第15話 幽霊は普通に怖い。


 神社の境内を進む。

 日暮れ前の山中、湿った空気がいやにまとわりつく。

 ただでさえ夕方の神社に訪れるものではない。

 霊が出ると妙な噂がある神社など尚更だ。


 とはいえ笹木は芽々の幼馴染。オカルト研究部に数合わせとして入れられていることもあり、その程度でビビることはない。

 ──というか神社に霊って……祓われない?

 眉唾物の噂である。


 部活帰りなので木刀ぶきはあるが、どちらにせよ役に立たないだろうな、と思いながら飛鳥の後をついていく。


「その〝聖女〟って人? を、探してるのは理解したけど」


 ざっくばらんに事情説明これまでのあらすじ──アンドロイド聖女に聖剣パクられた件──は聞いたのだが。


「今から何すんの?」


 飛鳥は大真面目な顔で答える。


肝試しだ・・・・


「なんでさ」




 ◇◇




 飛鳥は神社の裏手の方へ、「立ち入り禁止」の立札を無視して進む。

 基本的には厳格だが、いざという時に規則を破ることには躊躇がなくなってしまった。

 後ろをついて来る笹木が少し立札の方を気にしたのを見て、飛鳥は自分の失った正しさに哀愁を馳せる。

 それはともかく、笹木の疑問への返答である。


「端的にいうと、聖女の正体は『幽霊』だからだ」


「さっきアンドロイドって言ってなかった?」

「それは一旦忘れて」


 異世界事情ややこしいよな、なんなら俺もよくわからん。と思いながら「話が長くなるが」と前置く。

 内容は魔女咲耶の受け売りだ。


「まず、原則として異世界人は現世に来られないわけだが……」

「来てんじゃん。二体ふたりも」

「例外中の例外が連続で来てんだよ」


 原則がなかったら地球はとっくに異世界に侵略されていてもおかしくはない。

 あいつらはそのくらいやりそうだ。


「例外をやるにも特別な条件が要るんだ。たとえば転移のための触媒、適切な日時がそうだな」


 魔王が現世こちらに来たときは芽々が触媒になっていた。

 加えて、魔女の力が一番強くなる満月の日まで待つ必要があった。


 なお、魔王が来ていて芽々が巻き込まれたことまでは話したが、「芽々がアレコレやってたことはマコには秘密にしといてください」と言われていたので詳しくは伏せたままだ。


(魔法少女やってたのはバレると恥ずかしいんだろうな……)


 笹木に言いたくないのもわかる。勇者やるのも恥ずかしいので。



 話を戻そう。


「じゃあ、聖女アイツはどうやって現世こちらにやって来たかってことなんだが。必要条件の触媒は『聖剣』で、日時は『盆』だ」


「?」


「自分を『霊』と定義して、現世を此岸このよ、異世界を彼岸あのよと書き換える。『幽霊ならばこの時期は現世にやってこれる』って風習ルール奇跡まほうでねじ曲げているわけだ」


「??」


「ただし、強引な奇跡まほうを起こしたせいで制約がついた」


 盆の文脈を利用してこちらに来ている以上、帰りも同様。

 聖剣回収して即帰還、というわけにはいかず最終日あしたまで現世に留まらざるを得ない、ということがひとつ。

 もうひとつは。


「アイツは幽霊として、墓場や〝その手の噂がある場所〟にしか出現できない」


 魔王も同じように最初は霊体での降臨だった。そのままでは自由には動けず、実体の無い存在では人を殺せない。

 だから魔王はあの時、わざわざ命ひとつ分を賭け金にしてまで受肉の魔術を使ったわけだが。

 そんな芸当ができるのは魔王ひいては魔女くらいだ。

 人類側である聖女は、『幽霊』のままでいるしかない。



「──というわけで、今から肝試しをする。ご理解いただけただろうか」


「いや、あんまりわからなかったけど」

 笹木は首を捻る。


「そもそもなんで異世界人が日本の風習知ってんの?」


 飛鳥は痛恨の表情をした。


「……俺が昔、話した……」

「ああ、ラノベでも転生者が現地でよく日本の話するよね。そんな感じ?」

「……まあ、うん、まあ……」


 そんな大層な話ではないのだが。

 腐っても二年、共にいた同僚だ。

 初期の頃はまだ自我もあったため、聖女に身の上話のひとつやふたつ、いや百ぐらいはした。

 ──家族のことも、墓参りをすることも。


(まさかそれを、利用されるとは思ってなかったけどな)


 聖女は盆の初日、霊体で、墓場に現れた。

 その時期、飛鳥が必ず・・その場所に・・・・・現れる・・・ことを知っていて。


 まあ、恨み言を言う筋合いは自分にはないだろう。

 好意で・・・話した・・・わけでは・・・・ないの・・・だから・・・








 そのまま神社の裏手の方に回り、細い、山道を見つけたところで飛鳥は足を止める。

 懐から紙を取り出す。

 オカ研寧々坂芽々提供のそれは、坂白市このまちの心霊スポットリストだ。


 それによると、この道の奥に、今は誰も参拝しなくなった古い祠があるという。

 それが曰くつきの場所だというが、噂の真偽はどうでもいい。

 大事なのは、そこに聖女ゆうれいが逗留するに足る文脈うわさがあるということだ。


 ちなみに、候補地がこの町に限定される理由はある。

 これは少し前に魔王に問い詰めたのだ。

「そもそも顔見知りが勇者と魔女で異世界に召喚されるのはどういう確率なんだよ」と。


 魔王は『座標の都合だね』とあっさり答えた。


『この町だけなんだよ、ボクらの異世界と繋がったのは』


 地元が普通に生きてたらランダムで異世界召喚される町だった。


『だからボクもキミもこの町でならそこそこ異世界の力が使えるけど、町の外に出たらからっきしだ』


 ちょっと遠出しただけで咲耶が魔眼を使えなくなっていたことを思い出す。おそらく聖剣も同じだ。わかってはいたが、チートで無双のセカンドライフなどはない。


『まあ、町の外に出ても魔女の体質は変わらないけどね。ハハハ!』


 アイツいつか百遍殺す。

 飛鳥を芽々に貰ったリスト見ながら深々と溜息を吐いた。


「本当なんなんだよこの町……伝奇かよ……やたら心霊スポットあるしさぁ……最悪だ……」


 いかにも肝が縮んだ声の愚痴に、笹木は疑念を口にする。


「もしかして、飛鳥。本気で・・・ビビってる・・・・・・?」


「…………」

「えっダサい」


 率直で傷付く。


「いや墓とかはいいんだ。盆の墓に出る霊はちゃんと供養されてる正規の手順を踏んで出てる幽霊だ。地獄の釜の蓋が開いた後ちゃんとビザ取って現世に来てるってわけだ。でも謎の心霊スポットに出るタイプの霊は違うだろ。悪霊じゃん。つまり正規の手続きを踏んでいない。いわば現世への密入国不法滞在だ。故に──めちゃくちゃ恐い」


「ごめん、ちっともわからない。一ミリも共感できない」

「俺は肝試しでは先陣を切り、そして全員を置いて逃げるタイプだ」


「なんでそれで勇者できたんだよ……」

「感情失くせばいける」

「厨二病じゃん。……え、ほんとに?」


「はは。冗談に決まってるだろ?」


 冗談に聞こえなかったよ、と笹木は愚痴った。

 実は冗談じゃないからな、とは言わなかった。





 ◇





 などと無駄話をしている内に、日暮れの山道の先。

 朽ちた鳥居の前に辿り着く。


 それを潜る前に足を止め、飛鳥はその奥の何か・・を見ていた。


「当たり?」

「ああ」


 笹木には何も見えないし何も感じない。

 そういや芽々に「マコは霊感がからっきしですね」と言われたことがあった。

 昔からオカルトが好きだった芽々は、もしかして幽霊なんてものも見えているのかもしれない。


(見てる世界が違う、か……)



 同じことを思ったのはいつだったろう。

 病院からの帰り道、芽々の漏らした憂鬱の正体を問いただせなかったあの時か。

 あの時の芽々と今の飛鳥はよく似ている、ような気がした。

 雰囲気が。あの、遠い目が。


(問いただしたところで、見えるわけじゃないんだよな)


 この辺りが引き際だ。

 この先には踏み越えられない境界線がある。


 向こう側へ行こうとする飛鳥を見送ろうとして、彼ははたと振り返る。


「そうだ。笹木、来週開いてるか」


 質問の意図を聞く。


「いや、海の予定潰してしまったからな。普段の礼に笹木と芽々の仲を取り持とうと思ってたのに……」

「そんなこと考えてたのかよ。ありがたいけどちょっと前までフラれて泣きついていたやつに言われるのはむかつくし、この流れでいう話?」

「大事だろ?」


 大真面目に飛鳥は言う。

 自分の腕を取り戻すこととその後に遊びの予定を入れることを、本気で、同列だと思っているかのようだった。


「言っておくが、俺はいい感じの日常を回すことしか考えてない。そのために必要な全部を仕方なくやってるだけだ」


 同列じゃなかった。

 こいつ、遊びの方が大事だと思っていやがる。


「めちゃくちゃバイトして金貯めて予定入れたのに、こんなくだらないことで邪魔されるとか、ないだろ!」


 くだらなくはないだろ。異世界も腕も。価値観どうなってんの?

 笹木はあきれた。


「飛鳥ってさあ……思ってたより普通だよね!」

「…………!」

「いや、嬉しそうな顔したところ悪いけど褒めてはない。変なところで普通って意味。自分が普通の高校生みたいなこと言うとすっげえ変って自覚した方がいいよ」

「…………」


 飛鳥は絶句した。

「バカだな」と思う。


 ──まったく予定が開いてるか、なんて聞かれても。

 返答は決まっているじゃないか。


「……開けとくよ。ずっと暇してる」


 笹木は木刀を投げて寄越す。

 危なげなくそれを受け取ったのを、見て。

 何も気負わない悪どい笑みを浮かべたのを、見た。


「──ああ、さっさと終わらせてくる」


 見送る背中はすぐに見えなくなった。

 それを名残惜しむようなこともせず、身軽になってそのまま帰る。

 木刀はもしかして返ってこないかもしれない、と思った。

 そのくらいはいいか。別にいい。





 ──笹木慎には多分普通の友達がいる。

 とりたてて親しいわけではなく、けれどその仲を疑う余地もない。

 非日常に半身を突っ込んであるそいつのことを初めの頃、格好いいと思い込んでいたのは今覚えば錯覚で、何せ本当に格好いいところなどあったとしても、日常にのみ生きる笹木の目に映ることはないのだ。

 どこにでもいる、少しだけ変なやつにすぎない。



(……ま、でも。飛鳥の、全部を『普通』にしてしまうところとか)


「おれは格好いいと思ってるけどね」


 言ってやらないけど。あいつには。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る