第7話 青年、盗賊と戦う
ローグの指示を受けてから一週間後、シグルとロキ、ジャンヌの共和国への旅路が続いていた。
すでに大分北上したようで、山道も少し肌寒くなっている。
「本当にあの時はごめんね」
「ホントだよ。まさかあんなところに隠れてるだなんて思いもしないわ」
シグルは今思い出しても冷や汗が出るのを感じ、ため息交じりに言った。
謝罪の主は、ロキでもジャンヌでもない。シグルとロキの幼馴染である少女、ミィハ・フロストだった。
事が起こったのは国を出発した初日、野営の準備をしようと思い荷箱を開けると、そこに丸くなって息を顰めたミィハが収まっていたのだ。
「あのお前に限って見送りに来ないってのは変だと思ってたんだよ」
「随分と大胆なことをするのね。見た目は大人しそうなのに。逆に関心しちゃったわ」
ロキとジャンヌも当時の事を思い出して苦笑いを浮かべた。
「だって、二人が遠いところに行くって知ったら、居ても立ってもいられなくなっちゃったんだもの」
「そう思っても普通のヤツはあんな事しないけどな」
ミィハの過度な心配性が見事にその価値を発揮した瞬間であった。
今思うと、いつもやたらと構ってくる彼女が事前にシグル達が遠くに出かける事を知れば何もしないはずがない。
この点を知っていながら何も注意を払わなかった自分の責任ではないかとシグルは考えていた。
「そ、それより、みんなお腹空いてない?よければ何か作るわよ?」
気まずい雰囲気を紛らわそうとしたのか、ミィハがパンと手を叩いて言った。
「そうね、そろそろ日も暮れてきたし、野営の準備を――」
「どうした、ジャンヌ?」
突然言葉を切って周囲を見渡し始めたジャンヌを見てシグルは首を傾げた。
「しっ。ちょっと、なんか聞こえない?鉄が当たる音っていうか……」
シグル、ミィハ、ロキの三人は周囲の音に耳を傾けた。
聞こえるのは風によって木々の葉が擦れる音ぐらいのものだが、ジャンヌは明らかに違和感を抱いているのか、険しい表情を浮かべている。
「ちょっとわからないな。ロキとミィハは?」
「聞こえねえな」
「私もちょっと……」
「私の気のせいだったのかしら……」
「もう少し進んでみるか?」
「そうね」
シグルの提案にジャンヌは首肯し、四人はさらに山道を歩き進めた。
そして木々の密度が減り、徐々に夕日の陽光が四人の体を照らし始め、開けた小道に出た。
それと同時に、ジャンヌが言っていた、鉄同士が当たるような甲高い音が小さいながらも響いていることに全員が気付いた。
「この音、どこからだ⁉」
「確かに聞こえるな。この音、剣か?」
シグルとロキは周囲を見ながら音の出どころを探した。
「みんな! あれ見て‼」
『⁉』
切り立った崖の前にいたミィハが緊迫に満ちた声を三人に掛け、シグルたちはミィハの下へと駆け寄り、ミィハの指さしている先に目を向けた。
茂みの向こうにある崖の下の広い谷間に三、四十人程の男たちが剣や槍などの武器を持って二人の人間を取り囲んでいた。
ローブを深く被っているので性別は判らないが、片方が剣を構えて、小柄な片方を背後にかばうようにして立っている。
しかし、すでに背後は岩壁になっており、逃げ場はなく、いずれ最悪の事態になることは明白であった。
「ねえ、シグル。あの時の力、また使える?」
「えっ……」
シグルはジャンヌの問いに思わず言葉を詰まらせた。
先の戦ではシグルの意図することなく発現した力であり、再び自身の意思で使えるか全く分からないのである。
「ごめん、正直わからない。でも……」
シグルは不安に駆られながら囲まれている二人の姿を見つめた。
この状況でいいえできませんなどと答えて放っておくことはできない。
何より、シグルは大人数で取り囲んでいるあの男たちが無性に気に食わなかった。
「放っておくなんてできない、だろ?」
「ああ」
シグルの顔を見ていたロキが笑みを浮かべて言い、シグルは強く首を縦に振った。
「その様子なら大丈夫ね。アンタならやれるわ」
「あ、あの、私は……」
三人のやり取りを見ていたミィハは、不安と恐怖を抑え込もうするかのように服の裾をギュッと掴みながらジャンヌに問うと、ジャンヌは微かに笑みを浮かべた。
「ありがとう。じゃあミィハはそこで馬と荷物を見ていてくれるかしら。できればロキのサポートをしてあげて」
「う、うん!」
ジャンヌの指示に、ミィハは首肯して力強く返事をした。
「準備はいい、シグル?」
「ああ、やってやるさ」
「じゃあ、行くわよ!」
ジャンヌは剣を抜いて勢いよく崖を駆け下り、シグルも内に沸いた不安を振り払うように剣を抜き放ち地面を蹴った。
「もう詰みだぜ? お二人さんよぉ」
ローブで姿と顔を隠した二人はすでに総勢四十人もの盗賊の集団に取り囲まれている。囲まれたうちの一人は剣を構えて小柄なもう一人を背後に庇っている。
「貴様ら、このお方に対する数々の狼藉、恥ずかしくないのか!」
「おいおい、そんな言い方はないだろう。ただ大人しく付いてくれば良いのに、あんたが俺らの身内を斬り殺すから仕方なくこんなことになってるんだろうが」
怒りの声に大柄な禿頭の盗賊が大きく反った剣を肩に乗せて笑いながら答えた。
「細かい事情も話さず一方的な上、貴様ら下賤の輩などに喜んで付いていく者がいるとでも思っているのか! 恥を知れ!」
「しょうがねえなあ。じゃあ少し痛い目を見てでも付いてきてもらうぜ!」
盗賊の男はため息を吐きながら剣を振り下ろそうと腕を高く上げた。
「ぎゃっ‼」
『⁉』
突如男の背後で悲鳴が聞こえ、その場にいた全員が振り返った。
悲鳴を上げた盗賊の一人が胸から大量の血を流しながら白銀の剣を生やして白目を剥いていた。
男が倒れ伏したその後ろには血の付いた剣を提げながら、思わず後ずさる程の殺気を放つ女兵士、ジャンヌ・オステローデと、同じく剣を構えている青年、シグル・アトラスが立っていた。
「てめえら、何者だ⁉」
「あんたらクズに名乗るわけないでしょ」
盗賊の一人が声を荒げて問うたが、ジャンヌは怒りに満ちた視線を向け、地の底から響くような低い声で言った。
殺気が辺りに満ちる中、先ほどの禿頭の男が前に出てきて二人を見て鼻を鳴らして小さく笑いながら言った。
「明らかにまだガキのくせに随分と肝が据わってるこった。いいねえ嫌いじゃないぜ?特に女のクセに威勢がいいのはよお」
「へえ……」
「ひっ……⁉」
男から返事が返ってきた瞬間、ジャンヌから放たれている殺気が一気に膨れ上がり、盗賊の数人が小さく悲鳴を上げた。
禿頭の男も思わず半歩足を引いた。そしてジャンヌは静かに凄絶な微笑を男に向けた。
「こんな女ひとりに殺されるような雑魚の寄せ集めで粋がってるアンタに言われると失笑しか出てこないわね」
「ちっ。もういい、やれ」
頭に血管を浮かべた男の指示で周りの盗賊たちが剣を持って斬りかかってきた。
「シグルはあの二人を!」
「あ、ああ!」
ジャンヌの指示にシグルは首肯し、囲まれていた二人の下へと走った。
その先で五人の盗賊が雄叫びを挙げながら斬撃を浴びせてくる。だがシグルもすでに一人の兵士。
決して秀でているわけではないが、屈強な帝国兵士たちと共に鍛えた剣の技術はしっかりと活かされていた。
荒々しい剣戟を受け、隙をついて次々と盗賊を斬り倒していく。
「大丈夫ですか⁉」
「あ、ああ。君たちは一体……」
シグルは深くフードを被った二人の下へと駆け寄り声をかけた。
剣を持っている一人が突然現れた二人の若者に対し驚きながらも首を盾に振って答えた。
後ろにいるもう一人の小柄な方は震えており、明らかに怯えている。
「ここは俺たちに任せてください」
「何を言っているんだ! この数だぞ⁉」
「でもこのままじゃどうなるかわかってるでしょ⁉ 何とかして逃げないと!」
「しかし……!」
シグルも当然無謀なことだということは百も承知である。
ジャンヌは驚異的な戦闘センスを発揮して獅子奮迅の活躍を見せ、崖の上からはロキが矢を放って援護をしているが完全に多勢に無勢である。
いずれはこちらが先に力尽きてしまう。
(あの時の力を使えれば……!)
シグルは必死に戦の際に脳裏に浮かんだ光景を思い出しながら意識を集中させる。
「〈討滅神器零番〉
シグルが叫ぶと右目と頬が灼熱感に襲われ、シグルの右の瞳が青白く光りを灯したと同時に、稲妻のような模様の青白い筋が右の頬にかけて走った。
焼けるような感覚を訴える顔に手を当て、あの時の力が確かに現れたことを感じたシグルは、剣を地面に突き刺した。
すると青白く光る円形の紋様がシグルたちと十人ほどの盗賊たちの足元に広がった。
「な、何だこれは⁉」
「……⁉」
盗賊たちは突然起こった現象に驚き、シグルの後ろにいる二人は息を呑んだ。
シグルの姿が盗賊たちの視界から一瞬で消え、ある者は首を、剣を握る手を斬り飛ばされ、またある者は首に細い風穴を開けながら地面に倒れ伏した。
そして死体の切断面や傷口から青白い炎が現れ、全身を包み込みながら灰へと変えていった。
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