第21話 謹慎期間

 



 俺は今寮にいる。

 休みの後は謹慎だそうだ。

 皆はもう学校に行ってしまい、1人で留守番をしている。


「んー、暇だ…」


 することは無い。

 ソファにのんびり横になる。

 暇+ソファ=睡眠という式はだいたいいつでも成り立つ。

 当たり前のように眠りの中に沈み込んでいった。

 だが、俺はこの時俺が1人になるわけが無いということを忘れていた。





 しばらくして。

 夢の世界から帰ってきてまぶたを開けようとした時、何かを感じた。

 温かい。

 温もりに包まれているような感覚。


「ん…?なんだ、これ…」


 半分寝ぼけたまま、それを掴む。

 柔らかく心地良い。


「んん…おはよう、はる…と…?」


 空蝉さんの声が頭上から聞こえた。

 …状況を整理してみよう。

 俺は寝ているけど何故か空蝉さんも隣で寝ている。

 そして空蝉さんの声は頭上からする。

 …ってことはこの柔らかい物は…。


「遙斗…意外とエッチなんだねぇ…?」


「い、いや、これは…その…」


 俺はとっさに胸から手を離し、曖昧に笑った。

 これは…ヤバい…!

 女の子にとってはかなりの辱めを受けた気分だろう。


「…もし、そのままでいいよって言ったらどうする?」


「えっ?」


「へへ、冗談」


 俺の反応を見てにへーっと笑う空蝉さん。

 空蝉さんはこういう冗談を真面目な顔で言うから困る。


「空蝉さん可愛いんだからそういう冗談対応困るって」


 距離が近すぎてもはや顔を見ようとすれば鼻先が触れそうだ。

 故に少し視線を逸らして会話している。

 別に照れたわけではない。多分。


「ってことは少しはその気があるんだぁー?」


「それは…ズルいだろ、そういう言い方」


「そーお?あと……」


 空蝉さんに顎を掴まれてムリヤリ目線を合わせられる。

 鼻先は微かに触れ、吐息を感じるくらいの距離だ。

 どぎまぎしないわけがない。


「美優紀って呼んでよ…」


「えっ…でも」


「ダメならみゆみゆね」


「分かったよ…」


 否が応でも緊張する。

 ソファで一緒に横になって向かい合うなんてこと恋人でも無い限り絶対にしないだろう。

 だが、どうやら緊張しているのは俺だけではないようだ。

 触れ合っている胸からは互いの鼓動がせわしなく響いている。

 目は潤んでいるし、喉が鳴る回数も多い。

 …ここは逆に…。


「美優紀」


「…!……はい…」


 できるだけ良い声で囁きかけた。

 美優紀の頬がポッと染まる。

 仕返ししてやりたい──そんな思いが頭をよぎった。


「もし、俺がキスしてやるって言ったらどうする?」


「えっ………そんな、急に…」


 みるみる赤くなる美優紀の様子を楽しんでいると、今度はまた俺がどぎまぎする番だった。

 あろうことか美優紀が目を閉じ、顎を少し上げたのだ。

 こんな表情を見せられて揺らがない男なんて男じゃないのではないかと思うくらい無防備でとても艶やかだった。

 思わず俺の手が美優紀の首の後ろにまわる。

 そっと俺の腰に手が添えられるのを感じた。

 本当に、するのか?俺───?


 そんな迷いとは裏腹に俺の唇はゆっくりと美優紀に吸い込まれていく。

 本当にしてしまう、その直前だった。


「ただいまですー!」


 玄関が開く音と元気の良い声が部屋に響く。

 互いにびくっ!としてしまった俺達は少し狙いが逸れてそれぞれの頬にキスをする結果になった。

 帰ってきた西深さんはソファで赤くなって座る俺達を不思議そうに見てからキッチンに入って行った。


「あ!お米切らしてるの忘れてました…」


「じゃあ俺が買いに行くよ!」


「じゃあ私が買いに行くよ!」


 俺が叫ぶのと同時に美優紀の声が聞こえた。

 気まずそうにこちらを見る美優紀。

 恐らく俺もそんな表情をしていると思われる。


「行って頂けるなら2人で行ってみたらどうですか?今日は空蝉さんが当番なんですし!」


 俺の退院条件、1人にならないこと、というのを守るためにこの寮のメンバーが日替わりで俺と一緒にいることになっている。

 その当番が今日は美優紀なのだ。

 だから謹慎の俺に付き合って学校まで休んでいる。


「い、行こっか…遙斗…」


「そう、だな……」


 俺達は何も事情を知らない西深さんに笑顔で見送られ、2人仲良く買い物をすることになってしまった。



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