第16話 恥ずかしい服ならいつも着てる。
俺の目の前には選択肢ウィンドウが浮かんでいる。
┌───────────────┐
│▶瑠璃を文化祭デートに誘う │
│ 瑠璃を文化祭デートに誘う │
│ 瑠璃を文化祭デートに誘う │
└───────────────┘
……選択肢ってなんだっけな。
「てってれー、『一時停止コントローラ』〜」
死んだ目で猫型ロボットの声真似をして、芽々は魔王にもらったコントローラで世界を一時停止させる。
何はともあれ。
「この空間から脱出しなければならないわけだが」
どうするよ?
「聖剣が使えれば簡単なんだけどな」
「今日は脳筋の出番ナシですね」
ぶっちゃけこの空間は、『聖剣を封じる』ことが
魔術特攻&不壊の聖剣を魔術で完封するなんて無謀、そりゃ命ひとつ分の魔力もかかるというものだ。
……ただ、
魔力余ったからってゲーム作るな。
「まず、ゲームのルールを確認しましょう」
芽々が切り出す。
「ギャルゲ的に言うとココは『強制瑠璃ルート結界』……るりさんを攻略するまで、出られません」
「攻略しないとどうなる?」
「黒幕が説明せずに消えたので、わかりませんが……もし芽々が
……恋愛シミュレーションゲームって、そんな物騒なもんだっけ?
「攻略は必至か。時間制限はあるか?」
「はい」
コントローラーを弄る芽々。
宙にステータス画面が表示される。
【好感度 68】
【制限時間 5:54:09】
時計は止まっている。一時停止中だからだろう。
「ゲーム内時間で約6時間……文化祭の今日一日をシミュレートする感じですね」
「【好感度】が100になると何か起こりそうだな」
「メイビー攻略完了、ゲームエンドですね」
「すると結界から解放される、と考えたいところだが」
「るりさんの交換度が上がると『先輩しゅきしゅき洗脳ビーム』が出ますからね」
「何そのネーミング?」
「となれば、攻略完了は先輩の洗脳完了を意味します。事実上のバッドエンドです」
「なあ何そのネーミング?」
芽々はシリアスな表情で唸る。
「『攻略しないと出られない』、のに『攻略すると洗脳される』……ハメ技ですか?」
俺は溜息を吐いた。
「このゲーム、真面目に取り合うのは無駄だな。裏道を攻めるか」
「裏道」
「魔術を暴力以外で解体する」
「どーやって?」
まず、前提として。
「やつらの魔術の燃料は『感情』だ」
魔女は喜怒哀楽、自分の感情を薪にして
一方で魔王は他者と『契約』し、他人の感情を
「竜のそれより『人間の感情』の方が、燃料として質がいいらしい。だからアイツは瑠璃の感情を使って、この空間を作っているわけだ。外道の所業だな」
「るりさんの『好き』って気持ちがこの空間を作ってる、ってことですね?」
「多分な」
説明すると、何故か芽々が俺にドン引きしていた。
「それ淡々と語れるひーくんも大概、人の心ないですね……」
「俺は必要に応じて感情を失くせるからな」
「非人間」
直球ヘイトスピーチやめろ。
「ともかくだ。『契約』を破棄させて
とはいえ、聖剣封じの方は何も解決しないのだが。
まずはやれることから、だ。
「洗脳された瑠璃を正気に返して、ジスタとの契約を破棄させる」
「できるんです?」
「できるさ。瑠璃は理性的なやつだからな。正気ならこんな契約飲むはずない」
「……そうかなぁ」
「そのために、まず。瑠璃に『これは現実じゃない』って気付かせなくちゃいけないわけだが……」
しかしどうやって?
この世界がゲームだと言葉で知らせるのは無理だ。
実験してみたが、『瑠璃! この世界はゲームだ!』あるいは『瑠璃! 俺は咲耶と付き合ってるんだ!』と「現実」を叫んでも、洗脳済みの瑠璃には聞こえないようなのだ。
あるいは、この空間が都合の悪い発言を検閲しているのか。
「はい! 思いつきました」
芽々はむふん、と「我、名案アリ」という顔をする。
「現実だと起こりえないことを、起こせばいいんです!」
「そう、昔の
「俺をなんだと思ってる?」
「くるいんちゅ」
マジ無礼。
確かに知ってる人間が急に奇行を始めたら「これ夢?」ってなるけどさ。
俺も咲耶がやらかす度に「どうか夢であってくれ」って思って生きてるけど。
「いざ『ボケろ』って言われてもボケれねえよ」
俺は昔からボケツッコミの下手さに定評がある。
伊達に硬派を名乗ってない。
俺は真面目が
しかし、芽々は。
「ふふん、お忘れですか先輩。
にんまりと微笑む。
「お任せください! 芽々にイイ考えがあるのです」
……嫌な予感がする。
◇
――数十分後。
「おい、本当にやるのか!?」
「やります。覚悟決めてください。男らしくないですよー?」
「男らしさを求めるな、この格好に!!」
俺は――メイド服を着せられていた。
「なんでだよ!!!!」
いやわかる。
瑠璃を正気に戻すために奇行をしなければならない。
それはわかる、が。
「腹踊りとかで許してくれ……!」
「そっちの方が恥ずいでしょ」
顔を覆った。
「だからってなんで女装なんだよ!」
「ついコスプレイヤーの血が疼いて……」
そういや魔法少女衣装を自分で縫う女だった。
「それに、知ってますよ芽々。先輩が中学の文化祭で女装を断固拒否したこと」
「ぐっ」
男子たるもの、生きてれば一度は女装を強要されるものだ。
どうかしてるぜこの国。
「硬派気取りの先輩が絶対イヤと全力回避してきたことを……あえてする! そうすればるりさんなら『何事か』と気付くはずです!」
確かにな。理にかなって……かなってるか?
「じゃあ腹踊りでもいいだろ! 同列のあり得なさだよ」
「いえ。先輩はギリギリしそうだからダメです」
「俺をなんだと思ってる?」
「真顔で宴会芸しそうな
…………まあ、するけど。
ぐうの音も出ねえ。
芽々は俺を鏡の前にぐいぐいと引っ張っていく。
筋力も体重もない今の俺はあっけなく鏡の前に立たされる。
「ささ、見晒すがよいです、芽々のコスプレメイク技術! 我ながら渾身の出来ッ」
鏡に映る自分を見る。
長い黒髪(ウィッグ)の上にはちょこんと白いフリルのヘッドドレス。
足元まであるメイド服のスカートが、ふうわりと広がっている。
首元まで隠れた襟の上の上にあるのは色白になった顔で、長くなった睫毛が重たい。唇なんかつやつやとして飴みたいだ。
野暮ったいだけの眼鏡すら、今はしっくりと馴染んでしまってる。
どこからどう見ても、鏡に映っているのはクラシックなメイドだった。
…………これが、俺?
「ゴハッ」
「ちょっと。なんですかその反応」
「羞恥で吐きそう」
俺は胃が弱い。クソッ恥ずかしい服着せやがって……!
「何を今更恥じらうことがあるんです?」
芽々は呆れて、俺の目を覗き込む。
「よく考えてみてください。ひーくん普段散々アホみたいな服着てんじゃん。こんなのちょっとアホのベクトルが違うだけですよ」
確かに?
「てかひーくん、恥の多い人生を送ってるから。ちょっと増えても誤差です」
確かに!
「そうか俺は……何も恥じらうことなどなかったのか!」
何故なら人生の方が恥ずかしいから!!!
「がんばれ人間失格!」
「ぶん殴るぞ」
「きゃー男女平等拳コワ~(棒読み)」
芽々は嬉々として悲鳴をあげた後、スンと真顔になった。
「てかなんで
「…………女装なんてしたら、男として見られなくなるだろ」
「あーね。先輩少々、似合いすぎですからね」
……自覚はある。
元々の背丈と貧相な骨格のおかげで、違和感なく着れてしまってる。
その上に、芽々がやたらと上手い化粧を施してしまったものだから。
鏡に映るのはどっからどうみても「女子」だ。
喋らなければ男とバレることはないだろう。
だから嫌だったんだよ。
いや、似合わないのも嫌だが。
「じゃ、大丈夫ですね。だって」
芽々は微笑みを浮かべて、ささやく。
「先輩が男として見られたい相手は……ここにはいませんよ?」
ああそうか。
この空間に、咲耶はいないのだ。
そして魔術にかけられた蘇芳や瑠璃は、結界が解除されたらここであったことを忘れるだろう。
ならば。
失うものなど何もない。
「——わかった。やってやる」
ゲームを
「この程度の恥辱、安いものだ……!」
奮い立つ。
そこに、パシャパシャと写真のシャッター音が切られた。
「お宝写真、後でサァヤにおっくろ〜」
「…………」
「って、電波通じないじゃないですかクソ結界!」
ただしノリノリの芽々。
テメーは駄目だ。
「あ、準備できました? さあ、行きますよひーくん! るりさんビックリ大作戦の開始です!」
後で、覚えてろよ。
「
覚えてろよ、マジで。
◇
――茶道部室前の廊下で。
一時停止状態から動き出した瑠璃はぱちりと瞬きをした。
瑠璃の主観では、急に目の前から俺たちが消えているはずだ。
「え? あれ? さっきまでセンパイと話してたような……気のせい?」
だが瑠璃はきょろきょろと周りを見回して、ひとりでに納得する。
廊下の影で、こそりと芽々は言った。
「一時停止前の世界と一時停止後の世界の矛盾は、気にしないように設定されてるみたいですね……」
俺は後ろから、呼び掛ける。
「瑠璃!」
振り返った瑠璃は。
「センパイ!? その恰好……」
目を丸くして――。
「よし。きた。気付け!」
――破顔一笑した。
「んっふ」
┌────────────────┐
│▷system: 好感度が上がりました │
└────────────────┘
【好感度 70】
芽々が絶叫する。
「どうしてえ!?」
┌───────────────────┐
│▷command:
└───────────────────┘
「ぐああ――ッ!」
脳が! 脳が弄られる!
「話が違うぞ芽々! 騙したなぁあ」
「ちがっこんなはずじゃ……騙してない! ちょっと芽々のメイクの腕が凄かっただけ! 先輩の骨格が奇跡だっただけ! いやすっごい可愛いこれは確かに! 芽々と一緒にコミケ出よ!?」
「出れるか!!」
過去の肉体だこれは!
「な、なんでおっきくなっちゃったんですか〜!?」
「タッパねえとツラいんだよ暴力が!」
勇者なんざただの暴力装置なんだよ!!
(※この会話は検閲済みです)
作戦失敗に内輪揉めをやらかしていると、始末に負えないことに。
「ゲッ」
廊下の向こうから蘇芳までやってきてしまった。
「おまえらそんなとこで何して……い、ひーっ!」
奴は俺を見るなり腹を抱えてゲラゲラと笑い出した。
涙をぬぐって、笑いを堪えて。
蘇芳は親指を立てる。
「オレの歴代彼女よりも可愛い」
「謝れ元カノどもに!!」
「んっふ」
耐えきれず瑠璃がまた、噴き出す。
┌────────────────┐
│▷system: 好感度が上がりました │
└────────────────┘
【好感度 71】
「俺まだ何もしてないのに!?」
「アッ……るりさん、もしかしてほんのちょっぴし腐って……」
「どゆこと!?」
「芽々の想定が甘すぎたということです」
「寧々坂ァ!」
「んっふふ。違うってば」
芽々の邪推をあっさりと否定し、瑠璃は言う。
「ただ、センパイは面白いなと思って。身動ぎするだけで飽きないよ」
いや飽きないことはないだろ。人が動いて何が面白いんだ?
「反復横跳びでもしてやろうか?」
「うん」
瑠璃はニッコリと頷いた。
「『うん』?」
……まあ、いいけど。言い出したの俺だし。
スカートの裾を持つ。
一反復。
二反復。
三反復。
瑠璃はただ、ニッコリと俺を見ていた。
┌────────────────┐
│▷system: 好感度が上がりました │
└────────────────┘
┌────────────────┐
│▷system: 好感度が上がりました │
└────────────────┘
┌────────────────┐
│▷system: 好感度が上がりました │
└────────────────┘
【好感度 80】
「うそ、だろ……」
「チョッッロ……」
「咲耶でもこの上がり方はしねえよ!!」
「反復横跳びで好感度上がる女、サァヤよりダボじゃん!?」
(※この会話は検閲以下略)
「センパイはどんな格好をしても似合うし、何をしていても素敵だよ」
「全肯定じゃないですか……」
「咲耶でもここまで甘くねえよ!!?」
(※こ略)
瑠璃はすっと目を細めた。
泣きほくろの似合う、大人びた笑みは年下にも関わらず慈愛に満ちているように錯覚する。
瑠璃は一歩、俺に近寄いて。
指を伸ばす。
反復横跳びで乱れた髪を、さらりと撫でる。
甘い、囁き声。
「可愛いよ。センパイ。本当に、心から。すごく可愛い」
不覚にも――ドキリとした。
┌───────────────────┐
│▷command:
└───────────────────┘
ドキドキと脳裏に、絶望の音が響く。
「悪い、芽々」
「——終わった」
「え、ちょ」
バツン、と意識が途切れ――気が付いた時には。
俺は瑠璃の手を取り、のたまっていた。
「瑠璃、俺と一緒に文化祭回ってくれ」
┌────────────────┐
│▶瑠璃を文化祭デートに誘う │
└────────────────┘
「いいよ~。やった~」
「よくねえですよ浮気者っ!?」
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