第11話 ステップアップ


 魔獣狩りから、一夜明けて。


 わたしとおじいちゃんは、朝早くから商談部屋で向かい合っていた。

 ミラージュにプレゼントする魔石が手に入ったいま、魔石の研磨に移りたいわたし。でも、おじいちゃんから研磨機を使う許可はまだ出ていない。

 おじいちゃんはわたしの顔をみて、深く息を吸い、ふうーと息を吐きながら結論を述べた。


「研磨機は、使わせない」


「おじいちゃん!」

 慈悲のない一言に堪らずわたしは声をあげる。考える期間をくれと言われて、多少なりとも期待していたというのに、1ミリも変わらない結論を持ってくるなんて酷だ。


「まあ、じいちゃんの提案を最後まで聞いてくれ」

 おじいちゃんとわたしは、テーブルに肘をのせて、前のめりになる。


「原石のカットは絶対にさせない。その代わり俺がツィエンの要望通りにカットする」


「はい、カットするときはわたしが見学しても良いという条件を入れて」

 おじいちゃんは、わたしの提案に頷き、説明を続ける。


「次だが……粗削りだ。これも俺がやるが、特別にツィエンが手を添えることを許可する。ただ、研磨は苦手だから、カボションカットしかできないぞ」


 カボションカットとは、丸くカーブした山型に削っていくものだ。半透明の魔石にはとても向いている。多面的なカットではないため、光の反射によってキラキラと輝くことはないが、つるりとした表面は魔石の不思議な魅力を際立たせる。


「カボションカットで、しずく型はできる?」


「……努力するとしよう」


 理想通りとはいかないが、初めての研磨だ。十分だろう。多面的なキラキラカットはもっと大人になってから練習すればよいのだ。


「よろしく、おねがいします」

 こうして、わたしとおじいちゃんの研磨についての契約は決定した。


「それではおじいちゃん、早速、研究用の魔石で練習をしましょうか」


「……ツィエン。お前の志の高さに感服するよ……」


 おじいちゃんは、困ったように眉尻を下げて笑う。わたしは、この表情が大好きだ。

 こうして、わたしの研磨修行が始まったのだった。




 * *   *



 小さな魔石商見習いツィエンの研磨修行開始から、数週間。ところかわって、夜の酒場。そこは大人たちの昼の仕事の疲れを忘れさせる、最高のオアシス。

 カウンターには大ジョッキ片手に肩を並べる、ガタイの良い男たちがいた。


「がははははは!ランスお前、ツィエンの尻に敷かれてんのか!?」


 健康的に焼けた肌の男は、大口を開けて豪快に笑う。肩幅が広すぎて、1人で2席分幅をとっている。

 それに対して、隣の男は、背が高くガタイも悪くないが、頭も肩も元気なく落ちている。


「ダンベル……、笑い事じゃないくらいに俺はあいつを怖いと思ってるよ……」


「その話もっと詳しく聞かせてくれ!」

 楽しそうに話すダンベルは、目にうっすらと涙を浮かべており、弄る気満々といったところだ。


「だからな……、こう、クズ魔石を練習用に適当にカットしはじめたらツィエンが言うんだよ。ちょっと、そこきれいな発色してたのに、普通切り落とす?って睨みながら」

 ぐびり

 ビールで悲しさと情けなさを飲み込んで、ランスは続ける。


「研磨の時なんか、俺が教えてやってるはずなのに、こう、俺の指を上から押さえつけて、しずく型なんだからここは思い切って削りに行かないとって言うんだ……」


 ダンベルは、またもや大爆笑だ。カウンターに唾も涙も飛び散っている。


「危ないから、そんなに力を入れるんもんじゃない。と言いつつ俺は内心びくびくしながら、ツィエンの言うことに従って作業している気がするよ」


「だめだ……ツィエンが魔石のことになると別人みたいになるのが、おかしくって……!」


 ツボにはいって大爆笑中のダンベルの横で、ランスは静かにナッツを口に含む。あんなに懐っこくて、じいじ、じいじ、と後ろをついてきていたツィエンはどこへやら。魔石店以外の外と繋がりを持ってからというもの、成長著しすぎて、こちらが着いていけない。


「でも、友達のために必死になれるような子で良かったよ」

 眉尻を下げて笑うランスに、ダンベルも笑いが引っ込んで、感慨深そうな表情で笑った。


「ああ、そうだな。これからもミラを頼むよ」


「それはうちの怖い魔石商見習いに言ってやってくれ」


「来年には、ツィエンの魔石店になってたりしてな」

 ニッカと歯を見せて悪戯に笑うダンベルにランスはまたもや項垂れる。


「まったくないとは言い切れなくて怖い」

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魔宝石商の旅日記~本日もイケメン(女)魔石商はマイペース営業中~ 志名紗枝 @shina3

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