第6話 青年、外国に行く

 戦からおよそ一か月後、怪我が大方癒えたシグルとロキ、そしてジャンヌの三人は大きな扉の前に立っていた。

「一体俺らに何の用だろうな。何か悪い事したかね」

「問題児の発想ね、それ」

「俺も心当たりないな」


 ロキの言葉にジャンヌはため息を吐いた。

 シグルも自分がこのようなところに呼び出される理由が思い浮かばない。


「まあとにかく入ってみようぜ。シグル、ノック」

「何で俺なんだよ、ったく」


 シグルはぶつぶつ言いながら、ドアを三回叩いた。


「失礼します!」

「入り給え」


 野太い男の返事を聞き、シグルは両開きのドアをゆっくりと開けた。

 そこには、見上げるほどの大男、帝国軍第三軍団長のローグ・エイジスが窓の外を眺めていた。


「よく来てくれた。さあ、掛けたまえ」

「は、はい」


 ローグが応接用のソファに三人を促し、シグル達は大人しく腰を掛けた。

 そしてローグも対面のソファに腰を沈めた。


『……!』


 三人は改めて目の前の男の威容に息を飲んだ。

 帝国の軍を束ねる大幹部の一人、先の戦いでは獅子奮迅の活躍を敵味方に見せつけた、紛れもない猛者である。


「此度の戦は凄惨なものだった。部下を多く死なせてしまった者として責任を痛感している。その上で、よく生き残ってくれた。感謝する」

「ちょ、止めてください!」


 突然ローグが頭を下げたのを見たシグル達は驚き、ジャンヌが慌てて制止の言葉を投げた。


「あれは言い訳になるが、完全に予想外だった。まさか我が国以外に、人知では説明できない兵器が存在していたとは。もっと事前に情報を得ることができていればあれほどの犠牲を生まずに済んだものを」

「あれはもう仕方ないっすよ。あんな霧の濃い中で情報を取ってくるのだって難しかったでしょう」


 ローグの弁解をロキが擁護すると、ローグはふっと自嘲にも似た笑みを浮かべた。


「ありがとう。それゆえに、君たちが今生き残ってここにいることがどれだけ我々にとって貴重かという事を実感させられるのだ。そこで、本題に入らせてもらいたい」

「……」


 ローグの話題転換に、シグルは何を今度は命令されるのか、緊張の面持ちをしながら唾を飲み込んだ。


「君たちをここに呼んだ理由を説明する前に、一つ伝えたいことがある」

「それは?」


 ジャンヌが次を促すと、ローグは「うむ」と頷き、再び口を開いた。


「此度の公国の行動を憂慮したいくつかの隣国が同盟の打診を出してくれてね。我が国がそれを受諾した直後だった。同盟国の一つであるゴストール王国との連絡が一切つかなくなってしまったのだ」

「公国に攻め落とされた、とか?」

「それは考えにくい。地理的に王国に向かうには我が国を通らなければならないからだ。敵が空でも飛べない限り、それはあり得ない」

「それじゃあ、何で」


 ローグの否定にシグルが問いを発すると、ローグはシグルの方を見た。


「それがわからないから、これから調査に向かいたいと思っているのだ。そこで、君たち三人に白羽の矢が立った」

『え……?』


 シグルとロキ、ジャンヌは揃ってぽかんと口を小さく開けた。


「君たちがそのような反応をするのも当然だな。しかし、おかしな話だが、私もその理由を説明することができないのだ」

「え、どういうことですか?」


 ローグの答えの意味を測りかねたジャンヌが声を上げた。


「実はこの調査にはもう一つの同盟国である、ヴィングスコルニル共和国も関わっていてね。共同で行うことになっているんだ。そんな中、かの国から君たち三人を使者として派遣するよう要請があったのだ」

『んん……?』


 ローグの答えに三人はさらに理解ができずに困惑し、揃って首を傾げた。


「むしろ私の方が君たちに問いたい。君たちはかの国の関係者と知り合いなのかね?」

『いえ』


 シグル達にそのような知り合いなどいるはずもなく、再び揃って首を横に振った。


「そうか。どちらにせよ、同盟国の元首の名で来ている以上断るわけにもいかない。どうか君たちには向かってほしいと思っているのだが、どうだろうか」

「どう、といわれても……」


 シグルはどのように答えればよいかわからず言葉に詰まった。

 いきなり徴兵されて死にかけたと思えば今度は外国に行けという。


「もちろん急な話で戸惑っているのも分かる。しかし、私は行くことを勧めたい。特にシグル・アトラス、君に関してはね」

「え……?」

「私は目にしたのだ。あの地獄のような戦いの中、君が謎の力を振るっていたところを」

「……っ!」


 ローグの言葉を聞いた瞬間、シグルの体が凍らされたかのように固まった。


「あれは一体なんだったのか、そもそも君は何者なのか、尋ねたいことは山ほどあるが、これは君のセリフかな」

「あ、あれは……」


 あの時、突如自らの体から現れた謎の力、あれが一体何かなどと言われても全く分からない。シグルが未だに頭から離れない、最も困惑している事だからだ。


「悪い、シグル。今まで言わなかったけど、俺も見てた」

「ごめん、私も」

「う……」


 ロキとジャンヌの告白にもシグルは驚きと困惑を隠すことができない。

 この世にあるはずのない謎の力、これが一体何なのか、説明できる者など誰もいるまい。


「我が国の神具、公国の化け物、そして君の謎の力、この世界にはまだ私たちの理解できない何かが多くあるのかもしれないな。さて、これに関連する話だが、まだ一部の者しか知らないが、ある噂が流れていてね」


「噂……?」

「先ほど私が言った国、ヴィングスコルニル共和国の存在は知っているかね?」

「まあ、地図でちらっと見たことはありますけど」


 シグルが短く答えると、ローグは首を縦に振って頷いた。


「あの国はおよそ五年前に建国されたばかりなんだ。軍隊を持たず、一方で金鉱などの莫大な財産を有しているのは有名な話だが、噂の肝はここからだ。あの国には軍隊がない代わりに、八人の戦士がいると言われている」

「八人の、戦士……?」


 ローグの話に今度はジャンヌが相槌を打った。


「彼らは我が国の神具と同じように、謎の力を持っていて、その強さは一人で国一つを滅ぼすことができると言われている」

「何すかそれ。どっかの安いおとぎ話みたいな」


 ロキは鼻で笑いながら、噂の内容を面白半分に受け止めていた。


「確かに眉唾だろう。私も正直見たこともないし信じてもいない。だが共和国が建国されたばかりの頃、あの公国が領土を奪われたと言って大軍を率いて攻め入ったそうだ。どうなったと思う?」

「莫大な財産って言うなら、金を出したとか?」

「外交で話し合って解決した?」


 ロキとジャンヌがそれぞれ回答を出したが、ローグはゆるゆると首を横に振った。


「綺麗さっぱり消えて無くなっていたそうだ。万の軍勢が、誰一人として生きて帰ることがなかったと言われている」

『……⁉』 


 予想外の答えにシグル達三人は言葉を失った。

 当然そのような事、軍隊を持たない国がどのように成し得ることができるのか。


「もちろん、これは先ほど言った通りあくまで噂だ。信じる必要はない。しかし、もしそれが本当だったら、君の力の事を何か知っているかもしれない」

「いや、それはちょっと言い過ぎじゃ――」

「君は、自分の力の事をどう思っている?」


 シグルの言葉を半ば遮ったローグの目には、猛禽類のような鋭さと、真剣さが宿っていた。それを感じ取ったシグルはしばらく答えを考えながら間を取った。


「……正直、訳わからないし、気持ち悪いです。何というか……」

「もし、彼らが何か知っていて、それを取り除くことができるとしたら、君にとって行く価値が少しはあるのではないかね?」

「……」


 確かに、あの妙な力が出てきてから数日は、鉛を流されたのではないかというほど体が重く、倦怠感が続いていた。

 あのような事が何度も続かれては困るし、体に悪い方向で異変が起きているのなら何とかして取り除きたい。

 そう思っていた時だった。


「まあ、いいじゃねえか。何かちょっとした旅行みたいで面白そうじゃねえか」

「なっ、お前何気楽に――」

「そうよ。ロキみたいに軽い事は言わないけど、そのまま放っておいたってアンタの言う通り気持ち悪いだけじゃない?」

「ジャンヌまで……」


 ロキとジャンヌにまで背中を押されてしまっては、もはや独りで断れる雰囲気ではない。


(まあ、この二人とだったら何とかなるか……)


 シグルは短くそう考えると顔を上げてローグの顔を見た。


「わかりました。とりあえず行ってきます」

「よく言ってくれた。それではよろしく頼む」

『はっ』


 シグル達は揃って敬礼をローグに向け、ローグも敬礼をして返した。


         ◇


「返り討ちにあったってなァ」

「そんなことはないさ。人間以上神具以下、想像通りさ」


 ゴストール王国玉座の間。そこに二人の青年がいた。

 周囲には侍女おろか衛兵すらおらず、しんと静まり返っている。異様な状況だ。


「そんで、アイツは?」

「それも想像通り、やっぱり帝国に隠れてたよ。徴兵させて正解だったね。見事に炙り出せたよ」

「あの女がこの世界にいる以上どこかにいるとは思ってたが、案外近いところにいたじゃねえか」


 短い茶髪の青年が似合わない玉座にどっかりと座り、眼鏡をかけた青年は窓から外の景色を覗き込んだ。


「で、これからどおすんだァ?」

「もちろんせっかくここをお借りしたんだ。上手く来てもらって、そこからは君の仕事だ」

「俺に交渉しろってかァ?ガラじゃねえんだけどなァ」

「君が会いたいって言ったんじゃないか。それに、君の力ならもしもの時に有効だろ?」

「まァ、そうだけどよお」


 そう言った青年は大きく欠伸をすると脚を組んで頬杖をついた。


「早く来てくれねえと、いい加減だるくなってきたぜ。こう何日もいるとよお」

「そろそろ彼が帝国から共和国に向かう頃だから、もう少し王様気分でも味わってたら?」

「もう飽きたぜ」


 茶髪の青年はそう言うと、再び退屈そうに大きな欠伸をした。

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