幕間
幕間1 第0.5話 校外学習での一幕。
※一章補完の幕間です。飛ばしても本編を読み進めるのに問題はありません。
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これは特に何事もない、学校生活での一幕。
あるいは、午前三時に魔女が窓から入ってくるようになるまでの、裏事情である。
◆◇
四月某日。
新年度早々の
すなわち、
まだ学校に戻ったばかりでどこか地に足がついていなかった咲耶は、班決めの直前になって慌てた。
そういや、普通の高校生……というか、普通科の高校生は、勉強だけしてればいいというわけではない。
浮かれたイベントがたくさんあるのだ。
(……え? つらくないかしら?)
今の感性でちゃんとはしゃげるだろうか。
はしゃいでいいのだろうか。
というか、班決めってもうつらくない?
吐きそう……。
と、クソザコな泣き言を内心で垂れつつも。
咲耶はしれっと難なく所属班を確定させていた。
あたりさわりなく、同級生の女の子たちの班に紛れ込むことに成功。
全然余裕だった。
なんだかんだと社交スキルは死んでいなかった。
愛想でゴリ押せば人生の多少はなんとかなる。
……眼帯のせいでマイナス補正かかってるけど。
文月咲耶は基本的に顔面の良さをぶん回す棍棒外交(誤用)だけで生きていた。
顔が良くて胸が大きい以外の取り柄とか、自分には、ない。
そう思い込んでいる節があった。
──根暗、自己評価が壊滅しがちである。
人間として三十点(ほぼ顔だけ)
ちなみに飛鳥は班決めであっさり余りモノと化していた。
寝ていてまったく話を聞いてなかったので。
あの男は隙あらば寝る。
ありえない。
咲耶はめまいがした。
何が悲しくて、自分の恩人の無様を見なくちゃいけない?
なんかもう、百年の恋も冷める。元々冷めているけど。
もはや「哀れだこと!」とか煽り散らして、この悲しみを紛らわすしかない。
そうしなければ虚しさを感じている自分が哀れになるので。
──せめて五月であれば二人は同じ班を組んでいたかもしれないが、詮のない話である。
この頃、咲耶はまだあまり飛鳥に関わる気がなかった。
一応、学校ではクラスが同じになるように選択科目を揃えるなどの仕込みはしたが。
確かに、あれやそれやの心配事はある。あの夜のことを忘れたわけではない。
だがそれを差し引いても、自分と関わらずに彼が生きていけるに越したことはないだろう。
(それなりの距離から眺めていられれば、別に、それでいいし……)
二年前と同じ距離感に戻る。
できるのならそれが一番、正しいに決まっている。
──この時の咲耶はそう思っていたし、飛鳥も大体同じことを考えていた。
状況や判断材料によって、ひとの考えはころころと変わるものである。
なにせまだ、友達ですらない時分のことだから。
……とはいえ、顔を突き合わせればいがみ合うのだが。
学校で口論などして余計な噂を増やすわけにはいかないので、この時期の会話はほぼゼロだ。
その辺を飛鳥もわかっているので態度は他人行儀だったし、咲耶もこの辺はきちんと魔女ロールも封印していたので窓から入ってくるはずもなかった。
というか、まだ実家通学なので、隣に住んでさえいない。
友達どころかもはや
話が何も始まっていなかった。
そこには無だけがある。
──そして虚しい四月の校外学習が、幕を開けた。
◆◇
校外学習は「神社仏閣を延々と回ってレポートを提出する」という名目の観光だった。
そして咲耶はひとつめの神社の前で、ものすごい魔女的葛藤をしていた。
咲耶にとって「魔女」の定義は概ね、ファッキンゴッドする存在である。
というのも、異世界に吹っ飛ばされた時に「神も仏もいないじゃない!! あ、異世界だから管轄外か!? どっちにしろクソッタレだわ!!」とギャン泣きしたからである。
そして、魔女堕ちした結果、「神に祈らない」という制約に縛られるようになってしまったのだ。
吐いた唾は飲み込めないし、あの異世界では言葉即呪いだ。
なので、未だ現役魔女の咲耶にとっては、神社仏閣ついでに教会は鬼門だった。
吸血鬼が十字架を後ろめたく思うのと同じようなものである。
そのため、キャッキャする班員を差し置いて、賽銭箱の前で葛藤していたのだが。
……ふと、思い出した。
確か、ここの神様は元々人間で、ついでに祀られる前は怨霊だったはず。
──つまり、魔女的には、先輩みたいなモノなのでは?
──祟りのプロフェッショナルとして、純粋に敬意を表していいのでは?
いい、ということにした。
西洋には魔女の女神とかいるし、ワラワラいる系の神様については、深く考えないことにした。
……でも、流石に寺はヤバい気がする。
仏は明確に罵倒した覚えがあった。
神社はセーフとさっき考えたが。
神仏習合とかなんとか、倫理で習ったし……神社と寺が一体化していたりするし……もう、何がなんだかさっぱりわからない。
わからないので、諦めた。
祈らなきゃセーフだ。
チャリンチャリン。
お賽銭は、イコール「魔女が敷居を跨いですみません」のみかじめ料である。
もういい。もう知らない。
クリスマスもバレンタインも普通に楽しんでやる。
あんなのはどうせ現代日本じゃ、ただの恋愛イベントだ。
(…………いや、相手なんていないけど)
いない。いません。いないってば。
チラついた誰かの名前を全力で追い払う。
恋愛なんて浮かれたことを、するつもりはない。
(そうよ……恋なんて、くだらない)
この先永遠、恋人なんていらないのだ。
「文月さーん、次行くよー」
班長の、ポニーテールの同級生の呼ぶ声に返事をして、神社を出る。
別に、さっきのとは関係がないけれど。
「あいつ、今どうしてるかな」と思った。
──今どうしているか、の答えは、割合すぐに手に入った。
次に訪れた寺院にて。
咲耶は、見知った顔を発見した。
植え込みの石垣に座り込んでいる飛鳥は、ぼけーと虚空を見ていた。
頭痛がした。
「……あんた、何してんの?」
「なんだ咲耶か」とワンテンポ遅れて反応をして。
「何って、寺を見てた。見ればわかるだろ?」
「見た通りしかわからないのよ」
……いや、暇な爺さんか?
飛鳥は、特にこちらを見ていないような目で言う。
「寺ってなんか、よくないか?」
「どういう意味で?」
「でけーし古い。ので、すごい」
馬鹿の語彙。
「あ、そうだ」
抑揚がない声で何かを思いついたように、飛鳥は寺を見る。
「出家するか」
まさに名案、という調子。
「待って、ねえ待って」
立ち上がった飛鳥を全力で引き止める。
いや、なんで今立ち上がった?
もしかして今、出家?
即断即決?
決意がインスタント?
「なんでよ!」
飛鳥は真面目な顔をしたまま、答える。
「寺、でかいじゃん」
「うん」
「窓からの風通し良さそうだし」
「うん?」
「寺に住みたい」
「……は?」
「それだけ?」
「それだけだけど?」
ぽくぽくぽく、と脳内で木魚が鳴る。
咲耶は、おそるおそる口を開いた。
「…………それは、煩悩じゃない?」
その理由は、多分、俗だ。
ハッと目を見開く飛鳥。
「ほんとだ。出家やめよ」
「なんなのよ!!」
いや、勇者が僧侶にジョブチェンジしようとするな。
増していく頭痛を追い払う。
「というか……なんで一人でこんなところにいるのよ」
よく見れば、周りに飛鳥の班員はいない。
「逸れた」
「嘘でしょ」
園児か?
「……スマホは?」
「まだ契約してない」
「嘘でしょ」
「大丈夫だ。事前に逸れたらほっといてくれって言ってある」
「…………だめだわ」
さいわい、笹木慎が飛鳥と同じ班だったので、咲耶から回収の連絡を入れた。
なんと、彼の班はそもそも飛鳥がいなくなったことにも気付いていなかったらしい。
気付けばそこにいるタイプの生徒だった日南は、気付けばそこからいなくなっているタイプの飛鳥にジョブチェンジしていた。
咲耶の目は完全に死んでいた。
……これは、懇切丁寧に説教をするべきではないだろうか?
「あ、スズメ」
「園児か?」
説教タイミング、失くした。
だが、気を取られるのも理解はできる。
すぐ足元。スズメは警戒心がなく、その気になれば手が届きそうなほど近くにいる。
なるほど、これは確かに、
「かわいいわね」
「美味そうだよな」
「…………今なんて?」
美味そう???
「え?」
飛鳥は「なんか変なこと言ったか?」みたいな顔をしていた。
……ひどい頭痛がした。
なんかもう、何も言えなかった。
いい年して迷子になるな、とかそういう次元ではなかった。
咲耶は深く、溜息を吐く。
「いえ、いいわ……。わたし、そろそろ戻るから……じゃあね……」
通夜よりも沈痛な表情で、寺に背を向ける。
……やはり、ダメだ。
どう考えてもダメだった。
────アレは、重症だ。
(アイツ、かんっぜんに頭が戻ってきてない!!)
懸念が、何も解決していなかったことを思い知る。
ひっそり見守っているだけで済むならそれでいいと思っていた。
だが、そうすると……アイツはうっかり出家しかねないということが判明した。
意味がわからない。
(早く、なんとかしないと……)
自分以外にアレをなんとかできるのは、いないだろう。
いるわけがない。無理だ。
正直、自分の手にも負えるだろうか?
咲耶は必死で考えた。
こうなってはもうなりふり構ってはいられない。
……思えば、飛鳥はかろうじて「魔女」に対する時だけ心なしかシャキッとしている気がする。
それを、逆手に取るしかない。
──つまり、魔女ロールの解禁である。
アイツの異世界ボケにあえて合わせて喧嘩を売る。
そして、じわじわと
役柄が「魔女」ならば飛鳥と関わる正当な立場と口実が手に入るし。
勝負の内容を「交友」や「成績」などのリアリティある物事にすれば、飛鳥はシャキッとしたまま
……多分。
そうかな。
本当に?
本当にこれでうまくいくと思う?
でも他になくない?
多少の穴に目をつぶれば、完璧な理論である。
穴がある時点で「完璧」ではない、などという正論は無視だ。
なぜなら、正論を蹴っ飛ばすのが「魔女」の定義だからだ。
◆◇
そうして、校外学習以降。
咲耶は友達を作れと勝負を仕掛けたり、わざわざ隣に引っ越してきたり、窓から夜な夜な入ってきたりと、ノルマをこなすように喧嘩を押し売りする日々が始まるのだが。
──誤算は、咲耶の生来の
とっくに終わったとはいえ、昔好きだった相手と毎日のように顔を合わせていると、どうなるか。
単純接触効果、というやつである。
好意の名残が振り返し──咲耶は、色ボケた。
色ボケると何が起こるのか。
「行動の成功率」と「発言の知能指数」が異様に低下する、というデバフが常時かかる。
そうして、咲耶の完璧な作戦(初めから完璧ではない)は、早々にぐだぐだになったのである。
しかし、あまりに哀れな生き物の様相に「なんだこいつ……」した飛鳥が、バランスを取るようにシャキッとし始めたので、当初の目的は果たされたという。
結果オーライ。
人間は、自分よりアレな人間を見ると、ボケている場合ではなくなるらしい。
咲耶の七転八倒の無様は、なんだかんだと功を奏したのである。
めちゃくちゃがんばった。
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