第15話 脳破壊NTR呪術。



 ◆◇



 飛鳥が消えた教室で、セーラー調のワンピース姿の聖女フィリアは、戸惑いの声を上げる。


「サクヤ、なんですかこれは」


 飛鳥の連れ去られた先は【転移術式】の痕跡から読み取った。

 異世界転移を経ず、正しく高校三年になった世界線──を、模した異空間。


 魔王の術式をハッキングし内部の様子を、咲耶手持ちのパソコンに映し出した。

 画面の中には『日南』と芽々、鈴堂瑠璃。そして毎度の下手人である魔王(芽々2Pのすがた)が映っている。


 そこまではよかったのだ。

 ──だが。



『鈴堂瑠璃に仕込んであるのは、好感度が上がると発動する呪いだ』


『呪いが発動するとどうなるのか? キミは鈴堂瑠璃を好きだったことになる』




『そう、つまりこれは【洗脳特化呪術:擬似恋愛遊戯】名付けて「ドキドキ天文部!」だ!』




 ──何を、言ってるのかわからない。

 もう、ぜんっぜん。


 フィリアは自らの電脳のうみそをWi-Fiに繋ぎ、『OK Google なんですかこれ?』と聞いてみる。

 最近飛鳥に教わった、現世式魔術詠唱だ。

 だがググって真理が理解わかるほど、世界は単純に出来てない。


 フィリアはおろおろと咲耶を見上げた。


「サクヤ、あの。なんですかこれは。」


「…………」


 しかし、無言。

 咲耶は画面を凝視し、俯いている。

 その表情は見えない。


「あの……」


「ふ、ふふ…………」



 フィリアはびくりと肩を震わせた。

 突然、笑い出した咲耶の顔を覗き込んで。



「ぴえ」



 ゆらり、と立ち上がる。

 爛々と輝き出す赤い眼。

 その目に灯るは怒りの炎。




「かーんぜんに理解したわ」





 自称・感情がないフィリアにも理解は容易かった。



 ──どうやら、魔王は思いっきり魔女の地雷を踏み抜いたらしい、と。




 カタカタとフィリアは震える。


(わかりません……)


 なんで怒ってるかわからないけどなんかすごく怒ってる人と二人きり、同じ部屋にいるのは怖いのだ。

 これが感情……?

 と思いながら、フィリアは助けを求めた。



(誰か……)



 がらりと扉が開く。




「あれ、文さんと……誰?」




 ◆◇



 空き教室の扉を開けて、笹木慎は困惑した。


 飛鳥たちが休憩から戻ってこないので、探しに来たのだ。


 どうせ空き教室でイチャイチャしてるんだろうな〜あいつまじほんま彼女出来たからって調子乗ってるよな〜、と思いながらノーノック・ノー慈悲で笹木は『空き教室のドア片っ端から開けるマン』になったのだが。


 扉を開けた先にいたのは、怒髪天をついている咲耶と、カタカタ怯える知らない銀髪ロリっ子だった。


(なんで?)



 霊感からっきしの笹木にとって、聖女を見るのは実体化した今日が初めてだ。

 見覚えのない少女を訝しみつつ、目の色が飛鳥と同じだと気付く。

 飛鳥の妹かな?と思った。

 あいつ「実は生き別れの妹がいたんだ」とか急に言い出してもおかしくないところあるからな。



「あら、笹木君」


 目に入るもの全部殺す勢いで怒りのオーラを振りまいていた咲耶は、笹木に気付くなりスッと殺意を鞘に納めた。

 なぜならお友達の前でブチギレるのは淑女としてはしたないからだ。


 しかし笹木はいいやつなので、友達がキレ散らかしてたら放っておかない。


「どしたの? おれでよかったら話聞くよ」

「そお? じゃあお言葉に甘えて……」




 ──しかし、数分後。話を聞いて笹木は後悔することになる。



(いや、いやいやいや。何? なんで芽々まで巻き込まれてるのさ)


「てか、何? 飛鳥が鈴堂るりさんのこと好きになったとして……それがなんで敵の勝利になるわけ?」


 ごもっとも、と言いたいのか。こくこくこく、と隣で無表情ロリが頷いている。


「それはね」


 至極真面目な顔で、咲耶は言う。



「つまるところ、これが『脳破壊NTR呪術』だからよ」


「なんて?」



 淑女からまろび出ちゃいけない単語出たな。

 笹木は眉間を揉んだ。



「文さん……意味わかって言ってる? NTRとか脳破壊とか」

「ええもちろん。NTRネトリ……つまり不倫のことよね? 昼ドラよね。つまり『浮気されたら脳が破壊されるほど悲しい』ってことでしょ?」


 スーッ……。


「なるほどね」


 笹木は完全に理解した。



(このお嬢様、NTRネトラレNTLネトリの違いもわかってないな……!?)



 忘れがちであるが、咲耶はなんせ箱入りだ。

 文学とクソ映画以外はてんで知らず、ゲームを実際に遊ぶようになったのも実家を出てから。

 肝心の遊び相手は現世の記憶が吹っ飛んでる上にサブカルには明るくない飛鳥だ。

 奴はジブリとジャンプと特撮しかわからない。

 いや充分か。充分だな。


 では、彼女に「オタク知識」を教授したのは何か?

 即ち、インターネットである。


 異世界から帰ってきても友達がいない数ヵ月の間、愛とインターネットだけが咲耶の友達だった。

 結果として半端にネットミームを覚えて実態を知らない『哀しき生命ニワカ』が生まれたのである。


 インターネットやめろ文月咲耶。



「文さん、NTRとかよそで言っちゃ駄目だからね」

「? わかったわ」



 なんだっけ、本題。

 笹木はいぶかしんだ。



「要は魔王せんせいは飛鳥を瑠璃に寝取らせようって魂胆なのよ」

「ああ、うん。それは、まあわかる」


『好きな人は瑠璃だったと思い込ませる』洗脳まで付いてくるので、凶悪だ。


「成功すればわたしの脳は確実に破壊されるわ。正気を保てない」

「まあ……」


 そもそも常に半分狂気に片足突っ込んで生きてるのが文月咲耶だ。

 魔女の体質上、常時SAN値チェックが入る。

 なんなら夏に魔王と契約を結んだ際、人外体質は悪化している。


 要するに、今の咲耶はちょっと狂いやすい。


「寝取られたら絶対、八つ当たりで世界を滅ぼす。自信があるわ」

「そっか〜……」


 魔女の力で異世界を滅ぼしたい魔王てきの思惑通りだ。

 脳を破壊された魔女は、勇者を引きずってハネムーンを敢行する。そんな未来しか見えない。


 なんなら二人でハネムーンに行けたらいい方で、飛鳥は最悪咲耶のことを忘れて瑠璃とイチャイチャし続けるかもしれない。

 そうなったら多分、地球も滅ぼす。

 おしまいだ。



「だからこのままだと、戦わずとも完全敗北バッドエンド、というわけ」


「……洒落にならないじゃん」

「ならないです……」


 笹木は青ざめた。

 隣でフィリアも青ざめている。



「こんな、ふざけたゲームなのに? 世界の命運マジで乗っちゃってるの?」

「フザけてるときの方が強いのよ、あのひと……」


 げんなりと咲耶は言う。


 異世界では余裕をなくした奴から詰む。

 孤独や焦燥がそのまま自分を呪う毒になるからだ。

 魔王も末期は相当弱かった。弟子に裏切られた動揺でそのままうっかり殺されるくらいに。

 だが、現世ここで遊び心を思い出してしまった竜は──正直、イキイキとして昔より厄介。



「大丈夫? 文さん、世界救える?」

「いや世界は救わないから、わたし。飛鳥しか救いませーん」



 咲耶は気怠げに、飛鳥たちを写すパソコンのキーボードを叩く。

 一応学校なので、人にうっかり目撃されてもいいように改造PCで魔術を組み上げる。

 意外と快適だ。キーボードしか勝たん。


「ま、大人しく向こうのゲームに乗ってやる道理はないわ。師匠せんせいの作った術式ゲーム乗っ取ってハッキングして、こっちに都合よく改変すればいいだけの話よ」


 高度な魔術戦はどうやらハッカー同士の戦いのようなものらしい。よくわからないけど。


 カタカタとキーボードを打つ咲耶を横目に、笹木は思った。


「……文さん、それめっちゃ頭使うやつじゃない?」

「そうね」

「文さんって、その、頭良かったっけ?」

「失礼ね。悪いけど。頭の回転おそっいけど」

「おっそいんだ……」


 いくら魔術が十八番といえど、試験の順位は頑張って中の上。咲耶のスペックは凡人だ。


「でもその気になれば思考加速くらいできるわよ。……こふっ」

「血ぃ吐いた今?」

「呪術ドーピングでね、思考加速。内臓モツ捧げたらイケるわ」

反則前提チーターかぁ」


 カタカタカタ。


「だから、乗っ取りぐらい楽勝……」


 カタカタ、カタ……。



「楽……」



 カタ…………。



「…………」



 パタン。

 咲耶は諦めたようにパソコンを閉じ、首を振った。



「ごめん、楽勝じゃなかった。やれないことはないけど脳が沸騰して死ぬわ。脳冷却する間もないからそこでずっと死んだり生き返ったりビクンビクンする羽目になるわ」

「グロいな〜」


 笹木はグロ耐性がある方のオタクだが、まともな倫理観の持ち主として「ちょっと友達が死んでるのは見たくないな」と思った。


「他に方法はないの?」


 咲耶はしばし考え込んで。


「……あるわ!」


 ハッと閃き、呟く。



「脳が足りないなら、借りればいいのよね!」


「脳を借りる?」


 魔女の視線。

 その先には──。



「──え? 私……ですか?」



 ハイスペック電脳持ちの、聖女がいた。






 足りない思考リソースは聖女の脳味噌を使わせてもらえばいい。

 

「というわけで、脳、繋げるわね。わたしと」

「何を言ってるんですか??」




 ──クチュ。




「あっ。あっ、あっ、あっあっ」


「あっすっごい! 魔術演算、快適〜! これなら……イケるわ!!」




 カタカタカタッ、ターン!!




 


 笹木は思った。


(ごめん、その……)


 他に方法がないかって聞いたのは自分だけどさ。



(友達が脳クチュしてるのも見たくなかったなぁ〜……)



 あまりにも絵面が『見せられないよ!』すぎるので。

 笹木は教室に鍵をかけた。

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