第8話 恋人は似るもの。
魔女と勇者は聖女そっちのけで協議を始める。
「そうだ、咲耶。これからこいつに飯食わせていいか。ほっとくと草食う」
「あんたと同レベルじゃん」
「同じにすんな」
同じにしないでほしい、とフィリアは思った。
「ええ、いいわよ。話聞いてたし」
「いつからいたんだ?」
「? 魔法で盗聴してただけだけど」
「…………」
「安心して、他の女が寄ってきた時しか聞いてないわ」
「どこに安心する要素があった?」
「芽々や普通のクラスメイトは『他の女』に含まれないわ」
「ならいいや」
いいんだ……、とフィリアは思った。
魔女はこちらを一瞥して言う。
「それと。おまえ、どこで寝泊りするつもり? まさか公園で野宿とか言い出すつもりじゃないでしょうね、こいつみたいに」
「待て、あれは実家が更地になったショックで血迷っただけだ。ちゃんとアパート探したろ」
「当たり前でしょ」
「懐かしい、あの頃は現世の一般常識がすっぽ抜けてたな」
「懐かしがるな」
「安心しろ。今は常識があるので公園には住まない。山に秘密基地作って住む」
「埋めるわよ山に」
真似しちゃダメよ、と魔女はこちらを諭す。
「いいこと? 現世も安全じゃないのだからね。その辺をちょっと霊感強い人間がうろついてたりするんだから。うっかり除霊されて異世界に強制送還とか、洒落にならないわよ」
フィリアは自分が見える人間、瑠璃にすれ違ったことを思い出して頷いた。
「俺のアパートでどうだ。魔王捕らえるのに使ってたけど、今はもういないし。隣は都合がいいだろう」
「つまりおまえの面倒は見るし仕事もこっちである程度受け持つわ。協力体制ってそういうことだから」
二人の間で勝手に話が進んでいく。
フィリアは少し焦りながら、遮った。
「いえ、その。お構いなく」
「「はあ?」」
揃って首を捻る二人。
首を傾げたいのはこちらの方だ、とフィリアは思う。
「何故そこまで好条件を提示するのですか? 使命のため私が貴方がたの条件を飲むのはまだしも、お二人がそこまでこちらに譲歩する意図がわかりません」
二人は渋い顔をした。
「なんでって……そんなこともわからないのかよ。おまえが
「はあ〜……あの
あの、自分の身分を忘れて現世を謳歌している、恥知らずの魔王ですらわかっていること?
「
意味を説明する。
「いいか。よく考えろ。おまえの使命は魔王を倒すことだけじゃない。その先にあるだろ?」
その先──救われた世界を立て直すこと。
「それに比べりゃ魔王なんざ、所詮ただの後始末だ。そんなもん俺たちに投げちまえばいいんだよ。おまえには他にやるべきことがある」
「あのゴミクソ世紀末異世界、立て直すには現代知識チートでも使わなきゃ無理よ。今のうちに詰め込んでおきなさいな、その容量だけはある頭にね。わたしを負かしておいて『やっぱり人類は衰退しました』とか。逆ギレして滅ぼしに行くわよわたし」
だが、その答えを聞いてもなお。
「……なんで」
フィリアは戸惑う。
だって二人は異世界のことは嫌いなはずで、
なのに
わからなかった。
「どうして、そこまで、考えてくれるのですか……?」
憮然として、彼らは顔を見合わせる。
「だって」
「そりゃ」
「ねえ」
「「年下だから」」
声を揃えて、首を捻った。
「うん? なんか違う気がするな」
「でも他になくない……?」
いつの間にか彼と彼女の顔は勇者と魔女の顔から十代の少年少女の顔に戻っていた。
自分たちがどういう道理で物を言ったのか、実のところ腑に落ちていないらしい。
「まあいいか」
「まあいいわ」
「ばあちゃんが生きてたら『ガキを放り出すな』って殴られるし」
「ええ、拾わないなんて義母さまに申し訳が立たないわ」
ただそうすべきだと思ったその時、考えるよりも先に動くのが彼であり。
自らがそう在るべきとした形を、無意識になぞり続けるのが彼女の性だった。
「あ、心配なら無用だからね。貯金ならあるわ。おまえの面倒くらいは余裕で見れます」
「……そういやおまえ、金どっから?」
「言ったじゃない、マネーゲームで少々って」
「マネーゲーム……? あっ、賭博か!?」
「…………」
咲耶は顔を背けた。
「おいそれ合法か!? 十八でできるやつか!!?」
「守ってる! 守ってるから法律は!」
「それならいいが……いやよくねえな!? 絶対魔術でイカサマしてるだろおまえ!?」
「な、何よ異世界チートくらいちょっと犯ったっていいじゃない! 節度は守って最低限だし! 散々むこうで頑張ったんだもの、今更現世でお金に困るなんてばからしいわ!」
「ぐっ……でもイカサマは……悪だろ!」
「わかりました、大人になったら多めに納税して償いとします! カルマの帳尻は合わせるからいいでしょ!」
「合うのか帳尻それで!?」
「いいの! どーせ裁かれないんだし、罪の精算は自分が満足すればそこで終わりなの!」
飛鳥はハッと、何か核心に気付いたような顔をした。
「確かにそうかもしれない……。おまえ、さては人間が上手いな?」
「ふふん。あんたよりは上手い自信あるわ。人間じゃないけどね」
聖女は唖然とその様子を眺める。
人間の上手さで張り合うのは、半分人間ではない機械の身からしても「どうかと思います」だが。
二人の言い合いはなんだか、とても、人間くさい気がした。
(この二人……)
正反対の立場で、正反対の思想を掲げていた二人だ。
当然、正反対なのだと思っていた。
恋仲などと、理解はしても納得はできないと思っていた。
だけど、すとんと腑に落ちる。
だって、二人は。
(……似ています)
何故だろう?
そう考えて、すぐに思い至る。
──ああ、そっか。
だって、彼が失っていた人間性は彼女が与えたものだから、似ていて当然なのだ。
だから自分は、間には入れない。
後ろから背中を眺めていられれば十分、と思った、その時。
飛鳥がこちらを向いた。
「ま、なんだ。つまりそういうことで話は纏まった。おまえももう、異論はないだろ」
既に奴に
確かに魔女の作り出した小鳥は、部室の窓の方へと飛び立っている。
そして彼は左手を差し伸べた。
「帰るぞ。フィー」
ぱちり、と瞬きをして。
躊躇した。
いいのだろうか?
フィリアは袖からおずおずと手を伸ばした、その時だった。
「駄目よ」
隣からベシッ、と魔女がフィリアの手を叩いた。
「???」
「なんで今の流れで邪魔した?」
飛鳥と共に困惑する。
目を吊り上げて威嚇する咲耶曰く。
「
「ええ……大人げねえ……」
そのまま左は咲耶に奪われたものだから、仕方なし、と右手を差し出される。
今度は躊躇しなかった。
手袋越しにぎゅっと握りしめる。
「…………」
硬いけれど、温かいような気がした。
フィリアは手を握りながら、名前のわからない暖かな感情を胸に抱える。
見上げると彼は戯けて笑った。
「なるほど、これが両手に花ってやつか」
「あら、付き合いたて早々に浮気? 引っこ抜くわよ、腕」
「物騒かよ」
彼の隣では彼女が、むすりと不機嫌そうにぎゅっと腕を抱きしめている。
嫉妬の感情を向けられるのは穏やかではないはずなのに、彼は満更でもなさそうで。
「…………」
フィリアは手を握りながら、わけのわからない冷えた感情を胸に抱えた。
(はれんち……)
隣でいちゃいちゃされるのいたたまれないから、やっぱり自分は後ろでいいな、と思った。
後ろがいいな……。
手は離さないけれども。
しかし、しばらく歩いた先で。
「あっ、自転車忘れた。先帰っててくれ」
あっさり手を振り解かれた。
置いていかれた二人は手持ち無沙汰に、互いの目を見る。
「ねえ、フィー。あいつ……最低じゃない?」
「はい」
咲耶とフィーは仲良くなった。
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