第21話 デートしようよ、センパイ。
笹木は爆弾回収ミッション・メイビーポッシブルに奔走していた。
文化祭の人混みに揉まれながら後者を駆けずり回り、二つ目の爆弾を空き教室の咲耶に届けたあたりで、笹木は気付いた。
「七は、多い……!」
「そうよね、そうだと思うわわたしも」
笹木は息切れした。笹木は、高校デビューのもやしっ子である。
午前零時に漫画の更新を追ってはインターネットに張り付く生粋のオタクであり、武道系の部活にも関わらず自認はナードである。
つまり人混み耐性がない。
部活でしごかれてる分、
いや、やるけどさ。
「時間もそんなにないよね。どうやって残りを集めよう……」
校内は人ばっかり、邪魔で探しにくい。
いっそ爆破したら駄目だろうか。駄目に決まってるか。
でかい玉とかを廊下に転がして、全員を弾き飛ばしたら少しは探しやすくなりそうだけど。人間ボーリング。
駄目か〜。
笹木は漫画脳なので想像の治安が普通に悪かった。
咲耶の次くらいに悪い。
現実逃避で一息ついたところで。
目に付いたのは、空き教室の床に転がる、飛鳥の置いていったウサギの頭部(着ぐるみ)と、看板板の存在だった。
閃いた。
人ばっかりなら、爆破するのではなく手伝ってもらえばいいのだ。
「文さん、芽々に伝えてくれるかな。
『ごめん。後で3倍にして返すから』って」
「? ええ、わかった」
不思議がる咲耶に背を向けて、再び駆け込んだはオカルト研究部室。
虹色にぬらつくオカ研部室の看板は、何を隠そう笹木製だ。
成績はいつもギリ赤点スレスレの笹木だが、美術には唯一自信があるのだ。
よく目立つと芽々からは好評である。
飛鳥は『古巣が前衛芸術の餌食になった時の気持ち、わかるか?』とか悲しそうに文句言ってきたけど。黙れ。
部室の、鍵のかかった棚に向かう。
芽々はよく校則違反物(ゲームとか)を持ち込むので、教員に見られてヤバいものは大体この中にしまっている。
鍵はダイアル式だ。
芽々のよく使う数字は確か……。
(おれと芽々の誕生日を足して……)
1206。
開いた。
中にはゲームの他に、大量の駄菓子が入っている。
ゲームセンターの景品の、大きいやつなんかである。
「ウワッ! 酒ある!? あいつ何やってんの……!?」
ドン引きしつつ、まあ芽々なら大丈夫か、と思い直す。
『法律破って飲むお酒って逆にあんまエモくなくないですか!??』
って言ってたし。
芽々は校則は破るが法律は守る。
遵法精神があまりなさそうな
高校生で同棲は退廃だと、笹木は思う。
飛鳥のことは友達だし咲耶にも好感を持っているが、それはそれとして引く。
デカダンめ……。
さて、景品という人を釣る餌を確保。
次はパソコンで看板に貼る紙を爆速作成する。
笹木はPhotoshopとか得意だ。
目立つように虹色のフォントで印刷した。
看板にはこう書かれている。
『宝探しゲーム開催中!
お宝→(爆弾の画像)を見つけて豪華景品をゲットしよう!』
人海戦術。
あとはウサギの頭部を被り、看板を持って練り歩くだけ……。
だが。
(なんか、映えないな)
これではまだ人混みに埋れかねない。
笹木はウサギの耳とかをアルミホイルで包んだ。
ギラギラに。
「これでよし」
──笹木の美的センスは控えめに言って、もう駄目だった。
そうして。
頭をアルミホイルで包み、サイケデリックな看板を持った禍々しいウサギは
それなりに話題となり──途中職質(ビビった教職員に質問)されるなどのトラブルはありつつも──残りの爆弾は割とすぐに見つかった。
最後のひとつを残して。
◇
「ぎゃあっ! 芽々の秘蔵のお菓子コレクションがぁ……!」
咲耶(本物)から電波を受信した文月(コピー)から謎の報告を受け取り、芽々は俺の前で悲鳴を上げた。
「まあいいです。早めのバレンタインだとでも思えば。安いものです……芽々のお菓子くらい」
スンッ。
芽々は畳に散らかしに散らかした、魔術式のメモに向き直る。
俺たちが結界に閉じ込められたのは爆破までの時間稼ぎだとして。
爆弾の最後のひとつが見つからないのは心配だが、ここから出ないと手伝えもしない。
「結界を破る手段、見つかりそうか?」
「あと少し、ですっ!」
芽々は額の汗を拭いながら言った。
祭りの準備と同じように、戦いというのは──戦いかこれ? 違うよな? 違うな──こういうのは、裏方八割、実行二割だ。
俺は実行担当。逆にいえば、実行まで俺という駒が浮いている状態なわけで。
もったいねえ……。
「これ終わったら俺も魔術覚えるか」
芽々は目を丸くする。
「ひーくん、魔法使えるんですか?」
「さあ?」
向こうじゃ剣しか使わなかったからな。
異世界語そのものが呪文の効果を持っているので、言葉で簡易的な
あんなのは気休め程度だ。
しっかりと論理立てた魔術や、咲耶のような派手な魔法が使えるかどうかは知らない。
「けど。魔法が使えないにしても、術式くらい読めるようになった方がいいだろ。
いや前にもやろうとしたんだけどさ。
『あんたは先に化学式とか数式とか覚えたら?』
と咲耶に呆れられた。
記憶は取り戻しても勉強は忘れたままだった。
俺は未だに追試常連である。
クソが……。
返上したい、脳筋の汚名。
芽々は「なるほど」と頷いて。
言った。
「……殊勝な心掛け、ですね」
「? なんか含みがある言い方だな」
ニコッ。
芽々は笑顔で有耶無耶にして、俺を茶室から追い出す。
「ささ、行ってください。先輩の浮気も立派な仕事です。るりさんを正気に戻すために、事前に違和感は作れるだけ作った方がいいですから」
いや。
浮気が仕事であってたまるか。
◇
「あ、ようやく来てくれた」
夕陽射す旧校舎。
廊下にもたれかかっていた瑠璃が、俺を見つけて足元を跳ねさせる。
「こーんなに待たせるなんて、センパイは罪な男だね」
文化祭も佳境の時刻。
先延ばしにした『選択肢』を、そろそろ果たさなければならない。
「それじゃ約束通り、僕とデートしよっか」
蘇芳に天文部の店番を任し、二人して祭りの渦中へと向かう。
大事な妹がデートだなんだと宣っているにも関わらず、蘇芳はあっさりと俺たちを送り出した。
あれはあれでシスコンのはずなのだが。
『オマエになら瑠璃を任せられる』って、何??
まあデート、なんて言っても俺たちはただの親友。
手も繋がなければ腕を組みもしない。
だから浮気ではないと、ここにはいない彼女に言い訳したいところだ。
「何か食うか?」
中庭に並ぶ屋台列の前で聞く。
そういや仮想空間の食い物って、どうなってんだ?
味とかするのだろうか……。
「お腹は空いてないんだよね。出し物見て回ろうよ」
パンドラの箱は開け損ねた。
人混みを縫って、校舎へ。
文化祭の様子は仮想空間とはいえリアルだった。
誰かの記憶から抽出して、生成しているのだろう。
ごった返す教室の出し物を、順番待ちの少ないものを狙って攻略していく。
推理研究会の脱出ゲームはあっさりとクリアした。
ほとんど瑠璃のアイデアだった。
将棋部の詰将棋の難題もやはり、爆速で解いた。
ルールをうろ覚えの瑠璃に説明した矢先だった。
そのように、なんとも淡白に景品を荒稼ぎすると、両手にはいつの間にか駄菓子の山ができていた。
「あとで芽々にあげようっと」
「あいつ駄菓子好きだよな。リスみたいに溜め込む」
仮想空間だからあげても消えるぞ、とは言わぬが花。
しかし……。
俺は瑠璃の横顔を伺う。
上機嫌に棒突きの飴を舐めているが──味はするようだな──さておき。
楽しんでるのだろうか?
瑠璃は昔からこうだった。
蘇芳の家で初めて会った中学の時、ランドセルを背負って帰ってきた瑠璃は俺たちを初見のゲームでボコボコにして、冷めた目で言い放った。
『こんなの楽しんでんの? ガキじゃん』
あの頃の瑠璃は、まごうごとないクソガキだった。
……一体、どうやって仲良くなったんだっけ?
「おまえって、その気になれば何にでもなれそうだよな」
「探偵にも棋士にも?」
「部活の出し物くらいで大げさか?」
「うん。兄貴もだけどセンパイも大概僕に甘い」
そうかな。
年下の贔屓目はあるかもしれない。
「確かに、なろうと思えばなんにでもなれるかもね。勉強も運動も遊びだって、楽勝だった覚えしかないし。人間関係は……小学校まではちょっと下手くそだったけど」
何もかもわかりきった顔で、大抵のことはなんでもできる。
それが鈴堂瑠璃という後輩だった。
どっちがチートだか。
瑠璃は飴を噛む。
破片が欠けて、飴は歪な球になる。
「でも、どれも面白そうだとは思えないんだ」
昔と同じ、冷めた目。
長い睫毛が影を落とす深い黒の瑠璃の瞳には、光が灯ることが滅多にない。
「面白いと思ったのは──芽々が教えてくれた占いくらいかな」
だが、口元は今もちゃんと笑っている。
目が笑ってないからって、笑おうとしていることに変わりはない。
瑠璃は楽しそうに言う。
「占いで未来を当てるのに必要なのは霊感とか、オカルトの才能だけど。人の気持ちを読んで、言って欲しいことを言わないとお金にならないからね」
そういえば今の瑠璃はバイトで占い師をやってるとか、聞いたことがある。
「面白いよ、人の心は。意味不明で」
瑠璃の持つ共感覚のことを思い出す。
「感情の色が見える、だったか」
「ただ好意と敵意がわかるだけだよ。昔は『人の気持ちがわかってない』って芽々にどれだけ怒られたか」
瑠璃と芽々の付き合いは小学校からだ。俺よりも長い。
「それに、バイトとしても割りがいいしね。センパイの未来も占ってあげようか?」
「いや、大丈夫だ」
『ありえたかもしれない未来』という過去の結界に囚われている今、未来を占うも何もないだろう。
「今度頼む」
「ふふ。センパイの心を読むのは大変そうだ」
デート中、たわいもない会話だけで好感度は上がっている。
表示される数値はとっくの前に『100』だ。
だが洗脳は発動しない。
最後のための溜め、だろう。
「あ、センパイ。空手部で瓦割り体験やってるって」
文化祭だが運動部もそこそこ出展している。
特に武道は、半分文化部なんだろう。
「フィジカルにも自信ありだぜ僕は」
そう言って教室に吸い込まれていった瑠璃は、やはり易々と瓦を五枚手刀で割る。
おまえ絶対習ってただろ、と言いたくなる綺麗なフォームだった。
まじでなんなんだこいつは。
こういう要領チートな奴が年下で良かったとたまに思う。
同い年だと張り合って苦労しそうだよな。
ああ……してるのか、芽々は。
「俺もやるか」
「男子は平均十枚だって」
「じゃあ二十で」
「センパイ、体育はイマイチだろう!?」
悲しいかな筋肉はあっても運動神経はあまりない。
今は筋肉もないか。
「ちょ、無理しない方がいいって。中学で何回骨折ってたか思い出せ!?」
二回ぐらいしか折ってねえよ。中学は。
流石に、瑠璃のような綺麗な手刀は自信ないな。
一拍。まるでない手応えの後。
がらがらと割れた瓦が床に散らばった。
「え……」
よし。
二年前のこの身体の動かし方もわかった。
体格が突然変わるのは腕がいきなりとれるより大分マシだ。まだ適応しやすい。
当然スペックは落ちているが……結界を破るにはこの体で戦う必要があるかもしれない。
一撃くらいなら、現実の身体と同じように拳を振るえるだろう。
「いやいやセンパイ、
それはおまえ。
「こういうのは試し割り用って言って、すげー割れやすいんだよ」
「それでもでしょ」
どうやら瑠璃に違和感を上手く植え付けられたようだ。
あまり派手に違和感出すと検閲されるからな。
はっ、と瑠璃が気付く。
「センパイ、まさか……」
気付け〜〜。
「……筋トレした?」
「筋トレは、した」
したけども。
気付かねえ〜〜。
洗脳されてる分、察しも鈍くなってんなさては。
「……あれ?」
瑠璃は床に散らばった瓦を拾う。
「センパイのは、普通の瓦じゃなくない……?」
怪訝な顔で俺を見る。
「まさか……」
「人体改造とかされた?」
「うん」
正解ですねそれは。
「またまた〜。んなわけないじゃん」
気付いても信じないので駄目だった。
終わった。
──そして。
瑠璃との文化祭デートも。
「ようやく終わった……」
最後のお化け屋敷から出て、俺は深く息を吐き出した。
ウチの高校のお化け屋敷は、旧棟を広く使った目玉の企画で、引退試合やら受験やらで忙しい三年がそれでも文化祭にガチりたいと、クラス合同で人手と予算と経験を注ぎ込んだ、ちょっと本気のものだ。
つまり──マジで怖い。
「センパイったら本気でビビっちゃってー。やーい、ざぁこ♡」
お化け屋敷では当然、暴力が禁止されている。
何故なら本物のお化けじゃないからだ。
拳はあまりにも無力……。
「俺は表情に出る方じゃないんだけどな」
「んふふ。僕にはお見通しさ」
「あと、怖がるフリして僕がしがみついても無反応だったし」
「マジ?」
よく見ると、瑠璃は現在進行形で俺の腕を抱えていた。
浮気ってどこからだと思う?
俺は腕組んだらアウトだと思う。
無言でそっと振り解いた。
「むぅ。つれないな〜」
「でも意外だった。センパイ、ホラー苦手なのについてきてくれるなんて」
「瑠璃こそ。お化け屋敷なんて退屈な子供騙しだって、昔言ってなかったか?」
凝ってるとはいえ、所詮は学生のクオリティだ。
言ってしまえば、文化祭なんて全部。
「うわ、人の黒歴史をほじくり返すねえ」
瑠璃は苦笑した。
「たしかに昔は退屈だと思ってたよ。だってわかってるじゃないか、何が起こるかなんてさ。でも、だからって斜に構えて何も楽しまないのはもっと退屈だし、お子様でしょ」
もう子供じゃないのだと、瑠璃は飄々と構えて。
「それに。……センパイとなら、わかりきった何もかもだって楽しいんだよ。本当に」
黒い瞳に光を灯して、眩しげにはにかんだ。
その黒曜石の目に身を切り裂かれるように、思い出す。
『好きになる方が悪い』と芽々は言った。
──違うよ芽々。
それでも俺が悪い。
芽々は、瑠璃の人間性がどうだとか言ったが、あんなのは悪友の憎まれ口に過ぎないだろう。
瑠璃は、全然、普通の女の子だ。
性格に多少の問題はあるとして、感性にどこかクセがあるとして、性能は並外れていたとして。
それも全部、俺の目には普通の範疇で済む話だ。
『普通』の範囲は広く取っておかなければ、俺が外れるから困る。
それに何より。
今、瑠璃が発した言葉は真っ直ぐだった。
共感覚などなくてもわかる。
瑠璃が俺のことを初めは好きじゃなかったということが、真だったとして。
好意の経緯が、理由が、捻くれていたとして。
真正面からの好意を向けられていることは、明らかだ。
これを理解らなかった俺が、普通じゃなかったのだ。
でもそれが果たして友情か恋愛感情かわからないじゃないか、という最後の言い訳も。
「センパイ、後夜祭は僕と二人で踊ってくれる?」
──実質の告白を示す誘いを前に、振り翳せなくなる。
自分の察しの良さに胡座を掻いて鈍感でいたツケだ。
「わかった」
断る選択肢は、どちらにしろなかった。
◇
後夜祭まではまだ時間がある。
一度瑠璃と別れ、茶室に戻ろうとすると、その扉の前で文月が待っていた。
「おかえり、日南君」
「文月? 寧々坂は……」
「お疲れだから、休憩中。対抗策の方はばっちりみたいよ」
なるほど、茶室は畳だ。仮眠には最適だろう。
魔術の解析で脳オーバーヒートさせただろうしな。
文月は淡々と、そう報告をしたあと。
ぽつりと呟くように言う。
「まだ少し時間はあるのよね」
「そうだな」
……まだ何か、やり残したことが、ある気がするのだが。
咲耶は端正な真顔で、じっと、俺の目を覗き込む。
「ねえ日南君」
逆転した背丈、榛色の静かな視線は逃さぬようにこちらを刺す。
「わたしとも、デートしてくれない?」
『浮気その2ですか!?』
という芽々の声が、聞こえた気がした。
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