第14話 ドキドキ天文部。

 ひらひらと手を振りながら、魔王がこちらへ歩いてくる。

 寧々坂と瓜二つの外見だが、その目は赤く、見間違えることはない。


「悪いね芽々。君を巻き込むつもりはなかったのだが。鈴堂瑠璃の近くにいたからうっかり結界に飲み込んでしまった」


 悪びれず、寧々坂の質問に答える魔王。


「本当はボクがキミに成り代わり、案内役チュートリアルを務める予定だったのだが……まあいいだろう」

「よくねえです」


 憤慨する寧々坂。


 寧々坂には悪いが、俺は割と冷静だったりする。

 何故なら、魔王はまだそこまで・・・・悪いことを・・・・・していない・・・・・


 寧々坂だけでなく瑠璃や蘇芳も巻き込まれてるが、彼ら一般人を危険に晒すこと、人質に取ることは契約違反だ。

 魔法使いにとって契約は絶対だ。破ることは不可能だから、安全は保証されている。

 ゆえに悪ではない。



 それに不意打ちで仕掛けてきたことも、契約に反してはいない。

 魔王が完全に生き返り次第、聖剣のクールタイムが過ぎ次第、再戦はいつでも可能という契約だ。

 よりにもよって文化祭に被せやがって性格の悪い奴だな、とは思うがそれだけだ。

 だって最終的にボコるし。


 しかし不可解なのはこの状況である。

 なんだって、こんな結界に引きずり込んだのか。


 五回払いの最終決戦契約、その勝負の方法は魔王持ちになっている。

 前回奴が求めたのは魔女を魔王そちらの陣営に入れ、勇者聖女オレたちと戦うごく単純な2vs2。

 異世界ですっ飛ばした、最終決戦のやり直しだ。



 だが今回は、奴が何を条件に求めているのか。

 わかるようで全然わからない。 


 まあ、この手の「あり得たはずの未来を見せる」というのは精神攻撃のお決まりだろう。俺も咲耶は笹木や芽々にその辺の映画やら漫画やら色々見せられたので、わかってきた。


 しかし、だ。

 今更「あり得たはずの未来」ごときで誘惑されるだろうか?

 こちとら恋人できたてホヤホヤだぞ。

 マジで今、人生の春。

 過去に戻ってやり直したいとか異世界に関わらない世界線に行きたいとか考えたこと………………あるけど。

 過去に戻って普通に文月と付き合いたい気持ちはもうめちゃくちゃあるすげえあるけども。



 それでも、それを「要らない」と断言できる。

 だからこれは、仕掛ける意味がない「もしも」の誘惑などではないのだろう。


 

 そして不可解なのはもう一つ。

 現れた魔王は、まだ何もしていないにも関わらず消耗して見えた。

 既に魔術に力を使いすぎたのだろう。

 大きな魔術は命を削る。

 弱々しく、多分聖剣もない今の俺が普通に殴りかかっても勝てる。

 

「そのなりで何するつもりだ?」


 魔王は既にほとんど死んでいる状態にも関わらず、余裕の笑みを浮かべている。


「ボクが用意した遊戯ゲームに付き合ってもらう」

 

 いや、寧々坂も言ってたけど。

 ゲームて。


「……なんで?」


 普通に殺し合おうぜ。

 まどろっこしい。


 竜は肩をすくめ、皮肉げに吐き捨てる。


「どうせ戦闘をしかけても、キミに勝てないことは前回立証したからね」


 異世界で俺が魔王を倒せたのは、魔女と組んで闇討ちしたからだと思っていたのだが。

 なんか、正面から魔王と魔女両方相手にしても普通に勝てた。

 わはは。俺つよ。


 魔王は愕然としただろう。

 魔女サクヤは歴代の中で一番強い。

 魔女さえ裏切っていなければそちらが勝つと計算していたのだ。

 いやなんで勝てたんだろうね俺。


 俺は勇者の中では歴代で一番弱いはずなので、多分勝てたのは聖女フィーの支援が上手かっただけだ。

 俺よわ……。


 話を戻そう。

 

「絶対に勝ち目がないとなったら、搦め手を使うしかないだろう」

「いや、奇策って大体失敗すると思いますけど」

「搦め手=ゲームにはならねえだろ」


 第一。

 文月(NPC)の方を見やる。


「魔女がいないのはなぜだ?」

「あの子をここに喚べば結界をハッキングしようとするに決まってる。それではいつも通りの魔術合戦だ。弟子には多分、この遊びゲームにはおとなしく付き合ってくれる度量はないからね」


 そうだろうか?

 あいつは結構ゲームが好きだ。

 一応お嬢様として自制していた反動で、今は寝ないでいい身体なのをいいことに遅くまで遊んでいるのをよく見る。

 むしろノリノリで付き合ってくれそうなものだが。


「そもそも、なんのゲームなんだ?」

「それはだね……」


 にまりと笑って、魔王は消えた。


 は?

 いや説明しろよ。

 と思ったその時だ。



「もう。センパイ、いきなり走り出してどうしたのさ」


 廊下の反対側から、俺を追って瑠璃がやって来る。

 今の冷淡な瑠璃の影も形もない、かつての親しげな空気をまとい、俺に話しかける。

 瑠璃には申し訳ないが、タイミングが悪い。


「困りごとがあるなら力になるよ」


 言葉を濁して答えようとした、その時だ。


 視界に・・・ノイズが・・・・走る・・


 寧々坂が「うげっ」と潰れたカエルめいた声を出した。


「ま、まさか……」



 どうやら寧々坂にも見えているらしい。

 ノイズが晴れた先に、視界に現れたものは。






 ┌────────┐

 │▶礼を言う   │

 │ 謝る     │

 │ 口説き落とす │

 └────────┘






 ──選択肢のウィンドウだった。




「ああああぁぁぁバカ!! マジでやるやつがいますか!! ダボ!!」


 寧々坂が頭を抱えて悲鳴を上げた。


「……つまり?」

「ギャルゲですよこれェ!!」

「そうか。いつも咲耶がやってるやつだな」

「それはかわいい女の子がいっぱい出てくるソシャゲです!!」


 とりあえず選んでみるか。



 というか、この芽々の叫びに一切反応しないあたり鈴堂瑠璃は相当強く洗脳されているな。

 慣れている俺はまだしも、この洗脳に逆らえる寧々坂って……変な体質だよなぁ。


 と思いながら。


 ┌────────┐

 │▶︎謝る     │

 └────────┘


「悪い。ちょっと野暮用があってな」

「その野暮用が何かって聞いてるんだよ」


「……巻き込みたくない。関わらないでくれ」


 いや、ほんと。

 まじで説明できないから状況が。



 訝しげにこちらを覗き込んでいた瑠璃の目が。



「──んふ」



 妖しげに歪んだ。


「センパイは秘密の多い人だね。そういうの、嫌いじゃないよ」


 瑠璃の弾む声に合わせて、ウィンドウがポップする。




 ┌────────────────┐

 │▷system: 好感度が上がりました │

 └────────────────┘


 ┌───────────────────┐

 │▷command: 現実改変魔術overwriteを起動します │

 └───────────────────┘



「……は?」



 ぞくり、と脳が揺れた。

 慣れ親しんだ洗脳の感覚に、聖剣を起動してとどめようと試みる。

 しかし──。



 ┌───────────────────┐

 │▷command: 聖剣封じanti-antimagicを起動します   │

 └───────────────────┘



 ──聖剣は機能しない。



 目の前の瑠璃の微笑みに、心臓が、強く跳ねた。

 この鼓動を知っている。

 この高鳴りの名を知っている。


 これは散々、文月咲耶に捧げた感情だ。




 ──よりにもよってそれを、目の前の鈴堂瑠璃に感じている!





 愕然とした。



 …………いや、これ…………浮気じゃん…………。



 浮気の定義は人様々だが、俺は恋人以外にときめいただけでアウトだと思う。

 つまり切腹。死。


 

 俺の絶望を嗤うように、またノイズが走る。

 視界に大きく一時停止のマークが浮かんで、俺と寧々坂以外の時が止まった。


「鈴堂瑠璃に仕込んであるのは、好感度が上がると発動する呪いだ。当人にそれを行使している自覚はない。とっくに洗脳は済んである」


 消えたはずの竜がまた、姿を現す。


「呪いが発動するとどうなるのか? 効果は単純、キミは・・・鈴堂瑠璃を・・・・・好きだった・・・・・ことになる・・・・・


 呪いの性質は、魅了。



 ゲームだのなんだのというのは、全部建前に過ぎない。

 この結界は要するに、俺に全力で洗脳を仕掛けるための舞台装置ということか。


「そんな洗脳を仕掛けて何になる? と言いたげな目だ。いいだろう」


 そもそも現時点における、魔王の目的は何か。


「ボクはキミたちと共に世界を滅ぼしたい。キミたちをこちら側へ勧誘するため、勝負の契約を結んだがどうも勝ち目がない。戦力的には釣り合っているはずなのに、だ。では敗因は何か? 私にとっても脅威は何か?」



「紛れもなくそれは──キミたちの愛だ。だからそこから切り崩す」



「呪いの薪は強い感情だ。この世で最も強い感情たる愛に勝てるのは、同じ愛しかない。文月咲耶の愛に、鈴堂瑠璃の愛をぶつけて、上書きする」



「これはそのための【洗脳特化呪術:擬似恋愛遊戯】名付けて『ドキドキDoki Doki天文部Astronomy Club!』だ」




「さあ恐るるがいい。キミが此度戦う相手は魔王ではない。お前たちの真の天敵なのだ──!」






 魔王の長演説チュートリアルを、聞き終えて。



 俺は、ようやく合点がいく。

 なるほど、そのために命ひとつ分ほとんど使ってまでこんな結界を構築したのか。

 洗脳を完璧にかけるために魔術殺しの聖剣を魔術で封じるとは、さぞや大変だっただろう。



 いや。



「………………バカなのか??」



 ゲームにする必然性一個もねえな。

 今の話。

 なんかもっと他にあっただろまともな手が。



「なんで?」



 マジでなんでゲームにした?



「キミたち、どうせ訳のわからない理由で勝つからね。もう初めから訳の分からない勝負をふっかけておこうと思ったんだ」

「訳が分からない自覚はあるのか」


「酒に酔っている時に決めたよ。この作戦」

「死ねよ」



「ごめんなさい先輩ごめんなさい……芽々が酒盛ってゲームやらせたせいです全部芽々が悪いんです……」



 寧々坂は隣でノイローゼになっていた。

 図々しいように見えて、意外とこいつはストレス耐性が低い。

 付き合わせてごめん、本当。






 ◇






 そして魔王は寧々坂に【一時停止】のコントローラーを託し、消えた。


「…………いや、生身の人間でギャルゲ作んな!!!!」


 ようやくショックから立ち直った寧々坂がブチギレてコントローラーを廊下に叩きつけようとするのを、どうどうと宥める。

 それ明らか魔術道具だから。捨てんな。貰えるもん全部貰っとけ。

 こいつ実は俺より短気だな?

 



「しかし最悪だ。何が最悪って……」


 いまだ停止した世界で、俺たちは深々と溜息を吐く。


「あのヤロ……るりさんが先輩のこと好きだって、バラしやがりました」


 それなのだ。


『あいつおまえのこと好きなんだってよ』と人伝に聞かされるのは、道義的にありえない。

 たとえ分別の付かない中学生であっても、やらかしたやつは無間地獄に落ちる。

 あまりにもそれは、人の感情を踏みにじる所業だろう。




 ──たとえそれが、元から・・・知っていたこと・・・・・・・だとしても・・・・・




 人の色恋沙汰を見て愉悦する悪癖の寧々坂すら、笑っていない。

 一切の表情が抜け落ちた顔で、目の前の、一時停止した瑠璃を眺めている。

 ARのように視界に無造作に貼り付けられた、ゲームのウィンドウを睨む。



 正直、拉致だの洗脳だのはどうでもいい。

 今に始まった話ではない。俺は両方され慣れてる。

 もはや洗脳(される方)のプロ。


 念願の文月との文化祭を邪魔されたことも、この際横に置くとしよう。


 怒るべきはただ一点。

 俺の、かつての親友たち・・・・に手を出したことだ。



 あの異世界において。

 人類ヒトが感情を不要と捨て去る【酷薄】なら、アレは感情の利用価値を知っている【邪悪】だった。

 勇者オレはそれを割り切っている。

 異世界のことは異世界のことわりで考えるべきだからだ。



 だが、現世こちらのことは別だ。

 過去は、思い出は、そこに置いてきた青春は、誰にも不可侵のものであるはずだった。

 それをあろうことか、部外者がゲームのシステムなんざに組み込んで土足で踏み躙った。

 そのことを、けして日南オレは許さない。





「やるぞ芽々。絶対にひっくり返す」


「ええ。流石の芽々も……雑に巻き込まれた上、悪友ダチの心を玩具オモチャにされては穏やかじゃないです」




 俺たちの感情を無機質に利用したことを。

 奴に後悔させてやらねばならない──。



 と、現実ゲームに向き直ったのだが。





 ┌───────────────┐

 │▶瑠璃を文化祭デートに誘う  │

 │ 瑠璃を文化祭デートに誘う  │

 │ 瑠璃を文化祭デートに誘う  │

 └───────────────┘





 ……視界がバカすぎて怒りも湧かねえ。

 帰りてえ。

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