第25話 幼馴染は窓からやってくる。

「痛っっで!!?」

「っぅ〜〜!」


 全力の頭突きに二人して畳で悶絶する。


 今、絶対割れた! 

 脳味噌真っ二つに割れただろ!


「おまえ、いきなり何を……!」


 っていうかこの威力、咲耶の方は額割れてるんじゃないか!? 大丈夫かよ……。

 チカチカする視界の中で、隣を伺う。


「あ、あああ、あ……」

 

 咲耶は酸欠の真っ赤な金魚みたいな顔で、額そっちのけに両頬を押さえていた。


「わ、わた、わたし、なんてことを……っ」


 その様子に、ようやく冷静になる。

 よく考えてみれば──さっきの自分は、最低だったのでは?


「悪い、その、さっきのは!」

「違うのっ!!」


 謝罪を振り切って、咲耶は立ち上がる。



「……ごめんなさい、近付かないで!!」



 そう叫んで、彼女はそのまま窓から逃げ帰った。






「…………」


 流石に追えない。

 俺は保冷剤を取りに行って、そのまま冷凍庫に頭を突っ込んだ。

 頭がよく冷える。 


 ──冷静に考えて、付き合ってもいないのに接吻なんぞ許されるわけがないだろうに。




「……切腹するか」





 ◇





 翌朝、咲耶は俺の部屋に来なかった。

 学校でも一言も口を効いていない。

 呼び止めても逃げられるので、詫びすらも入れられない現状である。


 放課後、学校の近くに通ってる川──現世こっちに帰って来た時に俺たちが落下した場所だ──そこで、ひと用事を終えた後。

 橋の欄干に肘を預け、真下、俺は川のせせらぎをガン見していた。


 その時だ。


「ばぁん!」


 振り返る。

 丁度、橋を通りかかった下校中の芽々が手を銃の形にして、俺を撃ち抜いていた。


「ハッ……死んだフリもしないとは、さてはひーくん元気ないですね!?」

「いや、元々しないけど」

「そうでした。今のひーくん塩対応だからな〜」


 俺は演技派じゃないからな。

 咲耶はあれで意外とノリがいいから、こふっと血糊(本物)を吐いてくれるかもしれない。……いや、しないか?


「で、こんなところで何してたんです?」

「入水を検討していた」

「文豪??」


 芽々は「えぇ〜?」と呻きながら、片足立ちで身体ごとコトンと首を傾げる。


「ちなみに何が……」

「フラれた」

「あーはいはい。またか。もういいです」

「……クソ!」


 前回の話は芽々にもしていたのだ、裏で。

 やれやれ、と手を上げる。


「しょーがないですね。芽々が仲直りのセッティングしてあげますっ」

「ありがたいけど……なんで?」

「人の恋路に首を突っ込むのが趣味って言ったでしょ。……それに、お二人には負い目もありますしね」


 負い目? それはむしろこっちの話じゃないだろうか。


「てゆか。この前もフラれた時に『それとなく探りを入れといて』って買収おねがいしてきたくせに、なに水臭いこと言ってるんです?」


 前回。俺が喫茶店で文月母から襲撃を食らう直前のことだ。

 芽々が咲耶を家に呼ぶというから『なんかいい感じに俺のこと聞いておいてくれ』と頼んだのだ。

(対価として少々異世界話を求められたが、本当にどうでもいい話しかしていない)


 そうして『あれ、脈しかないでしょ。押せばいけるって!』とお墨付きを貰ってから、屋上での事に及んだわけだった。

 なんだかんだと芽々はいいやつである。

 

「姑息なんだよな〜、ひーくん先輩は。裏で手回しするタイプと言うかぁ……」

「んだよ。外堀埋めるのは大事だろうが」


 こっちは無傷で完勝できる戦しかしたくないんだよ……。


 芽々はにんまりと笑って、手を口元に当てる。


「やーい姑息!」

「うっ」

「へったれー!」

「ぐっ」

「ひーくんのひは卑怯者のひー!」

「うぐっ」


 ぐうの音しか出ない。


「まぁまぁ。いつまでも黄昏れてんじゃねーですよっ、!」

「やめろ。誰が贅沢な名だ」


 と、そのまま芽々はスマホを取り出しタプタプとメッセージを打つ。

 そしてしばらく。


「ほい、セッティング完了です。サァヤ今日、用が終わったらウチ来ますってさ」

「早い」

「感謝感激雨あられましたー?」

「ああ、礼をしなきゃだな」


「なら、時間までちょっと芽々を手伝ってくださいなっ」

「いいけど、何の?」


 芽々はにっこりとこちらを見上げる。





「ひーくん、家庭科得意系?」





 ◇





「いや、これ『家庭科得意』とかそういう次元じゃないだろ」



 招かれた芽々の部屋には、服屋にあるようなトルソーが置かれていた。

 作りかけの服がそこにある。


 芽々の言う「手伝い」とは、裁縫これだった。

「芽々、コスプレやってるんですよ」とのことで、そのための衣装をちまちまと作っているらしい。

 渡された完成図を見ると、ひらっひらの普段着には向かない服が描かれていた。

 ……服を自作ってやべえな。


「俺、せいぜいボタンを付けれるくらいなんだけど?」

「じゅーぶん! ……サァヤに頼んだら指を血だらけにしましたから」


 ああ、目に浮かぶようだ。


『もうすぐ夏ですからね!』とのことで、なんかそういうイベントあったなぁと思い出す。

 あれ……夏って、夏休みのことじゃないのか? 早くない?


「ちな、武器もあるんですよ!」


 と、芽々は戸棚からメルヘンなデザインのマスケット銃を取り出し「じゃきーん」と構える。


「へえ、すごいな。本物みたいだ」

「でしょー。ここの装飾とかがんばったんです」


 家庭科じゃなくて図画工作だな。

 マスケットを構えたまま、芽々は言う。


「そいや、あっちの世界って竜ばっかなんでしたっけ?」

「ああ、うん」


 話したからね。


「飛んでるやつ相手に剣で戦うとかまじつらそうですよねー」

「言われてみればおかしいよなぁ」


 竹槍で爆撃機を落とせってことかよ。


「やっぱ飛行ユニットには狙撃武器じゃないですか? ばーんって!」


 芽々は窓の方にじゃきんと銃口を向ける。

 ちなみに、窓から見える向かいの一軒家は笹木の家だ。

 ……そういやあの世界、銃はあったな。何故か使わせてくれなかったけど。


「浪漫だよな。俺も指にマシンガン仕込んでもらえばよかった」

「あは、渋いですね!」




 

 器用にミシンをカタカタ言わせる芽々の対面で、簡単な作業を振ってもらう。


「ところで、これなんの衣装?」

「魔法少女、です!」


 ああ、なんか変身するやつ。

 こういう衣装って、買うものだと思っていたのだが。


「……作るって、めちゃくちゃ時間かかるんじゃないか?」

「そですね、大体──」


 芽々に完成にかかる時間を聞いて、唖然とする。

 ……時給に計算するとやばい額になる。


「どうしてそこまでしてやってんだ?」


「んー、理由はひとそれぞれでしょうけど」と前置いて芽々は言う。


「芽々の場合は、『なりたい』からですね。変身願望的な?」


 まあ、なんとなくわかる。

 俺も子供の頃は変身ベルトとか買ってもらってた気がするし。

 だがしっくりこない。『魔法少女』というのが似合わない気がした。



「てっきりおまえは、魔女になりたいのかと思ってたよ」



 芽々は眉を潜める。


「どしてそう思ったんです?」

「『憧れている』って言ってただろ。それってつまり『なりたい』ってことじゃないのか?」

「……それ、サァヤにした話なんですけど?」

「情報共有はするだろ普通に」


 それに、芽々は最初に俺たちのこと『異世界の魔女サマ方』と呼んだ。咲耶の方を立てている上、敬称付きだ。

 芽々の興味にとっちゃ俺はおまけなんだろう。


「んー、なんていうか。確かに芽々が憧れているのは『魔女』ですけど、なるなら『魔法少女』がいいんですよね。魔女っ子寄りっていうか」

「ふうん。なんで?」


 芽々は人差し指を顎に当てて、ニコリと微笑む。


「知ってますか、先輩・・




「──魔法少女には、夢も、希望も、あるんですよっ」




「なんちゃって」

「……それなんのネタ?」

「ひーくんグロ鬱得意系?」

「全然駄目」

「やめとくかぁ……」

「なんでだよ」


「ま、あれです。要は、芽々は逆張りよりも王道、悪役ヴィランより正義ヒロインの方が好きなタイプってことです」

「意外だよな」

「芽々をなんだと思ってるんです?」

「捻くれ者」

「否定はしませんけどっ」


「捻くれも一周回ると素直になるんですよぅ……」らしい。よくわからん。




 無駄話をしながら手伝いも進めるうち、そろそろ時間が近付いてくる。

 作業もひと段落、ミシンやら何やらを片付けながら芽々は俺に聞く。


「で、結局サァヤと何で喧嘩したんです?」


 相談した手前、明かさないのは不義理だ。渋々と自白する。

 喧嘩っていうか、過失なのだが。



「……押し倒して、キスしようとして、頭突きされて、逃げられた」



 戸棚をパタンと閉じて振り返った芽々は、ニチャッとろくでもない笑みを浮かべていた。


「え、まじ? 昨日あの後、そんなことになってたんですか? くふふウケるんですけど」

「ウケるなよ」


 ……って、『あの後?』

 まさか。


「なあ芽々、おまえ昨日……咲耶になんか吹き込んだ?」


 真顔、神妙に頷く芽々。



「おっぱいは万病に効くっつった」



「……寧々坂ァ!!!!」


 詰め寄る。


「おまえ、おまえか! おまえのせいか!!」

「なんで!? 真理でしょ!?」

「うるせぇ俺は硬派なんだよ!!」

「自分で言うのは軟派じゃん!!」


 確かにな!!


「ていうか何芽々に逆ギレしてるんですか? 自分のやったことには責任を持てなんですけど〜!?」

「ムカついた。絶対に正座させてやる。死ぬほど足痺れさせてやる」

「ぎゃーっ芽々は後輩ですよ!? パワハラ! てか姑息!!」

「うるせぇもう同輩だろうが!! 平等だ! そこに直れ!!」

「いやー! けだものー! たすけてぇーー!!」


 ふざけながら悲鳴を上げる芽々を確保しようと追い詰めた、その時。


 バァン!!! 

 と勢いよく、芽々の部屋の窓が開いた。


 振り返る。

 窓からぬるりと入ってきたのは、笹木だった。

 ……そういや、こいつら窓から入ってくるタイプの幼馴染だったな。


 部活から帰ってきたばかりらしい笹木は何故か、その手に木刀を持っている。

 合気道の部活で使うやつ、なのだが。



「さ、笹木?」

「……芽々の悲鳴が、聞こえたんだけどさ」


 笹木は首を回してこちらを見る。



「──日南。何、してんの?」



 普段人畜無害な顔が、般若になっていた。

 



「違う! 誤解だ!!」


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