2節 清く正しい現代生活への果てしない道程。
第8話 認識のすり合わせは大事。
「〝友達の定義〟を詰めるべきだと思う」
あれから一日が経った金曜日のことだ。
俺は放課後の教室で咲耶にそう言った。
念願叶い、というかかつての負債を今更清算するように、俺と文月咲耶は〝友達〟の関係性を手に入れたのが一昨日のこと。
そして昨日今日と、俺たちは一緒に朝飯を食べ、一緒に登校し、一緒に昼休みを過ごし、関係の名前を友人に書き換えている最中だ。
そう言うと「めっちゃ一緒にいるじゃん」という感じがするが、教室や人前ではほとんど話さないのでそうでもない。
ないはずだ。
……今思うと浮かれすぎていた気がする。
なんだよ『明日も味噌汁作りすぎるけど』って。
そんな誘い方があるかよ。恥ずかしいな。
普通は友達と毎朝飯を食べないことくらい、俺は知っている。
なんで誘ったんだ俺は。
うっかり。つい。流れで。
全方面恥ずかしい。
くそっ、完全に生来の人恋しさが荒ぶった。
あの二年でひとりにもすっかり慣れたと思っていたのに、油断した。
ともあれ放課後の教室である。
残っているのは俺たちだけだ。
なぜ残っているかというと、共に仲良く今日は日直だったからだ。
『日南』と『文月』で出席番号が連続なので。
日誌を書いていた咲耶は、教壇の上に立つ俺を見て、
「友達の定義」
とおうむ返しする。
日直の仕事は、日誌と黒板の清掃。後者を任された俺は、これさいわいとチョークを手に取る。
黒板に書く文字列は『今回の教訓』だ。
「きょうくん」
咲耶がぼやけた声で文字を読む。
「そうだ。今回、俺たちはなんやかんやでうまく着地したような気はするが、それでも反省点は多大にある」
「なんかすごく理屈っぽくて面倒くさいこと言い出した」
「得た教訓はシンプルだ。『言わなければわからない』そして『認識のすり合わせは大事』ということ」
「しかも無視して話を進めるし」
「俺たちは子供じゃないので、同じ間違いを繰り返すのはダサい。その点、反省を次に活かしていきたいわけだが」
「今更だけどわたしは十八って子供だと思う」
「それは甘えだな。そう、問題は『甘え』だ。定義を詰めずに〝友達〟の関係に甘んじるとどうなるか」
「わたしのツッコミ、聞く気ないのね。いいけど。……まぁ、関係は、なぁなぁのぐだぐだになる気がするわね」
「そうなると、何が待っているかわかりますか咲耶さん」
「飛鳥って敬語話すと教師っぽいわよねー。これで眼鏡かけたら完璧じゃない?」
咲耶は書き終わった日誌を閉じて。
「甘えの先に何が待っているのか、かぁ……」
やる気なさげな目で、しかしちゃんと答える。
「──すれ違い、勘違い、破滅、爆死」
「はい正解。それはダサいので避けるべきだと俺は思う。てか後半やけに語彙が物騒だな」
「魔女なので」
「そこはこだわるんだ」
「よく考えてみたのだけど、わたしは割と魔女であることに自負を持っていたわ」
「俺はおまえの『魔女』の定義もわかんないよ」
「そっちも定義詰める?」
「逆立ちしても興味ない」
咲耶が頬を引きつらせた。
「……まぁ、言ってることは正しいから付き合ってあげるけど。
要は『定義を確認して、認識を擦り合わせて、余計な摩擦を回避しましょう』って言ってるのよね。
でもそんな面倒なこと、普通はするかしら」
「普通の友達はしません。しないね。しないけど。でも俺たちはします。何故か」
咲耶は少し考えた後、溜息を吐いて手を上げた。
「わたしが友達初心者だからです。ついでに、ロールのための枠がないと困る人種だからです。面倒なのはわたしの方でした……」
「はい百点」
流石に物分かりがいい。これが十八の理解力だ。
「でも友達の定義なんて古今東西の大問題よ。知らないけど。どうやって定めるの?」
「そんな哲学的なことは考えない。やりたいのは、方向性の確認だ」
俺は黒板に、『目標』と書く。
「方向性、すなわち目標の確認だ。
──そもそも、俺たちの目標は何か!」
「えっ、えっ? 目標? 急に何、意識高い系?」
「なんのためにわざわざ現世に帰ってきたか、だよ」
「美味しいご飯」
「大事だな」
頷く。
「ご飯のためには?」
「お金が必要」
「大事だな」
頷く。
「かいつまむと、概ね現世に戻ってきた目的は『二年前に中断された続きの人生』をやることなわけだ」
現世では世界なんかより、就職とか進学とか通帳の残高とか明日の飯の方が、圧倒的に大事だ。
「すなわち目標とは『将来を見据えて、現代社会で清く正しく生きていくこと』だ!」
黒板を叩いた。
「ここまでは問題ない、よな?」
この辺の合意を、異世界ボケしていると推定していた時の咲耶からは取れていなかった。
だが、実のところ理性で魔女ロールをしていたと判明した今の彼女なら。
「ええ、うん、完全に同意しましょう」
よし。
「『ねぇこれなんの話してるの?』って文句つけたいのに、何言ってるのかわかっちゃう自分がイヤなこと以外、何も問題ないわ」
なんでそんな不本意そうな顔するんだよ。
「さて、目標の確認をしたところで、関係性の定義に戻ろう。
俺たちは同じような背景を持っていて、同じものを見ていて、同じものを目指しているわけだが──いかがだろうか?」
あえて返答を待つ。
咲耶はすっと目を細めた。
「…………なるほど、あなたの言ってること。完璧に理解したわ」
咲耶は立ち上がり、俺のいる教壇の方へ。
「つまり、同じビジョンを持つ『良き理解者』として」
「そう、そこらへんを『協力』していこうって話だ」
視線を合わせて頷き合う。
完全な相互理解がここに成った。
「社会復帰のための共同戦線。
以上が〝友達の定義〟。
つまり、関係性の名は〝元敵あらため戦友〟ということでよろしいか!」
「よろしいわ!」
お互い最高のタイミングで、パァンッと手を合わせる。
「完璧ね」
「まったくだ」
と、その時。
ガラッと、教室の扉が開いた。
ほうけた顔をした同級生の男子が一人、気まずそうに教室に入って来る。
「えと、忘れ物取りに来たんだけど……なんか、ごめんね。その、大事な話? っていうか盛り上がってた? みたいなところ、邪魔して。うん、おれは何も見てないから気にしないで……」
と、そそくさと荷物を取って出ていく。
同級生のその背中を黙って見送った後。
俺は咲耶に聞いた。
「あの」
「うん」
「もしかして」
「うん」
「……俺、今結構恥ずかしい語彙使ってた?」
「使ってたわぁ。わたしも悪ふざけで乗ったけど。男の子みたいなノリやるの、憧れてたのよね〜!」
何故か咲耶はほくほくと満足げな笑顔をしていた。
待て。俺は悪ふざけをした自覚がない。
「……あともしや、俺、話すときに見得を切る癖ついてる?」
「ああ、歌舞伎の『見得』ね。ついてるわね〜。一挙一動いちいち大袈裟!」
血の気が完全に引いた。
顔を覆う。
「 ……俺も大概、異世界ボケしてたね」
「ようやく認めたわね。えらーい!」
返す言葉もない。
「えー、とりあえず最後に確認を。社会復帰、目標のその第一歩として……友達を増やしたいですね。普通の」
そろそろつらいので話はこれで終わりでいい?
と咲耶を伺う。
満面の笑みだった。
「すごい! 話が完全に
めちゃくちゃ煽られた。
ちくしょう!
咲耶の問題は解決したと思いきや、どうやら今度は俺の方に問題があるらしかった。
……これからどうしようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます