第8話 青年、盗賊と戦う2

「くそっ、きりがねえな……!」


 ロキは舌打ちをしながら弓を崖下の盗賊へと放っていた。

 ロキの弓の腕は新兵の中でも秀でている方で、古参の兵士たちからも一目置かれるほどであった。

 ロキの射る矢はシグルとジャンヌの周りに群がっている盗賊たちの身体を次々貫いていく。


「あ、あのシグルから出た光は一体、何なの……?」


 ミィハは途中からシグルから現れた青白い輝きに驚いてロキに問うた。


「ああ、それがな、この前の戦でいきなり出てきたんだと」

「それ、どういうこと⁉」


 ミィハはロキの答えを聞いて困惑の声を上げた。

 それを見たロキは上手い説明が浮かばず頬を掻いた。


「それがわかれば苦労はしねえんだけどな……ってうおッ⁉」


 ロキは残りの矢をすべて矢筒に詰め、登ってくる盗賊に弓矢を連射した。

 二、三人は額や肩などを射られて転げ落ちて行った。

 しかし、残りは怯むことなく登ってきている。

 あまり高くない崖ゆえに、登り切ってくることは目に見えていた。


「ちい……っ! ミィハ、お前は先に逃げろ!」

「そ、そんな。ロキたちはどうなるの⁉」

「お前がこれ以上ここにいても危険なだけだ‼ 食い止めるから早く逃げろ‼」

「でも……でも……っ‼」


 ミィハが目に涙を浮かべて躊躇っている間に、一人の盗賊が崖の淵に手をかけた。


「くっ……!」


 ロキは弓を投げ捨てて剣を抜いた。

 同時にロキは視界の遠くに片膝を付いているシグルと、二人の男に取り押さえられているジャンヌを捕えた。

 そしてひとりの巨漢の盗賊がロキの前に立ちはだかり、ロキは脳裏にこの先に起こるであろう光景が浮かんで顔を歪めた。


「――どけ、この変態」

「なっ⁉」

「え……ウソ……⁉」


 不意に背後からの声に思わず振り向いたと同時に、二人は我が目を疑った。



「はあっ、はあっ……」


 ロキたちと同様、シグルも窮地に立たされていた。


 神器(ちから)を使いはじめてしばらくは襲いかかってきた盗賊を一瞬で屠ることができていたが、両者に広がる膠着状態はシグルに急激な体力の消耗をもたらし、身体は限界に近づいていた。

 振るっていた剣はすでに血と刃こぼれが目立つようになっている。


「くあっ……!」


「!」


 呻き声の先に目をやると、ジャンヌが男に二人がかりでうつぶせに取り押さえられているところが視界に入った。

 まだ盗賊の数は二十人以上残っている。最初に懸念していた事が見事に的中した形となってしまった。


「ジャンヌ! ぐ……っ⁉」


 シグルがジャンヌのところに向かおうとした瞬間、脚がもつれて片膝を付いた。

 立ち上がろうとしても足が震えたまま言うことを聞かない。


 想定以上の力の消耗の速さに愕然としたと同時に、足元に広がっていた紋様が光の粒となって大気に消えていった。

 シグルの瞳も青白い光が消えて茶色に戻り、頬まで広がっていた筋模様も消えていた。


「なんだかよくわかんねえが、妙な光が消えた今がチャンスだ、やっちまえ!」


 その様子を見た盗賊の一人が周りの仲間に向けて叫び、それを聞いた残りの盗賊たちが雄叫びを挙げながら向かってきた。

 シグルは何とか後ろの二人だけでも逃がそうと必死に頭を働かせようと集中する。だが、足元がおぼつかない程の疲労と全身の痛みがそれを邪魔してくる。

 すでにシグルもジャンヌも為す術がない状態にあった。


「畜生、なんでこんな……っ!」


 シグルは切り札にも思えた自分の力が予想よりも早く底をついた苛立ちと、ロキとジャンヌとなら助けられると思ってしまった迂闊さ、何より関係のないミィハを巻き込んでしまった事に不甲斐なさを感じ、奥歯を割れんばかりに食いしばった。

 その時だった。


 パンッ、という破裂音が響いたと同時に盗賊の一人が目を開いたまま地面に倒れた。

 死体となった男のこめかみには小さな穴が空き、大量の血が流れ出ている。


「な……⁉」


 盗賊たちが状況を把握できずに首を動かしているとき、シグルはとっさに音の方向に目をやった。

 音の先はロキとミィハがいる崖の上。そこに一人の人間が立っていた。


「あれは……」


 その人間は小柄で、長い髪を後ろに束ねていた。

 女性だろうかとシグルは思ったが、太陽による逆光のせいで細かい容姿を判別することができない。


 突然仲間が次々と屍に変わっていく中、恐慌状態に陥った男たちは、どこに逃げればよいかもわからず、悲鳴を上げながら蜘蛛の子の様に放射状に走り出した。

 その間にも男たちは次々と頭から大量の血と脳漿をまき散らしながら倒れていく。


「な、何が起こって……」


 シグルは目の前で起こっている光景に頭が追い付かず茫然と眺めているしかなかった。

 シグルの背後にいた二人も何が起こっているのかわからず、ただ蹲っていた。


 そして二十人以上いた盗賊が全員倒れ、静寂が場を満たしたとき、崖の上にいた何者かが飛び下りてふわりと着地すると、シグルたちの下へと歩き出した。

 シグルは震える両手に力を入れ、刃こぼれした剣を構えた。土と泥で汚れた顔に一筋の汗が伝っていく。


「――いやー、危ないところだったね、お兄」

「は……?」


 突如聞こえてきた場違いな程明るい声音を聞いて、シグルは思わず間抜けた声を出してしまった。

 人影は徐々に近づき、その容姿が見えてきた。

 小柄な体を着丈の長い真っ黒の革製の上着と短いスカートで包み、両手には銀色に輝く直角に角張った物体を手にしている。

 銀色の筒の先に空いた穴から小さな煙が出ている。

 シグルは夢を見ているのではと疑うほど、自分の目が映している人間に対し、激しい動揺を隠し切れずにいた。


「嘘、だろ? 何でお前、ここに……」


 それもそのはずである。小さな体躯に後ろに束ねた桜色の髪、ぱっちりとした双眸、無邪気さをそのまま張り付けたかのような幼い顔。


 それは間違いなく、シグルの妹、リリィ・アトラスであった。

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