第11話 青年、超長身の美女に出会う

「リリィちゃん、知り合い?」

「知り合いも何もあいつは――」

「お前らが帝国からの特使ってやつかぁ⁉」


 ミィハの問いにリリィが答え終わる前に、女性が荒い口調で言いながら近づいてきた。


『⁉』


 息を呑んだシグルたちの目の前に立ったのは非常に背の高い女性であった。

 ロキ程ではないが帝国では比較的長身の部類に入るシグルより頭一つ程高い。

 身なりは真っ黒に統一され、細い脚の線がくっきりと出るようなパンツと膝まであるブーツを履いており、上はリリィと同じ着丈の長い黒い上着を纏っている。

 腰の下まで伸びた橙色の長髪を後ろに束ね、非常に美しく整った顔には悪戯好きの子供のような笑みを浮かべている。


「よおリリィ! 相変わらずちんちくりんだなあ。ちゃんとメシ食ってっかあ⁉」

「うっさい触るな。ていうかリリィの前でその脂肪の塊ぶら下げんのやめろ」

「ウホホすっげえ……‼」


 ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしられたリリィが苛立っているとき、ロキは女の胸元から覗いている肌色の非常に大きな谷間を緩みきった表情で凝視していた。


「それより、姐さんからは極秘の任務とか聞いてたが、随分と大所帯じゃねえか」

「リリィに言わないでよ。ほんとは三人だけだったけど途中で増えたのよ」

「ふーん」


 女が鼻で返事をしながらリリィから視線を移したとき、シグルと目が合った。


「……え?」


 シグルは女がじっと自分を見つめていることに気付き、声を漏らした。

 すると女がおもむろにシグルの前まで歩み寄ってきた。

 シグルは初めて見る自分より背が高い女性の威圧感に圧されて思わす半歩後ずさった。


「お前、シグル・アトラスだな?」

「え、あ、はい」


 軽く仰け反りながらシグルは困惑し歯切れの悪い返事をした。任務のことを知っているということは、この国で重要な地位にいる者という可能性が高い。

 しかし、シグルたちは帝国から派遣されてきた特使であり、外交活動をしているとも言える。

 ここで舐められてはいけないとシグルは十六歳の若者なりに気合いを入れてどのように振る舞うべきか必死に思案を巡らせた。


「お、お名前を知っていただき光栄です! この度は――」

「そうかそうかあ!」

「うむぐっ⁉」


 シグルが挨拶の言葉を言おうとした瞬間に女がシグルを力強く抱きしめた。

 シグルの顔が女の豊満な胸に埋まり、ミィハは目を点にし、レインは見てはいけませんとばかりにフレイヤの目を手で覆い隠している。


「いやあ待ちくたびれた! ずっと会うのを楽しみにしてたんだぜ、全くよお!」

「むぐう⁉ ごももお!」

「ちょっと、こっちは急いでんのよ! 名乗るならさっさとやって帰れ!」

「おお、そういやそうだったな」


 リリィがボサボサになった髪を手で直しながら不機嫌そうに言った。

 女はシグルを抱きしめたまま驚きの表情で固まったままの一行に向き直った。

 シグルは呼吸ができずに手をバタバタと振って逃れようとするが、ビクともせずに難航している。


「自己紹介が遅れたな。アタシはジュリア・イクリプス。〈第四位階闘将〉なんて変な肩書き付いてっけど気楽に話してくれな!」

「こんにちは。初めまして、イクリプス闘将」


 ジャンヌが前に出てシグルを胸に抱いたままのジュリアに話しかけた。

 隣にロキが並んだが何故か黙ったままだ。


「ジュリアでいいぜ! お前らも帝国の特使か?」

「はい。私はジャンヌ・オステローデと言います。こっちはロキ・イングスです」

「ぐぬうううう……!」


 ジャンヌとジュリアの会話など一切聞かずにロキは嫉妬と悔しさ(羨ましさ)に顔を歪めながらジュリアの胸に顔を埋めたままのシグルを睨みつけている。


「遠いところからよく来てくれたな。これから一緒に戦う仲間だ。仲良くしようぜ!」


 ジュリアは笑みを浮かべて敬礼をしているジャンヌに言うと、ようやくシグルを解放し、踵を返して去って行った。


「ぶはあっ! し、死ぬかと思った……」

「死ねばよかったのにな。内側から爆ぜて」

「なんでだよ!」


 ロキが無表情のままシグルに対して呪詛を吐いた。

 だがシグルはそんなロキの気持ちなど一切知る由もない。

 実際シグルは呼吸困難で顔色も少し悪くなっていた。


「みなさん好きなお部屋を選んでください。お一人につき一部屋ありますので」


イツキの案内に頷きながら、シグルたちはそれぞれ部屋に入っていった。


          ◇


「ライラ様、準備はよろしいでしょうか」


「ええ、いつでも大丈夫よ」


 ヴィングスコルニル共和国のとある一室、そこには多くの豪奢なドレスがハンガーに掛けられている。

 白や緑などが組み合わさった鮮やか色の衣装が並んでいるが、全体的には黒を基調としたものが多い。


 部屋の中にある更衣室のカーテンの向こうでは、ヴィングスコルニル共和国代表、ライラ・ブリュンヒルデが黒一色の長いドレスを纏いながら椅子に腰かけていた。

 声を掛けたのは長い白銀の髪と細い目が特徴的な長身の男、共和国〈第二位階闘将〉、ダリス・オルフェウズである。


「すでに帝国の特使が到着し、イツキが部屋で休息を取らせているそうです」

「そう。かなり大変な道中でしたものね。もう少し時間をずらした方がいいかしら」

「いえ、彼らには悪いですが、今後の準備がありますので早めに済ませた方がよいかと」

「仕方ありませんか……」


 ダリスの返答を聞いたライラは少し残念そうに言った。


「姐さん、準備いいかあ⁉ アイツらもう来てるぜ!」


 突如部屋のドアが大きな音を立てて開き、ジュリアが声を張り上げながら入ってきた。


「貴様、もう少し場を弁えろ。ライラ様のお体に障るだろうが」

「チッ、何でてめえがここにいんだよ。あれか? 大好きなご主人の着替えを覗きに来たってか? このムッツリ野郎が」

「――あらあら、こんなところでケンカは駄目よ?」


 二人が睨み合っていると、涼しく透き通るような声と共に一人の女性が入ってきた。


「その声は、フリッグ?」

「はい、ライラ様。お体の調子はいかがですか?」


 ライラの問いに答えたのは、金色の癖のある髪を膝下まで伸ばし、白と翠玉色を組み合わせた鮮やかなドレスを纏った柔和な微笑を浮かべている長身の女性、共和国〈第一位階闘将〉、フリッグ・エレミヤであった。


「不思議ね。今日は今までで一番良いの。今すぐ駆けて会いに行きたいくらいだわ」


フリッグの問いにライラは弾む声で嬉しそうに言った。


「お気持ちは分かりますが、くれぐれも無理はなさらないでくださいね。急に倒れられたら彼らもびっくりするでしょうから」

「ふふっ、善処するわ」

「――あのさ」


 フリッグとライラはお互いに小さく笑い合った。

 そこに憮然とした顔をしたジュリアが会話に割り込んできた。


「姐さん、アタシはやっぱりわからねえ。この後の事、本当にこれでいいのかよ」


ジュリアが先ほどとは打って変わって悲痛な面持ちで絞り出すように言った。


「私だけじゃなくて彼らのことまで考えてくれていることはよくわかるわ。でも――」

「だからこそだろ⁉ やっと会えるんじゃねえか!それなのに……」

「ジュリア、私はもう覚悟はできているの。この命を使い果たしても目的を果たすと。そのためならどんなに辛い事も受け入れられる」

「このまま、あいつは何も知らない方がいいってのか……」


カーテンの向こうからは悲しみではなく、決意に満ちた力強い声が聞こえてきた。

 ジュリアは固く拳を握ったままライラを見つめながら黙っている。


「あの子には、彼らには、普通の人生を送ってほしいだけなの。ここから先は私たちの仕事よ。もしあの子が記憶を取り戻せば、あの子はずっと苦しい思いをする」


 そういうとライラはすっと立ち上がった。準備が終わり、侍女がカーテンを開け、黒のドレスを纏ったライラがゆっくりと更衣室から出てきた。


「さあ、行きましょう。使者の方々をお待たせしては申し訳ないわ」

「「はっ」」


 ライラの言葉にダリスとフリッグは揃って頭を下げて礼をした。

 ジュリアは唇を噛みながらライラの後に続き、部屋を後にした。

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