第19話 かつて望んだ未来と爆弾。

 閉じ込められた結界の中では、存在し得なかった、俺たちが正当に・・・高校三年になった場合の文化祭シミュレーションが走っている。


 魔王アージスタの用意した、ゲームのクリア条件はひとつ。

 洗脳された瑠璃を正気に返し、契約を破棄させる・・・・・・・・ことだ。


 ──だが、ゲーム開始からリアル時間で九十分。

 俺たちはまだ、なんの成果も挙げられていなかった。


 ……と、いうのも。


 最悪、聖剣を使えば瑠璃にかけられた洗脳を解除できる──というか、そもそも結界すら破壊できる。物理で。


 しかしこの空間では、その物理手段が封じられている。


 俺は聖剣を封じられると大概無能である、というのは夏に証明した通りである。クソが。


 次のアクションをどうするか……と天文部の部室で悩んでいたそんな時だ。


「なあ、日南」

「なんだ?」


 結界に巻き込まれた俺の元親友。

 瑠璃の兄貴である蘇芳は、受付の机で手を組んで、いかにも重々しく言い出した。



「──隕石の話をしようぜ」



 別棟の僻地にある天文部の部室前は、文化祭にも関わらず人通りが少ない。

 ましてや、弱小の天文部の展示なぞ誰も訪れない。


 洗脳術式ゲームの渦中にいる俺や瑠璃はともかく、完全にモブとして巻き込まれただけの蘇芳は、完全に、隙を持て余していた。


 …………正直、蘇芳と無駄話をしている場合ではないのだが。



「乗ろう」



 俺は反射で答えていた。


 奥のソファで脚を組みながら、雑誌を読んでサボっていた瑠璃は。

「まーた、発作が始まったよ」と呆れていた。


 いや、元天文部の血が騒いで……。

 ちょっとだけ、ちょっとだけだから。

 許してくれ寧々坂。

 と、別作業で今ここにはいない芽々に伺いを立てる。

 よし、許されただろう。多分。


 俺は浮き立つのを隠しつつ、蘇芳の方へ身を乗り出す。


「議題はどれにする?」


 隕石と一口に言っても色々あるからな。

 

 ニヤリ、と答える蘇芳。


「そうだな。今日は……『ツングースカ大爆発』、なんてどうだ?」



「ああ。あの、百年くらい前の」


「そう! 突如としてロシア上空で謎の大爆発が起きた──その原因は、隕石ってやつだ」


 ちなみに、隕石が原因だと正式に証拠が見つかったのは近年になってからだ。

 百年もかけてようやく真相が解明されるっていいよな。

 科学の浪漫だ。


 蘇芳は真面目な顔をして続ける。


「隕石による爆発。そこから考えるに──」


 普段は軽薄な男だが、これでも教師志望だ。

 真面目な話をするときはできる男である。



「──つまり『隕石は実質、爆弾だ』と言えないだろうか?」


「言えねえだろ」



 なんで急に暴論掲げた??

 咲耶か? 


 ……いや、蘇芳もアホこうだったかもしれない。

 俺が忘れていただけで。


 溜息を吐いた。


「鈴堂……大事なことを忘れてるぞ。爆弾は作れるけど、隕石は作れないだろ」


「確かに」


 よし。


「いや待て。同じ威力の爆弾を作れたら、隕石を作れることにならないか!?」


 …………。

 

「意義ありだ。それは破壊力に着目しすぎている。隕石への冒涜だと俺は思う」

「馬鹿言え! 破壊なき隕石なんてどこに浪漫がある! 爆発とセットだろ!」

「はぁ?? そんなに爆発が好きなら映画でも見とけ!」


 議論は紛糾。二人して振り返る。




「「瑠璃はどう思う!?」」




 ソファで、持ち込んだオカルト雑誌を読んでいた瑠璃は。

 頬杖を突きながら、にこりとこちらを一瞥して、言った。


「そもそも僕、ツングースカは宇宙人の攻撃説派だから。隕石も爆発もどうでもいいかな」


 二人して、溜息を吐く。


「……こいつわかってねえ」

「ああ、我が妹ながらガッカリだ」


「天文がオカルトになるとかあっちゃならねえよな」

「そうだそうだ」


 瑠璃は鼻で笑いながら立ち上がり、俺たちの輪に混ざる。


「わーかってないねセンパイたちは。そもそも天文学の由緒は占星術オカルトだ。オカルト抜きに天文が語れないことを、思い知らせてあげるよ……!」


 

 そうして三人で、分野が天文なのかオカルトなのか与太話なのかわからない、闇鍋のような議論を始める。

 喧々諤々、語り明かしながら。

 思う。



 ──あ、やべえ。楽しい。

 

 その感情は洗脳などではない。

 ただ、かつての親友たちと昔のように話せるという、あり得ない未来が。

 少し、嬉しかっただけだ。



 だが、純粋に楽しんでいる場合ではない。


【好感度が上がりました】


 ……この結界内で瑠璃から逃げ回るという手も考えたが。この結果内で瑠璃がどこからでも現れるというストーカー機能システムには逆らえなかった。

 一時停止も、一定時間が過ぎると自動解除されるシステムだった。


 好感度によって発動する洗脳魔法に対しては、耐えられるギリギリで離脱、文月(NPC)の元に戻り、リセットをかければ今のところは問題ないが。

 この状況を打開する方法を探さなければ。


 たわいもない話をしながら。

 その裏で、考える。

 仕掛けた勝負ゲームにある違和感の正体を。


 力が使えないならば、使えないなりにできることをしなければならない。

 今の俺にできるのは、頭を回すことだけだ。


 ……ま、そもそも。

 勇者じゃなかった頃の俺は、こっちが領分だったんだけどな。


 脳筋あっちの自我に毒されて忘れてた。




 ◇




 茶室に戻ると、寧々坂と文月が一緒に茶をしばいていた。

 畳の上には、何やら計算式や異世界語の文字が入り乱れるメモが散らばっている。

 ほう、とお茶の器を抱えながら、芽々は一息をついて。


「あ、お帰りなさい先輩。さっき、向こうのサァヤと連絡して中から魔術式の解読してました」


「わたしが定期的に本体わたしからテレパシー受けてます」と向かいに正座する文月(清楚)が手を挙げる。

 NPCの彼女に乗っているのは二年前の人格のはずだが、この状況に異様な過適応中である。


「朗報ですよ。結界の破壊は無理っぽいですけど、穴くらいはワンチャン突けそうです。聖剣封じ、一瞬解除できるカモ」


 ……いや、魔女のサポートがあるとはいえ。

 純粋地球人の芽々がなんで読めてんだよ魔術式。

 あらためてやばいな、こいつ。



「そっちの成果はどうですか?」


「ない、が。ひとつ……仮説を思いついた」


「なんです?」


 渋面で答える。




「──この結界、ブラフじゃないか?」



「と、言いますと」


「まず、前提として。今回の敵は俺たちの手の内を熟知しているわけだが」


 なにせ最終決戦をやりすぎた。

 残念ながら俺たちは、奥の手は出しきってしまっている。


 ──もっとも、いずれ来る真の最終決戦に向けて、新しい奥の手を開発中だが。


「おかしいと思わないか?」

「この状況の何もかもがおかしいから今更何がおかしいのかわかりません」


 それな。


 ……そのせいで、見落としていた。


「そもそも魔女弟子のスペックを、魔王師匠が把握していないわけがないんだ。魔女が俺にかけた洗脳を、『文月』を使ってリセットする手くらいは、想定されているんじゃないか?」


「確かに、妙ですね。最後に解除できない級の洗脳こうげきを用意してるにしても」


「これに全てを賭けるにはやり口が迂遠だ。抵抗の余地を与えすぎている」


 というか。


「なんだよ俺を瑠璃に寝取らせて咲耶を闇堕ちさせる作戦って。今世紀最悪のバカか? んなのマジでやる奴がいるわけねえじゃん。仮にも黒幕ラスボスだぞ」

「その正論、まおーに言って〜?」


 後で言う。


「絶対嘘か、本命が別にあるだろ」


 勘のいい芽々は、ハッとする。


「ってことは……!」


「そうだ。これは、俺を閉じ込めるのが主目的の時間稼ぎ・・・・だ」





 仮説を述べる。


「おそらく真の狙いは他に──『現実』にある」





 ◇◆




 一方、その頃。

 笹木慎は現実の方の、別棟の廊下を歩いていた。


 さっきまで、咲耶から何もわからない話を聞いていたが。


 実は笹木は、合気道部とオカルト研究部の兼部である。

 部活創設には最低三人必要なので、芽々に頼まれた笹木と、天文部から転部してきた鈴堂瑠璃が形だけ所属している。


 しかし実働部員は芽々だけ。

 その芽々が結界に飲まれたということは。

 ──部室でやってる展示の受付、おれが代わりにやんなきゃなあ……。


 やれやれ、と部室に向かう。

 幼馴染のフォローに回るのは十年染み付いた癖である。

 

 なんかまた貧乏くじ引いた気がするな、と思いながら。

 ガラリ、と旧天文部・現オカルト研究部室の扉を開けて。


 受付の机の上。

 部屋の中央に明らかに、見覚えがないものが鎮座していることに気付いた。


 それは片手で掴めるボール大ほどの、金属の球だ。

 表面には見慣れない文字が刻まれており、それは点滅し、変化し続けてる。


「これ……もしかして」


 

 


 この文字は、確か異世界の数字だった気がする。

 さっきまで、咲耶が魔術をいじるのをちょっとウキウキしながらチラ見していたから。

 それが点滅し、変化し続けているということは。

 おそらくカウントダウン──




 笹木は叫んだ。



「──爆弾じゃん!!!?」


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