「おれたちは、中学のときまで、一緒の学校に通っていたけど、高校は、別々で、成島は進学校に、おれは、不良がたむろしているようなところへ、上がるしかなかったよな」



   ――――――



「おい、黒木」


 窓から、秋の、ぬるいような、はたまた、さむいような、しかし、心地は悪くない風が吹いて、教科書のページをさらっている。


 工藤は、黒木の肩をたたいた。


「どうした?」


 少しだけ振り向いて、そう返した黒木にたいして、工藤は、人差し指を、ある生徒に向けた。


 ボーイッシュな女子だった。


 短く切った、黒髪は、彼女が、運動部に属しているという――高校生だからできる推論による――証拠だった。


 マジメに、チョークの文字を、ノートに写している。彼女は、優等生でもあった。


「伊村がどうしたんだ?」

「……これ見ろよ」


 工藤は、こっそりと、三つに折り畳んだ手紙を、見せてきた。


「なんだよ」

「ラブレター」

「いま書いたのか?」

「バカいえ。家で、書いてきたんだよ。ごみ箱なんて、もう、便箋だらけで、小説家になったような気分だったわ」


 X高校の陸上部は、弱小の部類に入る。部員数も、少ない。そもそも、部活の数も、たいしたことはない。多くの生徒は、脇目もふらず家に帰るか、コンビニだの、駅だの、地下通路だのに、たむろする。


「読ませろよ」

「やだよ」

「じゃあ、なんで見せてきたんだ?」

「そりゃ……」


 放課後、工藤は、伊村さんに、手紙を渡すつもりでいた。


 しかし、いく度もの修正ののちに、手紙を書き終えてから、翌日の夕方までの時間を、普段と似たような気分で過ごすことができるほど、工藤は、青春を、謳歌していないわけではなかった。


「でもさ、伊村さんと、万が一、付き合えたとしてさ……うまく、やっていけるかな」

「オーケーをくれたなら、そういうことだろ」

「いや、周りの目がさ」

「周り――ああ、不良軍団に、冷やかされたり……」

「その時、僕は、伊村さんを護れるだろうかって、思ってしまって」


 工藤は、不良とは縁遠く、むしろ、彼らから、冷笑の的になるような生徒だった。黒木もまた、すでに、時間の流れにより、尖りは磨かれて、丸くなってきていた。


 ふたりは、この春の入学式で、席が前と後ろだったという、それだけの理由で、少しずつ、仲良くなっていった。


 あの、いじめっ子の総大将だった黒木も、いまや、不良たちの輪に入れるだけの、威信も威勢も、持ち合わせていなかった。


 もう、同盟と謀反を繰り返すような、いじめといじめられの、めぐり、めぐる時代は、終わっている。強者が弱者を、支配し、搾取する。そんな時代。


「黒木……お前は、僕の味方でいてくれるよな?」

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