第7話 現世スピードラーニング聖女。

 現世での聖女の仕事というと、もっぱら魔王の監視であり……旧天文部・現オカ研部室に魔王が侵入おじゃましている今、フィーの居場所は当たりがついた。

 この辺りからは部室が見えるからな。


 ちなみに、芽々は俺に『なんか魔王来たんですけど』と連絡をくれていた。

 その際、こちらで引き取ぶんなぐろうか?と提案したのだが、『テキトーにあしらっとくんで〜』と言われてしまった。

 魔王を適当にとは、これ如何に。


 そんなわけで、俺は、別に用があった聖女の方を捕まえにいったのだが。


「なんのご用ですか」


 俺に呼びかけられた聖女、ことフィーは学校の塀から道へ飛び降りる。

 現世にそぐわない修道服姿に、切り揃えた銀髪。

 しかし学校の塀に立っていても、誰も見とがめることはない。


  ──異世界から霊体たましいのみ現世に渡っているこの少女は、常人の目には見えない。


 俺は端に自転車を止め、手に持った包みを掲げる。


「用って言っても、たいしたことじゃないさ。差し入れをしにきた」


 フィーはじっと俺の手元を見つめて、後ずさった。



「まさか、また毒を?」


「…………」



 人に毒を盛るのはやめた方がいい。

 信用をなくすから。


「いや、手組んだだろ。味方に毒を盛る奴がいるかよ」


 段差に腰を下ろし、包みを開ける。

 中は近所で売っているたこ焼きだ。

 昼休みに芽々が食ってたから食べたくなったんだよな。


 霊体とはいえ食事は魔力補給になる。

 咲耶の食い意地が張っているのも、それが理由だ。


「たこ……?」


 フィーは、頭の中に入っているデータベースに検索をかける。

 手元にタコのイメージ映像を表出し、ビクリと肩を震わせた。

 まあちょっとキモいよな、あいつら。

 

「竜の一種か何かですか?」

「流石に頭足類は遠いと思うぞ」


 訝しげに球体を見つめるフィー。

 未知の生き物が入った食べ物に警戒しているのか、それともまだ毒を疑っているのか。

 仕方ない、と俺はひとつ毒味をしてみせる。


 懐かしいな、ここの。

 一年の時に鈴堂と散々通った覚えがある。


 そしてようやく、おそるおそると手をつけるのだが。

 つまようじからポロリと球体が落ちる。

 間一髪、地面に落ちる前に皿で受け止める。


「おまえも大概不器用だよな」

「お見苦しいところをお見せしました」


 無表情、恥じらうわけでもなく淡々と肯定するが。

 短くはない付き合いだ。少し落ち込んでいるように見える。


 向こうの食事は、魔力と栄養さえ補給できればいいという観点でクソマズい携行食や錠剤ばかりだった。

 おそらく、フィーは「食べる」という動作そのものに慣れていないのだろう。


「口開けろ」

「?」


 素直に従い、小さな口を開く。

 そこに一粒を放り込む。


「っ!」


 冷ましたつもりだが、まだ熱かったらしい。

 涙目にフィーは小さな口いっぱいに頬張って、こくん、と飲み込んだ。


「うまいか」

「……わかりません」


 そりゃそうか。

 そもそもうまいとか不味いとか、そういう概念がないのだろう。


「しょっぱくて甘いです。柔らかくて硬いです。味が、たくさんして、不思議です」

「それを『うまい』って言うんだよ。覚えとけ」


 まったく、表情の作り方も知らないくせに。

 うまそうな目をするじゃないか。


「残り全部食っていいぞ。食べ方のコツ、教えてやるから」

「何が狙いですか?」

「俺はどれだけ卑劣だと思われてるんだよ」


 毒を盛るのはやめた方がいい(二回目)


「別に、俺はただ『たらふくうまいもの食わせてやろう』と思っただけだ。おまえが異世界むこうに帰る前に、さ」


 聖女が現世に残っているのは、俺が魔王を倒し切るのを待っているに過ぎない。

 俺としては今すぐ部室に乗り込んで残り四戦かましてやってもいいのだが。

 現世こちらで聖剣を乱用するのは身体に悪いらしく、こうして中途半端な休戦を強いられているのが現状だ。

 いたしかたない、俺も長生きしたくなってきた今日この頃だ。


 魔王に二度と異世界の朝日を拝ませてやる気はないが、聖女は全部終わったらいずれは異世界むこうに帰る運命だ。


 勇者の代わりとして生まれた時から働きづめだったこいつに、現世こちらにいる時くらい美味しい思いをさせてやってもいいだろう。


「アスカ……」


 大きな瞳を、僅かに微笑むように細めた。


「ま、半分嫌がらせなんだけどな」

「……はい?」


 聖女には恩も情もある。人類のカスさは彼女の責任ではないことは、理屈ではわかっている。

 だがそれで禍根をきれいさっぱり水に流せるほど、俺は大人ではない。

 普通にちょっと嫌いだ。嫌がらせくらいはする。

 俺はニヤリと笑う。


「こっちのうまい飯に慣れた後じゃ、向こうのまずい飯はさぞ耐え難いだろうなあ」


 ぽかんと口を開けた。


「せいぜいうまいものの味を覚えるといいさ。舌肥えて帰れ」

「貴方という人は……」


「それで、向こうの奴らに『飯はうまいもんだ』って教えてやれ」


 いずれ彼女は故郷に戻り、救われた世界の未来を背負う運命だ。

 ただ一人、あの世界の何が間違っていたのかを知る者として。

 恨みも禍根もあれど、元同僚の、すべてが終わったその未来さきを憂えないほど、俺は餓鬼でもない。


 フィーも俺の意図するところを理解したのだろう。

 静かに頷く。


「はい。覚えました」


 ま、俺には知ったことじゃないけどさ。

 折角救ったんだ。未来くらいは明るいといいよな、クソ異世界も。






「てかおまえ、ここしばらく何食ってたんだ?」


 現世はただでさえ魔力が薄い。

 霊体を維持するためにも、魔力補給に食事は必要なはずだが。


「葉っぱを食べていました」

「……なんの?」

「地球は植物が豊富で良いですね」


 目線を追う。

 アスファルトから花が生えている。

 なるほど、確かにな。向こうはぺんぺん草も生えない荒地模様だもんな。

 いや雑草じゃん、食ってんの。


 引き気味にフィーを見下ろす。


「おまえ……よく、俺のこととやかく言えたな?」

「土は食べませんよ」

「俺でも雑草は食わねえよ」


 …………。


「私がおかしいのですか?」

「俺がおかしいのか?」


 ちょっとトチ狂ってただけだよあの頃は。

 まともだったら土も食わねえよ。

 

 ……そりゃまあ俺も異世界に毒されてたけどさ。

 そもそもむこう生まれのフィーがおかしいのは当たり前だった。


 ったく、と溜息を吐きながら。

 芽々と魔王がいる部室の方を伺う。

 そもそも聖女は監視のためにここにいるのだった。

 俺の視力はべらぼうにいい。

 部室の中は双眼鏡がなくても見えたのだが……。


 ……あいつら、今、ゲームしてないか?

 どういう神経してたら自分を洗脳しようとしたこともある魔王と遊べるのか。

 なんだあの寧々坂芽々・ごく普通の女子高生。

 無敵か?


 フィーはフィーで、完全に理解できない、という顔をしていた。

 俺はそろそろ無表情検定一級が取れると思う。


「さて、差し入れも済んだし、本当の用件・・・・・を言おうか」

「なんですか?」


 眉をひそめた聖女に、びしりと用件を突きつける。

 

「監視、交代だ。俺がやるからおまえは休め」

「その意義がわかりません。私がすべて受け持った方が効率的です」

「ぶっちゃけ寝てないだろおまえ」

「向こうの本体にくたいは寝てますが」

「そういう問題じゃねえんだよ。霊体だからって酷使していいわけないだろ。ここ現世だぞ。異世界並みのブラック労働していいわけないだろ」


 させてしまってたけどさ。俺もまだ異世界ボケしてたから。

 よく考えたら半分人間ではないとはいえ、同僚に仕事丸投げは倫理的に悪だった。


「まあ任せろ、俺は徹夜が得意だ」


 そう、言ったその時だ。

 後頭部にパコン!と衝撃を受ける。

 頭を押さえる。

 痛くはないが、屈辱的な感じがする。


 振り返ると、丸めたチラシを持った咲耶が苛立ちをあらわにして立っていた。

 

「そんなのを得意にするな馬鹿! だから血色ゾンビなのよあんたたちは!」

「……たち?」


 フィーはカウントされたのが納得いかないらしい。


「お、ようやく来たか」


 文化祭の準備が終わった後、一緒に帰ろうと約束をした。

 位置情報はバレているから『その辺で待っている』とだけ連絡したのだが。

 意外と便利だな、ストーカーされるのも。

 

「は〜〜、迎えにきてくれるのかなって期待したら、こんなところで油売ってるし。他の女と一緒だなんて」


 不機嫌をあらわに深々と溜息を吐く咲耶。

 魔女は聖女がめちゃくちゃ嫌いだ。

 この前も殺し合ったばかりだし、俺と違って聖女に恩も情もない上、俺のように和解を済ませたわけでもない。

 手は組んだとはいえ、仲良くというのは流石に無理があるか。


 仁王立ちの魔女は、ぎろりと聖女を見下ろす。


「いいこと、ネモフィリア。元同僚だかなんだか知らないけど、こいつは今! わたしの恋人なんだからね。わたしの!!」

「……? はい、委細承知しております」

「つまりこいつの隣はわたしのものなの。あんたたちがまた・・二人だけ・・で働くなんて許せないわ!」


 あ、これ嫉妬か? 嫉妬なのか?

 禍根とかじゃなく?


 ……そうだった、こいつ。

 めちゃくちゃ私情で世界を滅ぼすお仕事やってた奴だった。


 流石に論点ズレてるだろ、と。止めようとして。

 咲耶は俺たちに指を突きつける。


「だからわたしも・・・・混ぜなさい。あんたたちの仕事に」


 その指先には、血で作り出した小鳥の使い魔が止まっていた。

 どうやら、使い魔に監視をやらせるつもりらしい。


 ……そうだった、こいつ。

 めちゃくちゃ私情を挟んでるのに仕事は完璧にやってた奴だった。


 髪を払い、つっけんどんに言い放つ。


「勘違いしないでほしいのだけど! ネモフィリア、おまえと馴れ合うつもりはないわ。わたしはただ、対等な共闘関係を築くべきだと判断し、こちらの労力を提供すべきだと、私情を抜きにして判断しただけなのだから!」


 一息に言い切るのを俺は真顔で聞いて、なるほど、と理解する。

 こいつ、『恋人』の顔する時は素直になったが『魔女』の顔をする時は死ぬほど面倒なままだな。


 いまだ困惑するフィーの肩をぽん、と叩く。



「聖女、よく覚えとけ。あれが現世名物、ツンデレだ」



 フィーは脳内で検索をかけ、意味を理解し、こくりと頷いた。



「覚えました」


「覚えんでいい!」

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