第14話 笹木慎と多分普通の友達。
「海行こうぜ、笹木」
笹木慎が飛鳥からその誘いを聞いたのは、まだ夏が来る前のことだった。
バイト終わりの喫茶店の休憩室で、夏休みの予定を話していた最中の発言。
笹木は目を瞬いて。
「え、なんで?」
すげない返事をした。
「……」
断られたと判断し、笑顔で一時停止する飛鳥。
「ああいや、そうじゃなくて」
人間には二種類いる。
夏に海に行く人種と行かない人種だ。
そして笹木は後者の山派だった。
ちなみに幼馴染は毎年南国に行ってしまうため、笹木は芽々と一緒に海に行ったことがない。
(海ってなんか……相当仲良くないと誘えない気がしない?)
これを後日文月に言うと、「わかる! 海とか、ジョックがサメに食べられるイメージしかなくて怖い……!」と綺麗な顔でサメ映画の話をしていた。
もしかしてあの人は結構変なのだろうか?
要は「海」とかいう山派の基準でめちゃくちゃ仲が良くないと誘えない場所にサラッと誘われてビビったわけなのだが。
「おれって、そんなに日南と仲良かったっけ?」
「友達じゃなかったのかよ……」
飛鳥は明らかにショックを受けていた。
確かに笹木は、日南飛鳥に対してかなり友好的な感情を抱いている。
自分を差し置いてめちゃくちゃ芽々と仲良くなっているのを見ても、まったく腹が立たないくらいには。
ぶっちゃけ学校で浮きまくっていた時期からずっと格好いいと思っている。
浮いているのに意に介さず飄々としていたところとか。
あとよく見るとちょっと顔が格好いい。
それを文月に言うと「やっぱり!? わたしの幻覚とかじゃなくて!!?」と血迷っていた。
人はそんなに簡単に幻覚を見ない。あの人は変。
しかし彼が人を寄せ付けない年上の同級生であったのは最初の一ヶ月ほどだけで、
意外と付き合いもいいし馬鹿もやる。
『スカしてるのがちょっとムカつく』という評価こそポツポツあるが、馴染めば当たり障りない同級生だ。
『昔の先輩はあんな感じですよ』と芽々は言うので、多分そうなんだろう。
でも非日常の住人が普段は普通の高校生面してるのも、それはそれで格好いいよね。
けれどそれは一方的な好意だ。
そしてその好意の内訳が、趣味の悪い好奇心であることを笹木は自覚していた。
──果たして自分は、そもそも友人なのだろうか?
「純粋に疑問なんだよ。浮きまくっていた頃はともかく、日南が今、おれと親しくする理由は特にないだろ。
日南は、何か苦いものを食ったような顔をして。
「おまえも何か拗らせてる?」と呟く。
「俺は、笹木のことカッコいいと思ってるけどな」
そのままさらりと、耳を疑う返答をした。
「はぁ?」
「ほら、この前。芽々が俺に襲われると勘違いして、おまえが窓から乗り込んできた時のこと」
キス未遂の騒動があって、その原因が芽々の下世話だと判明し、飛鳥がキレた時のことだと思い至る。
「あの時窓から部屋は見えていたから、敵が俺だってわかっていたはずだ。その上で笹木は殴り込みにきた。正直言って、
たかが普通の高校生が、多少武道を齧ったところで異世界帰りに勝てるわけがない。
「わかってなかったわけじゃないだろ。わかってた上で、助けに来た。もし俺が同じ立場だったら正面から助けにはいけなかっただろう」
「俺は勝てる戦しかできないからな」とうそぶく飛鳥に、「それはないだろ」と返す。
「そう? 俺は肝心な時に足が竦む奴だよ」
本気で言っているのかどうかわからなかった。
異世界の話と矛盾してるだろ、と内心で突っ込んで。
「いいよ、行こう。海でもどこでも」
どうせ今年の夏も暇だ。
──飛鳥が病院に叩き込まれたのはその一週間後のことだった。
幼馴染の芽々は、どうやら初めから事情を知っていたらしい。
その事情を笹木はまったく知らない。
まあ、それは、いいとして。
──さらに一ヶ月後の、夏休み真っ只中。
「海中止!? また厄ネタ異世界のせいですかこのクソ現実!!」
海に行く約束の前日に入った連絡。
それもまあ、いいとして。
「芽々、手伝いに行ってきます!」
と、深刻な顔で家を飛び出していった芽々を見送り。
「……は?」
笹木はキレた。
◇
(おれだけ蚊帳の外かよ!!)
翌日、キレた笹木は木刀をぶん回していた。
部活帰りだった。虫の居所がおさまらなかったため、一人で部活の延長戦をやろうとして、学校裏手の神社に来ていた。
昼間でも薄暗く、人が寄り付かず、
誰にも見られず没頭するには丁度いい。
道場に残って、邪念に基づくヤケを誰かに熱心さと解釈されるよりは。
うだる熱の充満する、山中の神社で。
頭が割れそうなほどうるさい蝉の声を聞きながら。
笹木は馬鹿みたいに木刀を振るっていた。
別に強くなりたいわけではない。人と戦うような武道ではないから、強くなる実感も特にない。
たがこれが、冷静になるには丁度いい行いだということを笹木は知っていた。
(……いや、蚊帳の外でいいんだ。向こうの事情に踏み込む気はない。なかった、けど)
それは自分を置いて知らない世界に行く幼馴染への焦りで、肝心なことは何も言わない友達へのわだかまりで、その程度のことで苛立っている自分自身への嫌悪だ。
「格好わる……」
腕を下ろした。
我に帰ると木刀も重いし道着も汗で重い。
馬鹿を馬鹿真面目にやるには、笹木は少し冷笑的過ぎた。
帰ろうと、神社の境内を出て、階段を降り始めたところで。
「あ」
「……日南?」
まさか、通りがかった当の飛鳥とばったり出くわすことになるとは。
立ち止まって、そのままぎょっとする。
ジャージの袖の中身がないことに気付いたからだ。
数秒、硬直したまま。
ガン見して。
なるほどそれは海も中止になるなと納得し、だらだらと冷や汗を流して目を逸らした飛鳥を見て。
笹木は、冷静に考えることをやめた。
「言えよバカ野郎!!」
友達じゃなかったのかよ!!
「い、言ったら引くだろ普通のやつは!」
「そんなの、おれは最初からずっと引いてるよ!!」
「え。ごめんね」
真面目な話をしようにもTシャツがてんぷらなのが腹立ってくる。
くそっどこで買ったんだおれもちょっと欲しい。
「……ちなみに、俺のどの辺に引いてる?」
今それ気にすること?
「人目はばからず文さんとイチャついたり、水着見たさに海に誘うところかな」
「人目はばかってるし水着見たさじゃねえわ」
「じゃあ見たくないのかよ!」
「超見たいけど!?」
「見たいんだ……」
飛鳥は「口が滑った」と沈痛な面持ちをした。掃除したての廊下ぐらいに滑っている。
「そういや文さんは『飛鳥の浴衣が見たい』って言ってたよ」
「なんでおまえが知ってんだよ」
文月から聞いたからである。
この手の話は、本来ならば女友達である芽々にいうものだろう。しかし恋愛感情がわからない芽々は、相談の相手には向いていても純粋な惚気の相手には向かない。人が恋愛で右往左往していると面白がる愉快犯だし、すぐ品性のない方向に持っていこうとするし。(最近は食傷気味でやつれてきたが、自業自得だ)
その点、片想い歴十年の笹木は性差こそあれど割といい感じに文月の話を聞けてしまえた。
「ねえ笹木君聞いてくれる? 最近飛鳥のことが眩しくて。主に毛艶が」
「うん。犬かな?」
(※栄養状態の改善の惚気)
といった具合に。
人の話を聞くのが上手いのが笹木のささやかな長所だった。
そんなことより異世界の話を聞きたいな、と笹木はずっと思っていた。
──だから、異世界事情に引いたりはしない。
今まで、他人事として面白がって聞いていたそれを。
たとえその厄さを目の当たりにして嫌な汗が出ていようが、掌を返したりするものか。
僅かな間があり、その間に飛鳥は粗方を察したらしい。
「そうだよな。悪い、説明するのが義理だった」
拍子抜けするほどあっさりと、わだかまりは消える。
「また、終わった後で話すよ」
物事がすべて片付いた後の話を他人事として聞くのは面白い。
それを笹木が好むことを見抜いていての返答だった。
こちらが下世話な好奇心で近付いていたことなんて、あいつは初めからわかっている。
だが。
「
聞きたいのはそんな話ではないのだ、もう。
何か用があるのだろう、階段を上がってそのまま神社に向かおうとする飛鳥を引き止める。
「おれ、
「あー…………」
上の段から、振り返る。
顔は苦笑いで、けれど喜色が隠せていない。
「来る?」
階段を一段飛ばしで追いかける。
「どこでも付き合うよ、
「ついでに明日のバイト代わってくれ」
「それはもっと早く言えもっと」
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