第8旅 感覚

「……さま。お師匠様。お師匠様! お願いです、目を開けてください!」


 リーシェが呼んでいるのがわかる。でも、目を開けるのがとてつもなくしんどい。体がだるい。なのに感覚がほとんどない。本当に、しんどい。


「お願いです! お師匠様! お師匠様!」


 リーシェはカイバの体をゆすりながら声をかけ続ける。その隣でミルフィーとアルカが炎の発生源の周囲で青い光を放っている。


「さっきの魔法の解析が終わったわ!」

「でかしたミルフィー。さっきの魔法はなんだってんだい」

「治癒が済んでるから確証は持てないけど、岩石の押し出しと炎系統の魔法の合わせ技でしょうね。何もないところから岩石が出てきたのは、透明な何かがそこにいたってところかしら」

「岩石の大きさは? 透明な何かってなんだい?」

「恐らく本当に小さな物。十数センチでしょうね。その岩石を中心に炎の火力を増していったと思うわ。透明な何かは私の技量じゃわからないわ。調査専門の魔法鑑定士、とかでないとわからないと思う」


 冷静にその場でわかることを二人はまとめた。

 そしてカイバの元に寄ると、アルカが右手でカイバの顔に触れた。触れた右手で何かを察知すると無理に右目の瞼を開けてこういった。


「麻痺が脳まで届いて動けないだけで生きてる。ここは痛みを我慢してでも起こした方がいいってもんだよ」

「……仕方ないですね。お師匠様、痛いかもしれませんがすみません」


 そういってリーシェはカイバに触れる寸前の所で手を止めると、緑色の光が掌を覆って、それがカイバの全身へと移った。

 その光の感覚はカイバは感じていた。全身を優しく包む光の感触が。そして全身のだるさが抜けていき、手足を動かして無事を確認したと同時にそれは起こった。


「いってえぇぇぇ!」

「すみません。表面的には傷は全部ないのですが、痛覚だけはすぐには治らないのです。本当にすみません」

「リーシェが悪くないのはわかるけど、痛いのは痛い! 動いたら死ぬぞこれ!」

「と、いいつつ叫べるぐらいには元気になってるようですわね。命に関わる問題じゃなくてよかったですわ」


 いや全然よくないからね!? 骨とか折ったことないけどそれと一緒かそれ以上だよこれ!


「それで、発生源はここで間違いないのですか?」

「あぁ、ほぼ確実にここだね」

「それではお師匠様の痛覚が引くまでの数分の間、調べさせてもらいます。お二人は一応この事を報告しないしていてください。ミルフィーさんは精一杯やったとアルカさんは伝えてあげてください」

「りょーかい。帰って来るのが遅くなるかもしれないからサンストーン集合でお願いするよ」

「りょうかいするからこの痛みっていつ消えるんだよ!」


 この後痛みは五分経っても消えなかったので、感覚を僅かに麻痺させてごまかしたりした。

 そうしてサンストーンへとカイバのゆっくりとした足取りに合わせて歩き、到着するころには空が少し暗くなっていた。


「……なんか、ごめんねリーシェ」

「いえいえ大丈夫ですよ。むしろお師匠様のプライド的な問題の方が私的には心配ですけど」

「プライドはもう痛みに声を荒げた時点でもう捨てたよ。でも、リーシェに対する申し訳なさはずっとあるけど」

「……そうですか」


 確かに少しばかり恥ずかしい。しかし完全な夜間に到着するよりもこっちのがいいと思う。傍から見ればおかしい状況だけども。

 カイバの心境がそうなるのも当然のことだろう。今、二人の状況といえば、小さなリーシェの体でカイバをお姫様抱っこしている状況だ。


「到着しました。下ろしますね」

「ありがとうリーシェ」


 サンストーンの玄関口に到着するとカイバは下ろされる。そして何事もなかったようにその玄関口に入って行く。

 三階建てのこの建物は茶色の木造だ。しかし中央上に掲げられた看板には大きな太陽とサンストーンの文字があり、木造の印象なんかよりもそっちの存在感に圧倒される。

 玄関口を通り中に入ると中は外装と一見同じただの木造だがだが、派手な色を使わない装飾やカーペットにより木造の良さを前面に出している。

 カウンターの上の証明なんかも味が出てて……。


「あれ、受付の人いないな……呼び鈴みたいなものもないし」

「でも、一度私が来てるので大丈夫ですよ。部屋は三階の端、三〇七です」


 リーシェは階段を指さしながら言った。

 実際荷物を置きに来ているなら安心だ。少し不自然ではあったが時間が時間だし、それにここは村だ。きっと夕食でも取っているのだろう。


「アルカさんは先についてますかね。一応アルカさんにも伝えてますし」

「さあ」


 どうだろうね、と返事をしながら階段を上った。順はカイバが先でリーシェが後だ。ゆっくりとした足取りに何一つ文句を言わずについてくる。本当にこれだけ見ると良く出来た子という印象だけで済む。

 記憶を失ってる事実に気づいたとしても、今の俺を受け入れてくれるんじゃないか。前のお師匠様も大事だけど、今のお師匠様も大事だって。

 そんな楽観的な考えが湧くぐらい、時間が経てば印象が変わっていた。

 三階に着き、廊下を眺めているとリーシェにあっちです、と指を向けて教えてくれる。今度はリーシェが先に歩き、後からついて行く。それでも、ペースはカイバに合わせていた。

 部屋の前に到着すると、リーシェが部屋の鍵をカイバに渡した。


「スペアキーってやつらしいです。二人以上の時、別々に行動してたら入れないからって作られたらしいです」


 その鍵を受け取ってカイバはドアの鍵を開けた。

 ――ガチャ。

 それはドアを開けた音ではない。鍵を開けた音でもない。別の音。

 鍵を開けたのとほぼ同時に聞こえたためカイバはおろかリーシェまでもが聞き逃していたそれは何の音なのか。

 ドアをカイバが開けた。

 ガンッ。という木造の建物を貫いた音がした。ドアではない、カイバの後ろの壁を。


「あ、れ……?」


 震えが止まらない。麻痺の魔法だろうか。麻痺の力が強くなったのかカイバの免疫がなくなって効いてきたのだろうか。

 ――違う。

 そんな現実逃避はすぐに脳で否定の言葉が出されて終わらされる。なぜなら吐き気がする。頭がふらつく。力が入らない。口から唾が、液体が流れ落ちる。

 体が倒れた。

 倒れて口から出ていた液体の本当の正体に気づく。


「……ち」


 赤いそれは血液だ。口から血を流しながら倒れている。それがどうも気持ち悪くて手で拭おうとするが動かない。いや、正確にいうと左腕の感覚がない。そして左足も。それでやっと気づいた。

 ああ、左半身、体ないのか。

 肩から腰までの左半身が汚く抉り取られている。血液を送る機能はもうなく体に指示など送れるはずがない。かろうじて脳みそが勝手に動いて考えてくれているだけだ。

 右半身の中身が無くなった左半身へとこぼれ、赤黒い血が地面を濡らして水溜まりを作ろうとしている。

 やっと遅れてきた痛覚ではない灼熱の感触に藻掻くことすら許されず、耳鳴りが聴覚を、視界は暗黒が支配する。

 煩く鳴り響く耳鳴りが大きくなり、頭が千切れそうな感覚を味わっているとうっすらと声が聞こえた。


「お師匠様! お師匠様! 死なないで、死なないでぇ! 一人にしないで」


 リーシェの声をも耳鳴りが包んだ時、何かが弾け。今。

 命がここに一つ、消えた感覚がした。

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