第22話 買い物事件




「せっかくだし、お米だけじゃなくてデザートも買っちゃおうよ!」


「あぁ、そうだな」


 以前玲奈と来たショッピングモール…と言ってもここにショッピングモールは一つしかないのだが、そこに美優紀とやってきた。

 目的は米を買う。それだけのはずだった。


 いつの間にか俺達は色んな売り場を見てまわり、カゴに商品を溢れさせていた。


「買い物楽しいーっ」


 美優紀にねだられるとつい買ってあげたくなってしまう。

 西深さんから渡された予算をゆうに越えているであろう食べ物達を見て苦笑いする。


「はるとー、私ケーキも食べたい…」


「………!」


 美優紀の上目遣いと財布の中身を交互に見る。

 これ以上は今月俺自身の生活費がヤバい。

 …美優紀の目がどんどん切なくなっている。


「…ごめん。こんなにおねだりしてたら遙斗も困るよね…」


 申し訳無さそうに目を伏せる。

 く…、俺がこういうのに弱いの分かっててやってるのか…?

 だが、財布がピンチなのもまた事実だ。


「…分かった!してほしいことしてやるから今日は勘弁してくれ!すまん!」


「ホントに?」


 俯いた美優紀の目がキラッと光った。

 しまった、と思った時にはもう遅かった。


「じゃあ…手を──」


 美優紀の頼み事が聞こえたか聞こえてないか、という時だった。

 広場の近くで大きな音が聞こえた。


 爆発───?


「美優紀…ここは危険───ぐっ!?」


 後頭部に鈍痛が走る。

 吸血鬼でなかったら倒れているだろう。

 痛みをこらえ美優紀の安全を確かめようと振り返る。


「お前…こいつに死なれたくなかったらおとなしくしてろよ」


 男が美優紀を羽交い締めにして銃をこめかみに突きつけていた。

 俺も美優紀も吸血していない今ではあまり下手に抵抗できない。

 こんなことをするのはだいたい決まって…吸血鬼なのだ。


「く…!」


「私は…大丈夫だから…!」


 男が美優紀を連れたまま広場の方へ歩いていく。

 俺は動けない。

 悔しかった。


「こいつの命が惜しけりゃありったけの金を用意しろぉ!」


 広場に出た男が叫んでいるのが聞こえた。

 爆発で騒ぎを起こし、人質をとり、金を要求する。

 非常に安易な計画だ。

 そんなのを実際に行動に起こせばすぐ捕まるのは目に見えている。

 それでも実行したということは…余程のバカか確実に成し遂げられる何かしらの確信を得ている──つまり組織的犯行、もしくは精神錯乱状態かのどれかだ。


 男がこちらを見ていない隙に携帯を取り出す。


 《夜来か》


「はい…商業区にて爆発が発生、人質をとられ金を要求されています」


 《先程同じ内容の通報があり、既に局員を向かわせた。…追加しておきたい情報はあるか》


「……俺の推測ではヤツは中毒者です」


 《…やはりお前もそう思うか》


「とりあえず今は切ります。今度ゆっくり話しましょう」


 《あぁ…そっちは任せたぞ》


 よし…あとはどうにか男の思い通りに事が運ばないようにするだけだ。

 広場に出ると立ちすくんだ通行人と警備員の中心に美優紀を抱えた男が立っていた。

 その目の前に大きなキャリーケースのような物が次々と並べられていく。


 それを満足そうにながめる男の視線を避け、少しずつ背後にまわっていく。


「公安局です!速やかに人質から手を放しなさい!さもなければ発砲します!」


 聞いたことのある声だ。

 広場の中心で男と対峙する小さな人影。

 千賀さんだ。

 少し改造してあるリボルバー式の拳銃を構えている。

 俺と千賀さんの視線が一瞬交わる。

 目だけで互いに頷く。


「逃げようとしているのなら無駄です!既にこれほどの大衆に見られ───」


 意図はちゃんと伝わったみたいだ。

 俺が背後から近付く隙を作るために千賀さんが注意を引く。

 そして俺が…


「美優紀を放せ!」


 男の右手をグッと引っ張り照準を美優紀から少しずらす。

 ずらした瞬間、遅れて追いついた男の反応によって軽い発砲音が響く。

 …いや、発砲音は一つではない。


 千賀さんの拳銃からも硝煙が上がり、男の眉間に針が刺さっている。

 直後、ドサッと大きな音を立てて男が倒れた。

 公安局員は緊急時以外は基本的に吸血鬼用と人間用の麻酔銃を使う。

 今回も吸血鬼用の麻酔弾が効いたということだ。


 俺は一秒足らずで男の手から自由になった美優紀を今度は俺の手で抱きしめた。


「ごめん、美優紀…すぐに助けられなくて」


「ありがと……へへ、してほしいことしてもらっちゃった」


 少し声も体も震えている。

 怖い思い、させちゃったな…。

 千賀さんが来てくれなかったら何もできなかった。

 お礼を言う暇も無く帰ってしまったみたいで今は工作班の人しか残っていない。


「こんなことなら、さっきちゃんとしとけば良かった……」


 耳元でボソッと呟いた声がした。


「ん?どうした?」


 少し腕の力を緩めて美優紀を真正面に見据える。

 恐怖からの解放の影響か、少し目が潤んでいる。

 心なしか頬も桜色になっているように見える。


「………キス」


「えっ…?」


「さっきは冗談に乗った感じだったけど…今度は本気、だよ…?」


 またあの、おねだりする表情だ。

 だが…こればっかりは簡単に俺の判断だけで決めていい問題じゃない。

 そこで、フッと気がついた。


「美優紀………待て、ここ…広場の中心だ」


「あっ…」


 銃撃戦の後に抱き合った俺達を中心にちょっとした人だかりができていた。

 苦笑いして顔を見合わせる。

 俺達は小走りで逃げ出した。










 寮の近くまで走り、ようやく息をついた。


「思い返したらすっげえ恥ずかしいことしてたな…」


「私はスッゴいドキッてしたけどなー」


 またにへーっと笑う。

 今日1日だけで美優紀との距離がかなり縮まった気がする。


「とりあえず今は…これで満足しててあげようかな…」


 美優紀が腕をあげる──と、俺の腕も持ち上がった。

 逃げるときに思わず繋いでしまったらしい。


「そもそも私達って何で外に出たんだっけ…?」


「………あっ」






「お米、忘れた……」



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裏に染まる紅 @beninasu

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