞こえた晃の声。

 晃、ナイスっ!

 今日お手伝いをしてもらったぶんのお給料代わりに、今夜も三条くんに夕ご飯を食べて帰ってもらおうと思ってたけど、翔太の前でちょっと言い出しにくくて。

 翔太のお父さんが、申し訳なさそうに言うのが聞こえる。

「あー、俺と翔太は晩メシあるからいいよ。三条くんは日向ちゃんのご飯、よばれていったらいい」

 ちょっと沈黙があって、すぐに三条くんの声。

「いや、俺、昨日もご馳走になったんで。今日は帰って食います」

 えー?

 すぐに、晃の偉そうな声が続く。 

「いやいやいや、あの様子なら、姉ちゃんは最初から聖弥さんに食って帰ってもらうつもりだな。たぶん給料代わりだとかなんとか言って、絶対食っていけって言うよ」

「あ? 俺は金にもメシにも困ってねぇぞ?」

 ううう、恥ずかしい……。

 晃のやつに見透かされてたか。

 さて、まずは洗濯物を取り込もう。

 そうして、台所の端に置いていたカゴを手に取ると、さらに聞こえたのは翔太のとっても不機嫌そうな声。

 うわ、なに?

 なんか三条くんに突っ掛かってるみたい。

「おい三条、お前、もう日向とチューしたのか?」

 えええっ?

 もうっ、なんてこと聞くのよっ!

「なんだそれ? お前に関係ねぇだろ」

「お、したのかっ? したんだな? なんてぇ不潔なやつだ。タメとは思えん」

「あー? なんだ、ケンカ売ってんのか? それに、俺はお前とタメじゃねぇ」

「なにぃ?」

 え?

 タメじゃない?

 そういえば、昨日、晃が変な事言ってたな。

 それに……、あの運転免許証。

 へ? もしかしてっ……。

「あー、翔太兄ちゃん、聖弥さんは兄ちゃんたちとタメじゃねぇよ? 一コ上」

「一コ上だぁ? どういうことだ、三条」

 思わずカゴを投げ出して土間へ顔を出した。

 うわっ。

 土間の真ん中、輪になって箱を組み立てているみんなが一斉にこちらを見る。

「さささ、三条くんっ、いまの話っ」

「あれ? お前、小夜から聞いてなかったのか」

 翔太がポカンとしている。

 ちょっとニヤリとした三条くん。

「お前、この前の一月十五日で十五歳になったんだよな?」

「え? うん」

 そう。つい三か月前まで、あたしは十四歳だったのです。はい。

「俺の誕生日は四月四日だ。ついこの前の四月四日で、俺は――」

 えええ、まさか。

「この前の四月四日で俺は、十七歳になった。お前とは一年九か月差だな。俺、去年は浪人してたんだよ」

「えっ? ええっ? ええええーーーーっ?」

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