第3話 現実はそこまでファンタジーじゃない。
「地球の魔女の末裔ですっ」
◇
いぇいいぇいと顔の横でふざけきったピースサインをふたつ作って、ふざけたことを言い出す芽々に、俺は「ハァ?」と聞き返す。
「おまえ、何言ってんの?」
「あらやだ塩対応。ひーくんったら激しいキャラ変ですね。後輩にゲロ甘な日南先輩はどこ行ったんですか?」
「あいつは死んだよ」
「ご冗談」
だが、芽々の目はふざけていないし、緑眼の中には星の瞬きがあるままだ。
ふと、隣を見ると。
咲耶は片手で顔を覆っていた。
「ああ〜……そうきたか〜……」
「どゆこと?」
「つまり、『現世もファンタジー』ってことよ」
「んなわけあるか」
常識考えろ、常識。
「んー、その反応はどっちも正解って感じですね」
芽々は曖昧な返事をして、ボロのソファから跳ねるように立ち上がる。
「?」
「正確には、かつて地球にも魔法使いがいたそうです。今は、滅亡してるも同然ですが」
かつて、か。
魔女だのなんだのは世界史の教科書にも出てくる。
そういうのが、本物だったということか。
だとしても今はいないってどういうことだ?
「科学文明と魔法って、クソクソ相性悪いんですって」
「そういうもの、なのか?」
まあ、なんとなく理解する。
咲耶が度々口にする、『幻想と神秘の濃度が低い』だの『ファンタジー補正が少ない』だの。
それと同じか。
「だから芽々も末裔とはいえ、魔女になる可能性が当に絶えた血です。いちお、魔術は現代でも残っていますが。カビの生えた伝統芸能みたいなものですね。ちょっとよく当たる占い程度のモノ。夢も希望もへったくれもありません」
「まあファンタジーが現世にもあるとして。存在するのはもう、ただの現実だからな」
「現実には夢がないと決まっているものね」
そこまでは言い過ぎだと思うぞ咲耶。
現実にも夢はある。隕石とか。
「つまりです。ひーくんを害する力は、芽々にはありませんっ。その点はご安心を」
と言われても。
常日頃から胡散臭いので信頼性がなかった。
「じゃあおまえはなんなんだよ」
「何をどこまで、いつから知っていたの」
……そう、芽々は確かに『異世界』と口にした。
『魔女』というのは路地裏の時点でバレているからまだしも、だ。
寧々坂芽々は、確実に知りすぎている。
その理由を、聞かねばならない。
眼鏡の奥の眼差しを、細めて。
芽々は答える。
「──生まれつき、目がおかしかったんですよ。魔女だったご先祖サマの隔世遺伝ってやつですね」
目。咲耶と同じような魔眼、ということだろうか。
「にしては、らしい威圧感がないな」
……それに瞳の輝きからは、ほんの僅かだが異世界の気配がする。
「あ、疑ってますね?」と芽々。
「確かに魔眼とか大層なものではなくて。『魔術的乱視』……生まれついて、見えないものが見えてしまうんです」
見えないもの、あるいは、見えてはいけないもの、か。
「といっても、ただ視界が歪んでるってだけなんですけどね。ちょっと幻覚見がちというか? ドラッグキメたみたいなサイケな視界が常時展開みたいな?」
「わかんねぇよ。なんでドラッグの視界知ってんだよ」
「ネットですけど」と芽々。よかった非合法じゃなかった。
「じゃあアレです、アリス症候群みたいな? 大きいものが小さく見えたり、人が変な色に見えたりするやつ」
「それもわかんねぇけど……風邪の日に見る夢みたいな感じか?」
「ですです。だから眼鏡が手放せないんですよね。純粋な視力はめっちゃいいんですけど!」
言われて気付く。
「本当だ。おまえの眼鏡、分厚いのに度が入ってないな」
「魔術アイテムです。その包帯みたいなものですね」
「現世すげー」
隣で咲耶がめちゃくちゃ頭を抱えていた。
「なにが『すげー』よ……『やべー』でしょこのバカ……」
とかぶつぶつ言っている。
「話を戻しますね。何をどこまで、何故知っているのか……原因はこの目です。二月の末、満月の夜、遅めの雪が降った午前二時頃。当然、覚えておいででしょう?」
顔が強張る。
その日、その時間は──俺たちが、異世界から現世に帰ってきたタイミングだ。
「まさか」
「ええ。その日、芽々は雪を食べようと、丁度外に出ていたのですが──」
「ねえ待って。雪食べることある?」
「え、食べないのか。流石お嬢様は違うな」
「普通の高校生は食べないわよ!!」
俺は芽々と顔を見合わせる。
「食べるだろ」
「食べますよ」
「腹下せ!!」
何キレてんの?
「咲耶、話が進まないからちょっと黙ってろ」
「わたしのせいじゃないでしょ!?」
続きを促す。
芽々は頷いた。
「結論、言っちゃいますね。……その日、
「雪を食べるために夜空を見上げていた芽々は唖然としました。だって、空をブチ割って、人が落っこちていくんですもの。この世界がちょっとファンタジーだとしても、そんな光景
「といっても、芽々のバグ眼球は見えるものが常にランダムですし、大体いつもただの幻覚ですし。
割れた空の破片。それは、
「
確かめるように咲耶を見ると、彼女も「だと思う」と同意。
魔法については俺はからっきしだ。
「解説は任せた」
「さっき黙ってろって言ったのに」
「そんなことは忘れた」
まあいいけど、と咲耶は言って。
「あの日散らばった異世界の残滓は、本来ならばそのまま消えてしまうはずだったわ。偽装の魔法をかけていたから
魔女として語る理屈に。
「ええ。芽々が、観てしまったので。『実在』の質感を得た、異世界の魔法の残滓が、眼球にぶっ刺さったというわけですね」
すんなりと、芽々が同意したことが。
芽々が本当に、オカルトを理解できるこちら側だということを示していた。
「めっちゃ痛かったぁマジ最悪です」
ニコニコとご機嫌な笑顔のまま言う。
「それで。以来、芽々にはずーーっと、見えてるんですよ。
「……は?」
今までずっと、何も誤魔化せてなかったってことか?
こいつ、喫茶店でわかってて握手求めたのか。どういう神経してるんだ。
というか。
「……ヤバくね?」
「それ……わたしたち以上に見えてるじゃない」
「はい、めっちゃヤバイですよ?」
元々異常だった芽々の眼球は、術式の破片を取り込んでしまったせいで、異世界にチューニングされてしまったらしい。
くわっと目を見開く。
「だから! 困ってたんですよ!!」
芽々はまくし立てる。
「ちょっと齧ってるからこそわかるんですよ、ガチのファンタジーとかクソクソ厄い! なのに先輩は芽々のこと忘れてるし、先輩と同じ天文部だった子からきなくせー話は聞くし、魔女サマは脳味噌ゆるふわで危機感がゼロだし! もう、ぜんっぜん頼れない! 正直に『芽々、全部見えてます。たすけてー』とか言えるわけねーでしょ!」
めちゃくちゃ怒られていた。
「だって異世界とかもう関係ないと思ってたし……」
「現世ボケしててごめんなさい……」
まったくもう、と肩を
「そんなわけで、測ろうとしたんです。貴方たちが、信用していい存在なのか。だから情報共有のつもりで、先輩がなーんかおかしいってこと、サァヤに言ったんですけど……その結果、ああなったことについては。芽々が、すみません」
反省会の時に聞いている。
咲耶が急に喧嘩を売ってきた、間接的な原因は芽々だったということは。
が、『ああなった』と説明していないのに、芽々が結果を知っているということは。
「まさか、あの喧嘩も見てたのか?」
「はい、バッチリこの目で」
きらりと輝く両目(異世界魔法の破片入り)。
「流石に話は聞こえてないですけど……」
そして走馬灯のように蘇る、先日の諸々の醜態。
羞恥の回路が、焼き切れる。
「よし死のう」
「落ち着きなさい」
ぺし、と頭を叩かれた。
加減されているので全然痛くない。
「まー、そんなこんなでっ。ヒミツにするのも限界ですし、芽々は芽々の現状をなんとかしたい。これはもう正体を明かすしかないなー、と腹を括ったわけです。以上、芽々の招待の理由でした! 正体だけにっ」
こいつセンスちょっと寒いな。
「つまるところ、芽々は巻き込まれた被害者です」
俺たちは言葉を詰まらせる。
それについては、もう何も言えない。
損害賠償ものだ。出るところに出ると負ける。
どこに出ればいいのかわからないが。
「なので……」
何を、要求されるのか。
戦々恐々とする俺たちに、寧々坂芽々は悪戯っぽく微笑んだ。
「責任とって、いっそ巻き込んでくれません?」
──つまり、芽々の主張を要約すると。
『協力するので、ついでに話を聞かせて、自分の目を直してください』
ということらしかった。
「…………それだけ?」
「それだけですよ。なんだと思ったんですか?」
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