さよなら風たちの日々 第4章-1 (連載6)

狩野晃翔《かのうこうしょう》

さよなら風たちの日々 第4章―1 (連載6)


             【1】


 六月になった。つかの間の初夏が過ぎて、季節は長い梅雨に入っていた。

 忘れかけていた悲しみをふと思い出しては、むせび泣くように降る雨。

 よそよそしいまでに心を閉ざし、いやなことをすべて押し流そうとでもするかのように、絶え間なく降る雨。

 ときおりその雨がやんでも、空は色をなくしたまま、そこに重苦しいグラデーションを広げるだけだった。

しかし風は着実に躍動する夏が、めくるめく季節が、もうそこまで来ていることを告げている。


 放課後、ヒロミはよく屋上から校庭を眺めていることがあった。

 手すりにもたれかかり、重ねた手の甲にあごをのせて、ぼんやりと校庭を眺めているのだ。

いったい何を見ているのだろうか。何を考えているのだろうか。

 あるとき屋上にひとりたたずんでいるヒロミに、ぼくは、校庭から手を振ったことがある。するとヒロミは少し驚いたような仕草を見せ、ややあってからためらい勝ちに小さく手を振り、それに応えたのだ。

 表情は見えない。しかしそのぎごちない仕草からでも、彼女が笑顔を見せていることは想像できる。

 それ以来ぼくとヒロミは放課後、屋上と校庭から手を振りあうことが習慣になっていたのだった。


              【2】


 七月に入ると間もなく、期末テストがあった。それが終わると待ちかねていたように梅雨が明け、それと前後して学校は長い夏休みに入る。

いつもなら楽しいはずの夏休み。山や海に出かけたり、そのためのアルバイトに精を出したり。

 しかし大学進学を目指す高校最後の一年は、その夏休みの過ごし方によってその後の進路に大きな影響をおよぼすことになる。 

 ぼくは予備校の夏期ゼミナールを受講した。しかしそれは夏休みの前半だけだった。後半に入るともう遊び気分がむらむらと湧いてきて、ぼくの高校生活最後の夏はそれで終わってしまったのだ。


 同級生に綿貫クンというオートバイ好きなやつがいた。

 ぼくは彼に誘われるまま、彼のオートバイのタンデムシートに乗って、山梨県の本栖湖まで走った。

 ぼくはそのとき、オートバイの姿、形、風を感じる爽快感に魅せられ、いつしかぼくもオートバイに乗りたいと思うようになったのだ。

 オートバイに乗りたい。運転したい。自由にオートバイを駆使して、自然を堪能したい。風を感じていたい。

そう思うと、もう勉強どころではない。

 明日こそ勉強しよう。明日こそ図書館に行こう、そして参考書を開こうと誓うのだが、気がつくと短い夏があっという間に終わり、学校では二学期が始まろうとしていた。




                            《この項 続きます》



 


 

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