どこか、青いひかりをした、三日月は、妖しく、ひとをだます、狐のような、をしていた。ひとのいない、不気味で、静けさの上に、静けさを、塗り固めたような、小さな公園を、通りすぎると、もう、町のはずれに、出てしまった。


 あの屋台を出たあと、黒木は、なぜか、黙り込んでしまい、ずっと、無言のまま、歩いているだけだった。


 ぼくもまた、なにも言えずに、黒木の、横にいるだけだった。あたかも、唇に、磁石が、はりついているかのように、口を開こうとすると、勝手に、閉じてしまうのだ。


 元来た道を、引き返す――そんな気力は、どこにもなかった。このまま、黒木と、いつまでも、歩いていていいような気がしていた。


 それは、ぼくの、こころのなかに、ぐちゃぐちゃとしたものが、ずっと、もがいていて、それをほぐさないうちは、このまま、別れるつもりになれない、というのもあった。



 ぼくたちの、目の前に、黒い海が見えてきた。



 水平線は、月光に、照らされていたが、砂浜に向かうにつれて、夜のかげに、のまれてしまっていた。波のゆらめきさえ、その音さえ、見えず、聞こえず、ただそこに、水がたまっているだけのような、ひどく不自然な感じのする、海だった。


 黒木は、ふと、ガードレールに腰をおろし、海に背をむけて、ぼくを見た。夜のとばりは、ぼくたちの間にも、おりていて、お互い、表情は、よく見えないながらも、目を合わせている、ということだけは、なんとなく、わかった。


 そして、黒木は、隣に腰をかけるよう、ぼくにうながした。しかし、ぼくは、無数の背の高い草を、囲んでいる柵に、身体をあずけて、黒木と向かい合った。それについて、黒木は、なにも言わなかった。



「おれは、成島と歩いているうちに、なにか回答を見つけ出せるかと思ったのだけど、そうはいかなかったな」



 黒木は、急に、そんな言葉をくちにした。



「成島、おれは、お前にいまここでかけるべき言葉を、探しているんだが……」



 ぼくは、ようやく、黒木から、を、聞けるのだと思った。しかし、彼は、こんなことを言い出した。



「少し……おれのことについて――成島のしらない、おれのことについて、話していいか?」

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