第10話 魔獣狩り②
しかし、ウインドバードなんて、飛んでいる魔獣だ。わたしにトドメを刺せるだろうか。そもそもどうやって倒すのかも、想像がつかない。
前を進むおじいちゃんの背中からは、戸惑いなんて微塵も感じられないので、きっと考えがあるのだろう。そう思うものの、ハンターとして活動しているおじいちゃんを見たことがないのでちょっぴり信用できない。
ガサッ
「ひっ!」
突然の後方からの草の茂みを揺らす音に、声を漏らせば、おじいちゃんはゆっくりとこちらを振り向く。
「おっ、野ウサギだな。旅してるときは良く食べたなあ~」
そう言っておじいちゃんは、脂身が少ないから干し肉にするとおいしいとか、小腹が空いたときに食べたりしていたとか、なんだか、いつもよりおしゃべりな気がする。
……まあ、狩りに慣れていない人は、ウサギにも驚きますよ。魔獣狩りに来ているのだから危険はない、なんてことはないのだから。
ガサッ
「ひっ」
今度は前方から、わりと大きく茂みが揺れた。おじいちゃんの後ろにぴったりついていたので、何がいるのかまでは見えない。
ただ、おじいちゃんは焦る様子もないので、鹿あたりの動物だろうか。
「お、フレアドッグか。ツィエン噛まれるなよ」
そう言っておじいちゃんは、槍を静かに構えた。
いやいや、魔獣出てきているっていうのに、ウサギが出てきた時とほぼ緊張感が変わらないのは、どうなの?
この時点でわたしのおじいちゃんに対する信頼度は低下した。もっと身をていして守ってくれるものだと思っていたというのに。
フレアドッグは、よくハンターがお店に持ってくる魔石のひとつだが、魔獣自体を見たことがない。だからこそ見たい、怖いけど。魔獣そのものもだが、魔獣石が生まれる瞬間は絶対に見逃せない。
おじいちゃんの振り回す槍に巻き込まれないように、きちんと後ずさってから、前方を確認する。
そこには、こちらを睨んで威嚇する魔獣がいた。フレアドッグというだけあって、見た目は犬に近いが、その目はギラリと光って、牙からはずっと涎が滴り落ちている。体表は毛皮なのか、炎なのか。オレンジ色に燃え上がるフレアドッグの炎に、私の持つ小さなナイフで立ち向かおうものなら、大火傷は確実だ。
全く「お、フレアドッグか」のテンションで対面する魔獣ではないことは確かだ。
逃げたい気持ちが勝って、さらに数歩後ずさりしたところで、フレアドッグはこちらの動きに反応して、一瞬をついてわたしに向かって飛び跳ねる。
次の瞬間、目の前を一筋の線が斜めに走って、フレアドッグの頭と胴体が分かれ、その体はバシュウッと煙に包まれる。一拍遅れて、ごろっと地面に赤黒い魔石の原石が転がった。
一瞬の出来事に声もまばたきも、思考もすべて停止していたようだ。
思考が再運転し始めた時、わたしは地面に尻もちをついていた。身体が反射的に逃げようと動作していたらしい。
「ツィエン、狩りは向いてないかもなあ」
「わたしも、そう思う……」
おじいちゃんが、抱き起こして、土で汚れたお尻をはたいてくれる。
魔石商に向いていないと言われたら、相当悔しいし納得いかないが、狩りの適性がなくても悔しくなる要素がない。
「ほら、さっきのフレアドッグから出た魔石だ。持ってていいぞ」
そう言っておじいちゃんは、赤黒い原石をこちらに放る。
ごつごつとした塊を受け取ると、不思議といつもより重みを感じる。あんなに怖い思いをしてやっと手に入れることができるのか。
わたしは昔にハンマーで割ってしまった魔石のことを思い出した。
あの時はごめんなさい、と心で唱えて、目の前にある魔石を視覚と触覚でしっかりと確かめる。
フレアドッグの魔石はすこしオレンジがかった赤い色だ。魔獣を実際に見てみると、魔石の色と共通する箇所があり、なかなか興味深い。
「よし、じゃあ、もう少し進むぞ」
そのあと、両手で魔石を大事に持ったまま歩き始めたわたしは、何度も木の根に躓き、その度に魔石を優先して顔からずっこけるものだから、最終的にフレアドッグの魔石は取り上げられることになる。
フレアドッグを倒した場所から15分ほど足を進めた先で、おじいちゃんはぴたりと足を止めた。魔獣の気配も何もわからないわたしは、身を守るため、無意識に息を潜めてしまう。そうすることで、今までよりも木々の葉擦れの音が激しくなっていることに気づく。
ブアッと風が吹いたのが先か、視界からおじいちゃんが消えたのが先か。
風が収まり、次に目を開いたときには、地面に3つほどの緑の魔石と1匹の血まみれの何かが視界に増えていた。
「ほら、これがウインドバード。羽さえ押さえれば、そんなに危なくない魔獣だ」
そう言って目の前に突き出される1羽のうすグリーンの鳥。よく見れば、普通の鳥よりも鋭く長い爪が伸びている。羽はおじいちゃんが左右ともぎゅっと掴んでいて、羽ばたけない状態だ。
わたしは恐る恐る小さなナイフを構えて、一思いに、ウインドバードの頭にそれを突き立てた。瞬間、小さな風と煙がウインドードを包む。おじいちゃんの手の中に残った緑色の魔石のサイズは、子供のわたしでも片手で掴めるほどの大きさだ。
ほっと胸を撫でおろすと、おじいちゃんは、さっきまで地面でうごめいていた謎の生物に槍を投げる。見事槍が命中するとその生物も魔石に変わった。
想像はしたくないけど、両羽とももがれたウインドバードだったのであろう。近くまで見に行かなくてよかった。たぶんトラウマになっていたと思う。
改めて、自分の手にある緑の魔石を握りしめる。自分でトドメをさした初めての魔獣。はじめて自分で手に入れた魔石。
魔石や魔獣、今日起きたいろいろなことを整理していると、わたしは、いつの間にか眠りに誘われていた。
手の中に緑色の魔石をしっかりにぎったままで。
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