第4話 いざとなったら駆け落ちする。
「どうですか? 芽々は結構、都合が良い協力者になれると思うのですが」
隣で考え込んでいた咲耶が、ふと俺の方を見る。
「耳、貸して」
「ん」
「(あの子の目を使えば、
耳元に当てられた手とか、くすぐったい息とか、意識している場合ではない内容だった。
「まじかよ」
「ただ、話の都合が良すぎるわ」
「そうだな。動機がわからない」
『巻き込んでくれません?』と芽々は言った。
その要求は『目を直せ』という切実な問題解決よりも、こちらと関わることを優先としている。
それがとても、変だと思う。
自分で言うのもなんだが、俺が芽々の立場だったら、俺たちには関わりたくない。絶対。
やだよ。
咲耶は吐血しながら魔法使うようなヤツだし、俺は俺で…………やめよう、あまり自分を客観視すると死にたくなる。
とにかく、厄ネタだと知りながら何故俺たちに協力したがるのかが謎だ。
「動機ですか? それはもちろん」
その理由を聞かれた芽々は、にっこりと口角を上げる。
「──愛、ですよっ?」
笑った目が輝いていた。
嘘偽りのない、心底からの言葉だと示すように。
「そう、すべてはオカルトへの愛ゆえに! 既にファンタジーとかろくに感じないこの現代、初めて出会ったホンモノのソレを前にして、どうして浮かれずいられましょうか! 問答無用で巻き込まれたのはちょっと腹立ちますけど、それでも、お釣りが来るほど運命的な出会いです!!」
早口で興奮したようにまくしたて、こちらに詰め寄る芽々。
「お、おう」
「オタクだぁ……」
「オタクじゃなくてサブカルって呼んでください。音がかわいくないので」
「あ、うん。そういう年頃ね 」
「クソサブカルでも可です」
「わたしお淑やかだからクソとか言わない」
「言ってるよ。おまえ結構クソって言ってる。俺のことクソ野郎って言ってる」
「それは全部あんたがクソなせいだから」
「俺はクソでもいいんだけど咲耶がクソって言うのはなんかなー」
「解釈違いってやつですねっ」
「というかクソクソ連呼するのやめなさいよいい加減」
「言い過ぎるとクソ汚ねえですからね」
「もうほんと黙って。いえ黙んないで話が途中だから。早く吐いて」
「ゲロ!?」
「もうやだこの子きたない!」
咲耶が根を上げた。
俺以外の前では猫を被っているはずの咲耶が、芽々の前でも素なことにちょっと驚く。
いや、秘密もバレてるし、俺もいるからかもしれないが。
仲よき事は美しき
会話は汚いけど。
話を戻すように、芽々はパンっと手を鳴らす。
「とにかく、です。魔女の末裔だからこそ、芽々はひと一倍ファンタジーを愛しているのですよ。関わりたい理由なんて、それで十分でしょう?」
合わせた手を頬に寄せて、芽々は夢見がちに続ける。
「特に異世界や魔法の国なんて、素敵の極み。アリスにナルニア、エンデにオズ……垂涎モノですよね。剣と魔法の別世界、心躍る旅と冒険……憧れない人間なんていませんよ!」
何を言っているかわからないが。
心ここに在らずな浮かれ顔を見ていると、裏とかないように思えてくる。
隣で咲耶が何故か、表情を取り繕うこともせずに渋い顔していた。
多分、芽々は本の話をしているんだろうけど。
関わりの薄い記憶や知識については頭からすっぽ抜けてるので、いまいちぴんと来なかった。
「オズの魔法使いってどんな話だっけ?」
「竜巻で家が吹っ飛ぶ話です」
「うわ」
竜巻は隕石より生々しい破壊力の分、嫌だな。
家が吹っ飛ぶのは嫌だ。
「で、タイトルの魔法使いは詐欺師オチ」
「……わたし、その端折り方はどうかと思うの」
本好きの咲耶としては、何か不満な要約だったらしい。
「そういえば。あなた、好きなものを罵倒する癖があったわね?」
「はい!」
「……歪んでるわ」
「世界はイコール愛ですから。ラブアンドピースならぬ
「?? わたしこの子、苦手かも……」
二人が仲良くなったようで何よりだった。
「というわけで、あたらめてよろしくお願いしますね」
ひとまず話もまとまり、バイトの時間も迫るので解散ということになった。
……まとまったか、これ?
「あ、ついでにオカ研入ります? 入っちゃいます?」
いそいそと芽々が取り出した部員のリストは、空欄だらけだった。
実働部員がひとりだけ、と言っていたのでさもありなん。
「だから入らねえって」
と言いつつリストに目をやる。
その中に、知っている名前を見つける。
──
それは、中学時代の、天文部の後輩の名前だった。
「ここ、瑠璃がいるのか?」
「いますよー」
「………………下の名前で呼んだ」
ギリギリ聞こえた小声の呟きに、ちらりと横を見る。
咲耶の目から光が消えていた。
え、こわ。なんで?
「……っ直属の後輩!?」
「なんだよその言い方は」
咲耶は「なんでもない」と首をぶんぶん振ったので、芽々が質問に答える。
「オカ研は潰れた天文部を吸収してできた形ですからね。るりさんは忙しいので、こっちの部活には来ませんが」
鈴堂瑠璃は、昔の俺が一番仲の良かった後輩だった。
そのせいか。こちらでの再会早々、見抜かれたのだ。
俺がほとんど何も覚えていなかったこととか……諸々を。
──それ以来、後輩だったアイツとは絶縁状態にある。
「入るのは無理だな。……俺は、瑠璃に嫌われているから」
「ですか」
◇
部室を退出した後、軋む階段を降りながら話を整理する。
なんだかんだと話し込んでいたので、窓からは夕日が差していた。
「ひとまず、目先の方針は決まったな」
呪いを解く手段を知るために、『
それは、転移術式の破片を取り込んだ芽々に協力を願えば、可能だと咲耶は言う。
そしてついでに、巻き込んでしまった芽々の目を綺麗さっぱり元に戻せば、完了だ。
全面的に完璧な解決、なのだが。
「再接触って、戻るってことか?」
「わからない。そもそも、そこまで強い魔法を作れるかどうか」
「電話みたいなヤツで全部済めばいいんだけどな。解呪方法教えろ、って」
……しかし、向こうに連絡を取ると言っても。
「具体的にどうするか……一番色々知ってそうな
「
「となると、
聖剣パクったことを、めちゃくちゃ怒ってそうな元同僚のことを思い出す。
あいつ元気してるかな……。
と、懐かしさに浸ってる場合ではない。
「交渉が決裂したら実力行使で向こうにカチコミの線が有力?」
「妥当ね。わたしたち、どうせ腕力しか取り柄がないし」
「めんどくせぇ……」
丸二年、勉強してなかったのでその手の政治力がゼロだ。
「あるいは、
はた、と咲耶が踊り場で立ち止まる。
「……それ、絶対やばいと思うの」
ものすごく、深刻な表情だった。
「冷静に考えて……既に廃れてるとはいえ、現世がアレなのはヤバいわ!」
どこで誰が聞いているかわからない、という教訓を得たばかりなので、延々とこそあどでの会話だ。
結果的にアホっぽさが増しているのは仕方がない。
「だってわたしたちホンモノだし。ていうか既に、芽々にたれこまれたりしたら人生終わりじゃない!?」
「野に放たれた外来種だから、見つかったら駆除されかねんってことか」
異世界帰還者、実質のアライグマ。
「なんかこう、結社的なのに捕まって、檻の中で一生を終えたりするんだわ!」
「すごい妄想。中二病か?」
「わたし、もう何が常識なのかわからない……」
突然現世がファンタジーだと聞かされたせいで咲耶がバグっていた。
嬉々として非常識な魔女ロールをやっていた割に、根が常識人なのかなんなのか。
自分以外に非常識をぶつけられると、途端に弱いようだった。
「いや、芽々には口止めしてるんだろ」
魔法で。
「あっ本当だ。……問題、なかったわね?」
こいつ、さては忘れてたな。
「咲耶、あのな。おまえはアホで、俺は考えなし。──終わりだな?」
「なんでいい笑顔でそんなこと言うの!?」
「そういやなんか最近、視線を感じるんだよなー」
「ぎゃー!」
お淑やかのカケラもない悲鳴。ウケる。
「ま、大丈夫だって」
「あんたの楽観は破滅的なのよ!」
「じゃあ、そうだな。どうしようもなくなったら、その時は……」
「──駆け落ちでもするか?」
「っっ……!!?」
言葉にならない声を上げる咲耶の顔は赤い。
窓から差し込む夕陽のせい、ということにしておいた。
「さては、あんた楽しんでるでしょ!? わたしのことからかって!!」
「ばれたか。咲耶が困ると面白い」
まあでも。
いいだろ。
そのくらいは、言って許される関係のはずだ。
言い逃げのように、階段を先に一段降りたところで。
「……ねえ、飛鳥? 言っておきますけどね」
呼び止められた。
ちゃんと名前を呼ばれることも、丁寧語も珍しい。
自然と、こちらも少し畏まって、振り返る。
「なんだよ」
一段上、夕日の逆光の中、咲耶は静かな無表情で。
「わたし、あなたのことは死ぬほど愛してるけど」
さらっと言うなぁと、苦笑して。
「──あなたに恋は、していないのよ」
続く言葉に、耳を疑った。
「…………えっ」
咲耶は、深々と溜息を吐く。
「『定義』の話が、途中だったわね。
返事は、ごめんなさい。
あの定義にわたしは合意できない。
『友達以上』は嬉しいわ。遊びに誘ってくれたことも」
「……でも、わたしは。あなたの『恋人』にはなれない」
こちらを真っ直ぐに見て、告げる瞳は冷ややかで。
嘘や誤魔化し、あるいは照れ隠しのような何かは、少しもない。
淡々とした平静と本気の声音に、唖然とする。
「それじゃ、わたし。まだ学校に用が残ってるから……また、明日ね。バイト、がんばって」
こちらを置いて、階段を降りていく咲耶を。
引き止めるのも忘れて、俺は茫然と見送って。
残されて一人、先の台詞をよく咀嚼する。
まさか。
「…………フラれ、た?」
いや、この期に及んで!?
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