第5話

 わしが子ども頃、浜辺で旅人と出会うてな。その時聞いた話をお前さんにしよう。旅人さまは随分、細っこくて華奢な体をされておったが、それはそれは長いこと、遠くを旅しておったそうな。


 ある日旅人さまは、遠い海で鯨に出くわしたんだと。白鯨を知っておるかい?そう、人を呑むのが白鯨。大きな白鯨だったそうな。旅人さまの言う話では、多くの人を呑んできた白鯨は、人の言葉を話すらしい。もっと沢山人を呑めば、人間に姿を変えて、陸を歩くそうな。


 旅人さまは白鯨と話をしたらしい。驚いたことに白鯨は本当に人語を語るんだと。大きな白鯨は人を呑むのに飽いたと語った。人を呑むと、呑んだ者の記憶が馳せてきて、段々罪に思えてきて、恐ろしく、切のうなったらしい。旅人さまはその話に、真剣に耳を貸した。白鯨もそれを気に入ったらしく、陸まで旅人さまに着いてきた。鯨は女の姿をしておったんだと。


 陸で生活するうちに、お二人は次第に想い合うようになったそう。白鯨の女は、本当に旅人さまと一緒に居ようと思った。


 だが後ろめたい、沢山人を殺してきた女だえ。心のある白鯨は、罪滅ぼしに海へ戻ると言いだした。とんと長い間、海で人を喰わずに居られたら、いつか戻って来ると、旅人さまと約束して、女の白鯨は海へ還って行ったそうな。


 ずっと昔の話よ。旅人さまは、とっくに亡くなっとるんだが、やぁ、来るのが遅かった。お前さん、その鯨じゃあないのかい?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

色んなワンシーンへぶっ飛び旅行 詠三日 海座 @Suirigu-u

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ