放課後になると、みな、帰っていく。部活に行く。数十秒で、この教室にいるのは、黒木と、工藤だけになった。


「伊村、行っちゃったぞ」


 工藤は、伊村さんの机を、じっと、見ている。黒木は、嫌な気分になった。恋と変は、字が似ているだけある――そんな、ありきたりなことを思った。


「カバン、置いてあるだろ」

「おい、まさか」

「その、まさかだよ」

「直接、渡せよ。部活が終わってからでもさ」


 なぜか、工藤は、悲しい目をしていた。絶望の、三歩手前くらいの感情を、両眼に表している。


「いいよ。カバンに、いれるから」

「おい。いれる、なんて、やめろ。上に置くか、下にはさんだ方が、いい」

「だれかに、見つかったら、嫌なんだよ」

「そんなこと、心配するなって。不良軍団は、馬鹿騒ぎしに、どっかに、行ったんだから」


 工藤は、伊村さんのカバンを、いろんな角度から見ている。青春が、暴走しはじめている。


「そうだな……せめて、カバンの真下に、はさんでおく。はみ出していたりなんかしたら、盗まれるかもしれない」


 だれか、見ていないだろうか。工藤の代わりに、黒木が――自然と――あたりをみはっていた。


「やべ……」

「どうした?」


 その、少し深刻そうな声に、黒木は、どきりとした。


「トイレ行きてえ。そういえば、一度も行ってないわ」

「なんだよ。驚き損だわ。行ってこい」


 一安心してしまったのだろう。しかし、家に帰る道すがら、再度、フラれる不安に、顔を青ざめ、一方で、付き合ってからの妄想に、にやにやするに、ちがいない。


 陽光は、いつの間にか、夕をまとって、窓からさしこんできていた。


 ふと、黒木は、工藤のラブレターを読んでみたくなった。


 いつ帰ってくるか、わからない。それでも、読んでいるところを、見られたからといって、たいした騒ぎにはならないだろう。


 黒木は、伊村さんのカバンを持ち上げて、白色の封筒を盗り――都合のいいことに、シールが貼られていなかった――その場で、中の手紙を、抜いた。


 ああ、熱っぽい、甘酸っぱい、胸が、しめつけられる、呼吸が、乱れる――そんな文面のように、黒木には、思えた。


 ただ、どこか違和感がある。この違和感の所在は、どこに、あるのだろう――黒木は、手紙を、斜めにしたり、天井の方に上げたりした。


「ひとつの文章なのに、ふたつの文章、いや、みっつ、よっつの文章が、書かれているような気がする」


 その時、廊下を小走りする音が、聞こえてきた。だれかに、盗られていないか――その焦りが、校則を守ってきた、工藤を、こうした違反へと、導いているらしかった。


 黒木は、急いで、手紙をかばんの下に隠した。封筒に入れる時間は、なかった。なにかあれば、しらばっくれるしかない。

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夜の道で 紫鳥コウ @Smilitary

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