第20話 今更間接キスとか。

 さて、デートもまだ前半戦である。

 ……いや、デートに〝戦〟って付くのはやっぱおかしいだろ。

 なんだと思ってんだよデートをよ。



 あれから、雑貨屋で揃いのマグカップを調達したり。


「わたしの家にあなたのマグがないのは不便よね。これとか対になっていて素敵じゃない? ……いやっ、デザインが気に入っただけなんだからね!?」


 ゲームセンターで取れる景品の数を競い合ったり。


「数ではわたしの勝ちね! って、あー! 飛鳥がわたしの狙ってたのを取ってる! ……くれるの? あ、ありがと……えっ、これわたしの負けってこと!?」



 と、時間も忘れて遊びほうけているうちに、いつの間にか昼飯時をゆうに過ぎていた。

 飯を食い損ねるなどあるまじき失態だ。人間として減点。



「昼、どうしようか。この時間ならどこでも空いてそうだな」

「ね、飛鳥。わたし食べたいものがあるのだけど……」

「言ってみ?」


 咲耶は妙に歯切れ悪く答える。


「……ハンバーガー。あの、沢山重なってて大きなやつ」


 ああ、アメリカンな。


「おまえほんとジャンクなの好きだよね」

「ち、ちがうの。食べたことないの……!」

「……なんで赤くなってんの?」

「だって『ハンバーガー食べてみたい』なんて、世間知らずみたいで恥ずかしいじゃない!」


 そんな今更お嬢様みたいなこと言われてもな。ちょっと笑える。


「ラーメンは恥ずかしがらないくせになぁ」

「それはあるもの。十二歳まで、ラーメンって誕生日だけの特別な食べ物だったのよね。だから好き」

「…………」


 ちょっと笑えん。

 庶民舌の正体これかよ。

 美味いもん食わせてやりてぇな……。


「いいよ行こう。俺も丁度、芋が食いたかった」




 ◇



 モールを出て、適当に検索して見つけた店に迷いながら辿り着く。

 異世界ボケのせいかお互い少し方向音痴気味である。 

 途中、真逆の道に進んでしまったことに気付いて「ばかじゃん!!」「バカだな!!」と爆笑するロスタイムがあったりしたが、それもまた良しだ。



 暗めの店内にネオンの照明が光る隠れ家的なダイナーにようやく入り、ボックス席にて。

 注文が届いたその後のことだ。


 俺と向かい合って座った咲耶の目の前。

 テーブルの上、金属のプレート皿には。


 ──さっきまでハンバーガーだったものが辺り一面に散らばっていた。


 食べる前に『刺さったピックを抜く』なんて初歩的なミスをやらかしたせいだ。

 パンズの間から雪崩のようにトマトやらアボカドやらがまろび出て、見るも無残な有様である。

 ……本当に、ちょっと前までは美味しそうなバーガーだったんだよ。


 光の消えた目で咲耶は首を横に振る。


「……わたし、お嬢様だからジャンクなお料理は上手く食べられないの」


 無理だよ。今更、猫被っても。


「ごめんな、食べ方教えれば良かったな」


 まさか、俺が飯の写真を撮ってる隙にこうなるとは思わなかったよ……。


 とりあえずスマホのカメラを起動したまま、茫然としている咲耶をパシャリ。


「なんで今撮った?」

「そりゃもちろん。あとで見返して笑うためだ」

「は?」

「俺だって人の失敗を目の前で笑わない良識くらいはある。だから、後で写真を見返してこっそり笑う」

「言ってる時点でこっそりじゃないし余計に性格悪いからね!?」


 じっとりと上目で俺を睨む。


「……あなたって時々。すっごく、意地悪よね?」

「ははは」

「否定しなさいよ!!」


 いや、だって咲耶が困ってるとウケるし。

 好きな女の子の困り顔ってかわいくない? 

 他所では澄まし顔ばかりしている彼女が、俺にだけ百面相をしてくれるのだから。

 つい弄りたくもなる。

 

 まあ、からかうのもその辺にして。

「とりあえず、ナイフとフォーク貰ってくるな?」と俺は立ち上がる。


「あ、ありがと。優しい……あれ、わたし騙されてない?」

「いやー、俺優しいなー、すっげえ優しー」

「やっぱり騙されてるっ!?」


 咲耶はちょっとアホだと思う。

 心配だから俺以外には騙されないでほしい。





「美味しいけど……思ってたのと違うわ……」


 咲耶は貰ってきたカトラリーで、ハンバーガーを小さく解体して口に運ぶ。 

 バーガーひとつまともに食べられないくせに、食器の使い方は上手いのだから、咲耶は人生経験が偏っていると思う。

 記憶喪失気味の俺に言われるんだから相当だ。


 仕方がないので、俺は口をつける前のハンバーガーを回し、向かいの咲耶に突き出す。


「ん」

「?」

「ひと口やるよ」


 咲耶は目を泳がせる。



「それってその、間接キス……じゃない?」



 その気後れの理由は、半分は恥じらいなのだろうが。

 もう半分はそうじゃないことを知っている。

 屋上で弁当を交換した時にも話したことだ。


 ぼそぼそと小声で咲耶は言う。 


魔女わたしの体液って、魔法の触媒だし……交換すると、あなたの呪術抵抗を下げちゃうし……いざって時に、わたしに呪われるかもしれないわ……」


 うーん。何度聞いても魔女、やばい。


「でも唾液くらいは正直、『気分的な問題』だろ?」

「まあ、血ほどの効果はないけど。……血液そっち異世界むこうのモノには毒だし」

「あれ、現世こっちの生き物には効かないんだ?」

「ええ、蚊で実験したわ。病院の血液検査でも正常なの。不思議」


「ま、もちろん呪いには使えるんですけども」と言うが。

 異世界の魔女も現世では大したことはないようだ。

 ……そのままでも意外と人間らしく生きていけるのかもしれない。よかった。


 話を戻そう。つまり、咲耶は俺に遠慮をしているということなのだが。


「別に今更気にしない。だってもう、俺に喧嘩売る気ないだろ、おまえ」

「ないけど……信用できるの?」


「信じてるよ。多分、おまえが俺のことを信じてくれてるのと同じくらいには」


「……じゃあ、それなら」


 そうっとナイフを置き、髪をするりと耳にかけ、咲耶はソファから身を乗り出す。


「せっかくだ。思いっきりいけ」


 目を瞑って、えいと俺の掴むハンバーガーに被りついた。

 ソースに濡れた唇を手で隠し、咀嚼。

 白い喉が上下し終わるのを待って、聞く。


「今度こそ『思ってた通り』だったか?」


 咲耶はこくこくと嬉しそうに頷いた。


「パイン入りなのね? 甘いのにソースが辛い!」

「美味いだろ」

「ええ、『味がする』って感じ!」

「それ、俺の真似?」

「そう!」


 苦笑する。

 変な真似はしなくていいんだけどな。




 バーガーを自分の方に戻すと、咲耶の噛み跡が小さく残っていた。

 思い切りいけ、って言ったのに。

 全然食えてないじゃないか。

 ……口ちっちぇな。


 ちらりと彼女の方を見やる。

 そこにある小さな唇は、さっきまで同じソースに濡れていたのだ。

 そんなことを考えながら食べたせいか、久々の味もよくわからなかった。


 体液交換の危険性ついては、気にしないと言ったけど。

 間接キス自体を気にしない、とは言っていないのだ。


 なお、さっきの会話で誤魔化された咲耶は間接だのなんだのはすっかりと忘れ、ニコニコとバーガーを切り刻んでいる。

 ちょっと腹が立った。



 ……簡単に騙されやがって。

 危機感がない、危機感が。




 ◇





 遅めの昼食をだらだらと。

 デザートにクリームソーダまで注文して店に居座る。

 サクランボが二つも乗ってた、って後で芽々に自慢してやろう。

 絶対に『いや知らねー!』と言われるだろう。楽しみだ。


 ただ、問題は。


「時間、遅くなってしまったな」


 ボックス席の窓からは夕日が射し始めていた。


「一日で二計画は、無理があったわね……」

「のんびり遊ぶなんて久々だからな。時間の感覚がよくわからん」

「あなたは少し忙しすぎだわ」

「そう?」


 やることが沢山あると安心するけどな、俺は。


「そういや予定変更したって言ってたけど。本当はなんだったんだ?」

「映画。何見るかは決めてなかったけど。どんなのが好き?」

「隕石降るやつ」

「知ってた」

「あ、スプラッタとかホラーは苦手だな。飯が食えなくなる」


 ……昔は平気だったんだけどなぁ。


「覚えておくわ。わたしはホラー、好きだけど」

「怖くない?」

「だって。おばけなんてわたしの同類だし」

「そうか?」


 おばけと魔女は、結構違うと思うのだが。

 だって魔女は生きてるし。


「それより。飛鳥こそ、どこに連れて行こうとしてたの?」

「プラネタリウム。この前の天体観測、全然説明できなかったからさ。リベンジにな」

「ふふ、気にしてたんだ? また今度連れて行ってね。楽しみにしてるから」


 そんなふうに、本来目指していたデートの計画を明かし合う。


「お互い、いろいろと考えてたのね」

「結局、いつもの勢いとぐだぐだになってしまったな」

「ほんと。……こうして、延々と話しているだけでも楽しいけど。困っちゃうわ」

「何に?」


 咲耶は頬杖をついて。

 窓辺、夕日のオレンジで頬を染めながら、ふわりと困り顔で笑う。



「わたしたち、ちゃんとしたデートができるようになるかしら……なんて」



 俺は息を、止めた。


「えっ、なんで顔覆ってるの!?」

「……いや、今のは卑怯だ」

「何が!?」

「だってそれ、『いつかはちゃんとしたデートがしたい』ってことだろ」


 恋人らしいデートが、っていう……。


 う、わーー。

 駄目だ、考えると恥ずかしくなってきた。

 咲耶の顔が見れない。


「やっ、やめてよね! あんたが恥ずかしがると、こっちまで恥ずかしくなるでしょう!?」


 あわあわと慌て出す咲耶。

 かわいい。好きだ。



 ……じゃねえ!


 ナチュラルに惚気るな俺の脳味噌!



 ──まだ恋人ではない、恋人ではない。

 と、呪文のように言い聞かせる。

 関係に名前をつけることは即ち呪いだ。

 だからまだ、そうなるのは駄目だ。


 しかし……もしかして、『恋人未満』の関係は、ものすごく大変なのではないだろうか?


 今日のことを初めから思い出す。

 初っ端から、今まで見た中で一番の咲耶だな、と思った時点で俺は負けていた。


 その上、ずっと好意があけすけなのだ。

 素直すぎると心臓に悪いと言ったのに、咲耶はきっと忘れている。

 あいつ、妙なことは覚えている癖に肝心なところで記憶力がない。

 もうちょっとツンケンしろ。

 我ながら理不尽なこと言ってるけど。


 このままだと、多分──めちゃくちゃ好きになってしまう。



 ……耐えられるだろうか?

 一年。一年だな、持って。

 それ以上はちょっと、我慢できる自信がなかった。


 まあ、一年もあれば。

 俺も人間をやるのが上手くなるだろう。




 ◇




 店を出る。

 伝票の争奪戦は俺の勝ちだった。

「わたしが払おうと思ってたのに……!」と悔しがる咲耶に、ようやく奢ることができたので満足だ。



「次、俺の番だよな」

「ええ。エスコートしてくれる?」

「その言い方は……いや、いいけどさ」


 しかし時間も時間だ。

 どうするか、としばらく悩んで。


 思い出す。そういや港町だったな、ここ。



「……海でも行くか?」



 思いつきでしかない雑な提案に。

 咲耶は、ぱっと笑顔を輝かせた。


「うん!」


 かわいい。くそっ。

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