第6話 魔王も聖女もかたなし。
部室に入ってきた魔法使いの姿は、寧々坂芽々と瓜二つ。
しかし並ぶとはっきりと見分けが付く。1.5卵生の双子とでも言おうか。
髪型、服装もさることながら、一番の違いは目の色だ。
赤みがかった金髪の下、ことさらに赤い蜥蜴の両眼。
その目が二人をはっきりと分けている。
そして同じ顔をした二人は、今──
「ま、待て待て待て待て。武器を向けるな。一旦落ち着こうじゃないか!」
「落ち着いてトドメ刺しますね〜。はいドーン」
「ギャーッ」
──部室でゲームをしていた。
最新のゲーム機を繋いだ古いテレビ画面の前で、双子のように仲良く並び、コントローラーを握る二人。
画面には対戦結果が表示されている。
「よっわ。ざっこ。ひーくんと同レベル。人の子にボロ負けして恥ずかしくないんですかぁ? ……え、大丈夫です? ごめんね芽々接待プレイとかできなくて。対戦ゲーやめましょうか芽々無双しちゃう。不興を買って呪われちゃう。というわけで、違うゲームやりましょ違うゲーム」
「煽りと気遣いを同時に繰り出すな人の子よ。遊戯の結果で呪うほど野蛮じゃないぜボクは」
「でもサァヤとひーくんはゲームの結果でリアルファイト始めますよ?」
「莫迦弟子どもと一緒にしないでくれ。愚かなり人の子よ……」
コントローラーを置き、芽々は隣を見る。
「えっ本当に遊びに来ただけ?」
「そうだと言ってるじゃないか、だから」
胡乱げに、アージスタをじっと見つめる。
「ジーさん、お暇なんですか?」
「不敬な呼び名だな」
「さん付けしてるじゃないですか」
「仮にも魔王だぜボクは」
「仮にもでいいんですか、ジスタさん」
「いいんだよ。魔王なんて本業にするもんじゃないぜ。勇者と同じくらい不名誉な称号だよ」
「あはぁ、じゃあボロクソ言ったろ。やーいジジイ」
「いや礼節は知れ人の子」
旧来の友人であるかのように会話を交わす。
画面にはずらりと芽々がダウンロードしてあるソフトの一覧が表示されている。
お小遣いが多い芽々は一昔前のものから流行りのゲームまで大体持っている。
「このゲームはなんだい?」
「美少女ゲームですね。恋愛シミュレーションってやつ」
「へえ、面白そうじゃないか。これにしようこれに」
「え、でも長いですよこういうの」
などと、ゲームのラインナップを説明していく。
その豊富な種類に、ウキウキワクワクとジスタは呟く。
「やっぱり地球は最高だぜ」
「
「ああ、ウチもなぁ……技術は届いてるんだけどなぁ……あらゆる娯楽の土壌が死んでるからなぁ……」
しみじみと感慨深げにコントローラーを握る魔王。
どうやら、遊びたかったのは嘘ではないらしい。
──夏のあの後、どうなったのか。
魔王と魔女の結んだ契約は、実質の休戦協定だ。
行うのは四回の死合いのみ。
監禁も拷問もなし。
現世にて悪事を為すこともなし。
悪事の基準は、法に触れないことだ。
『ごめんなさい、芽々の肖像権侵害は法に触れてる判定取れなかったわ』
『なんでぇ』
『0.5卵分くらい外見が違うから』
『どんぶり勘定じゃん大丈夫なんですかその契約ぅ!』
みたいなやりとりがあったりなかったりした。
契約は絶対でも履行に必要なのは腕力、という中世仕様だ。
仕方ないね。世紀末異世界では法とは即ち暴力だから。
ともかく、基本的には魔女側に絶対有利な契約だ。
細々とした取り決めは誰が読むんだというくらい長いネットサービスの利用規約くらいあるが、要は殴り勝てばいいだけなので、どうということはない。
──こうして、人畜有害の魔王は首輪付きで野放しにされているというわけだった。
しかし、だからと言って。
悪の大魔王が『ただ遊びに来る』なんてことがあるだろうか?
(なさそー……)
オカルト家系の芽々は仮にもファンタジーを舐めない。
ので。
切り込んでみる。
「ぶっちゃけ今度は何たくらんでるんです?」
「おいおい悪いやつが本音を話すと思っちゃいけないぜ。ボクが嘘を吐かないのは『契約』の時だけだ」
「まま、遊びの余興ですよ。まさか本気で教えてくれると思ってないし。あ、お紅茶注ぎますね」
「なんだ随分と気が効くじゃないか」
「バケモンは丁重におもてなししてお帰りいただくのが寧々坂流なので」
部室備え付けの冷蔵庫からペットボトルのアイスティーを取り出す。
グラスにドボドボと注いで、芽々はニコリと微笑んだ。
──そして、数分後。
「私はねえ! 魔王なんてやりたくなかったんだよ! 千年
──魔王はすっかり出来上がっていた。
芽々は魔女の言葉を思い出す。
『次に
『芽々、未成年なんですけど……』
竜はお酒に弱い、古事記にもそう書かれている。
マジで効くんだぁ……と思いながら、芽々は祖父の喫茶店から持ってきた酒入りアイスティーを見る。
魔王は酔っ払ったら口が回るタイプらしい。
芽々は録音ボタンをポチる。
(弱み握ってひーくんに横流ししたろ)
異世界ごとに巻き込まれるのは嫌だが。
(「巻き込んでください」って言ってますからね。芽々は)
自分の無力さは自覚しているが。
ま、このくらいの無謀はしてもいいだろう。
「クソックソッ人類め。戦争なんか始めやがって……あれさえなければ私は一生詩でも吟じて暮らしていけたんだ……!」
ぐでんぐでんに酔っ払っているジスタにスルメを献上しながら、芽々はクッキーを齧る。
「てゆかジスタさんも素の一人称、『私』なんですね。なんで?」
「一番初めに魔女を召喚した時、
「じゃあ後で一人称変えたんですか。キャラ付け?」
「そのようなものだね」
「芽々とおそろですね」
「芽々も本当は『私』なんですよ」
「何故だい?」
「キャラ付けは大事です。『自分はこういう人間だ』とわかりやすく提示しておくと、コミュニケーションコストが下がりますからね」
幼げな顔で淡々と答えたのち。
眼鏡の奥で、星を飛ばすようにぱちりとウインクをした。
「ほら、サブカルクソ女は一人称が名前と決まってるでしょ?」
「……いや、流石にボクもそこまでは知らないよ。現世のこと」
なんだよサブカルクソ女って。自称するものじゃないだろ人の子よ。
とでも言いたげな人外に、芽々はコントローラーを渡す。
「ままま、折角ですからやりたいって言ってた美少女ゲームやりましょう。ほら、これなら1ルートサックリ終わるんで」
「部活ものかい? いいね」
「ええ、
人がゲームをしているところを見るのは楽しい。
ましてや、人でなしのゲーム実況などもっと楽しいだろう。
向こうが遊びたがっているというなら、こちらも遠慮なく遊ばせてもらおう。
ゲームを起動させて、芽々はふと気付く。
(……あれ?)
日本語は一人称が複数ある言語だ。使い分けることは珍しくない。
でも。
一番初めに魔女を召喚したのは千年前のはずだ。
(千年前の日本の一人称って……「私」ではなくない?)
◇◇
夕暮れの校舎の塀の上に、銀髪の少女が佇んでいる。
聖女ネモフィリア。
常人の目には映らない霊体の少女は、塀の上から部室の様子を伺っていた。
魔王に対し、契約の首輪がついているとはいえ、野放しはありえない。
監視くらいは当然の仕事、とフィリアは認識している。
だから、当然。
泥酔した魔王の醜態も見ていた。
──あれが、恐ろしき竜の魔王?
女子高生の手玉にコロコロと転がされている千年の知恵者の姿に、愕然とする。
あれを倒すのが我々の崇高な使命で……崇高な、使命のはずで……。
(私の生まれた意味とは一体……?)
聖女にまた新たな感情が生まれようとした、その時だった。
「おまえ、何気に高いところ好きだよな」
足元を見下ろす。
「アスカ」
「ひさしぶりだな。探したぞ」
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