第4話 宛名不明のクリスマスプレゼント

 クリスマスなんて行事に馴染みなんてないはずなのだけど、私はどうやらはたから見たらあるように見えるらしい。


 今日の仕事はお昼まで。午後番の白雲さんが到着したら不承不承に付けたサンタ帽も取っていいとのことだ。最近のサンタさん界隈ではどうもミニスカートが流行っているらしく足下が寒くて仕方が無い。さっさと帰りたいという気持ちでいっぱいだった。


 しかも今日は客足が多くそのくせ私を名指しで呼ぶ客がちらほら見られた。

 副店長いわく私が人気者だかららしいが、そもそもここはそういうお店じゃない。


「えっと、お祝い事の花でしたらこちらです」


 付け焼き刃の知識がボロを出さないうちに会話を終わらせる。この花にはどういう花言葉があってどういった季節に、なんて質問をされたら私はお手上げなのだ。


 話しかけてきた客を適当にあしらっていると、私にサンタのコスプレをさせ、午前であがっていいと言ってくれた張本人が現れた。


「お疲れ花芹さん。その服とても似合ってるわよ」

「もしかして私って可愛かったりします?」

「どうしてそう思うの?」

「なんかめっちゃ見られてるんで」

「自覚があることはいい事ね、看板娘さん。みんなあなたを見に来てるんだから」

「うちは花屋ですよ」

「なにいってるの。あなたも立派な花じゃない」


 なんだか雅なことを言われてしまった。


 いつのまにか看板娘とやらに認定されていたあげく、どうやら私は棚に陳列された花と一緒らしい。できれば高く買って欲しいものだが、こちらにも人間としての生活がある。


「そもそも私、そこまで愛想よくないですけどね」

「それがいいのよ、きっと」

「へんたいってことですか」

「それで、どう? いい人はいた?」


 仕事中にもかかわらず副店長が踏み込んだ話をしてくる。


 雪に弱い花を店の中に移動させたりなんだりで素足が冷たい。


「私なんかに話しかけてくれる人なんて、みんないい人ですよ」

「そうじゃなくて、カッコイイって思うような人よ。花芹さん、今フリーだったわよね? ここで今夜のお相手を見つけてもいいのよ?」


 遠くのほうでシャンシャンと懐かしいBGMにベルの音が混じる。


「そういうのよく分からないんですよね」

「けど、花芹さんほど綺麗なら言い寄られたことくらいあるでしょう? そういうときはどうしてたの?」

「断ってました。恋人とかそういう関係って、結局自分の時間がなくなることなのかなって思うと面倒で」

「けど、いいものよ。家に帰ると誰かが迎えてくれるっていうのは」

「副店長にもそういう人が?」

「・・・・・・昔ね」

「ああ」


 花を店に入れ終えて、棚を倉庫に立てかけていく。


 すると店の方からお客さんの呼ぶ声が聞こえてくる。走って駆けつけたかったが、短いスカートのせいで走ることを憚られた。


「はい! ただいま!」


 はてさてどうしようかと考えていると、奥から出てきた館山さんが対応してくれたようだった。といっても、きちんと出来ているか心配で私も副店長も隠れて接客の様子を観察していた。


「ありがとうございましたー!」


 どうやら杞憂だったようで、館山さんは滞りなく対応を終え、床に散った葉を掃除しはじめた。


「館山さん、どう思う?」


 近くで囁くように副店長が尋ねてくる。その綺麗な声色に一瞬びっくりしつつも一生懸命に床を掃く館山さんを眺めた。


「今日にでも聞こうと思ってたのよ。この仕事を続ける気があるのか」

「どうなんでしょうね。なければ本人から話があると思いますけど」


 それでも、本人の意志とは別に必要とされなければ切られるというのが社会だ。仕事というのはどうあがいても集団行動なのだから、不純物が淘汰されていくのは当然といえる。


 はたして館山さんがその不純物となり得る存在なのか。


 見ていると、高橋さんがやってきて館山さんになにやら怒鳴りつけていた。


 けど、今の館山さんの業務に悪いところはなかったように見える。


 ――同じだ。


 前に見た光景と同じ、理不尽な怒号と解釈の及ばない横暴な命令、指摘、蔑視。銭湯で見たおばさんと高橋さんは同類で、怒られている館山さんは、きっと泡ぶくを吹かすような心持ちなのだろう。


 うるせえ黙れと右ストレートをかまして相手を気絶でもさせればこちらの勝ちかもしれないが、それができない以上ふっかけられた因縁に勝利する手段などない。


 人は一人では生きていけないと謳った人は、おそらく前向きな言葉として言ったのではなく陰湿な愚痴に近いものだったのだろう。


 人は一人じゃ、ああいった理不尽に太刀打ちできない。


 なら、一体どうすればいいのか。 


「・・・・・・だめね、私行ってくる――」


 副店長が言い終わる前に、私は動いていた。


「あの、高橋さん」


 後ろから声をかけると、鋭い視線が私を射貫いた。


「なに?」

「あんまり怒ると、逆に萎縮しちゃって仕事がしづらいと思うんです。それだと本来できる仕事もできなくなっちゃいますよ」


 私はあくまで優しく、柔らかな声色で言い聞かせた。 


「できてない方が悪いじゃん。なんであたしらができない奴の気を遣わないとならないの?」


 高橋さんの言い分は正しい。自分の人生は自分のものでしかない。


 頑張るだけ損をする。人の事情に顔を突っ込んでいる余裕なんてない。自分が一番大事。当たり前だ。そんなの一握りの聖人に任せておけばいい。


 細い眼光と睨み合う。おー、怖い。怖いけど、白雲さんが怒ったときはもっと怖い。というかあの人遅刻じゃない? 全然こないんだけど。


 対峙すると、高橋さんは勝ち誇ったように口角をあげた。


 別に勝とうが負けようが私はどうだっていいのだけど、どうだってよくない人だっている。どうしようもなく狭い籠の中に閉じ込められた人は常に救いの手を求めている。


 その手を取るのに労力は多少いるかもしれないが、代償はいらない。どうせ無料なら、とってしまってもいいだろう。


「はっ、返す言葉もないって? 悪いけどこっちだって仕事が――」

「大人って、そういうもんじゃないですか」

「・・・・・・・・・・・・はぁ?」

「それでも我慢して気を遣い合うのが大人なんだと思います。高橋さん」


 別に私は高橋さんのことが嫌いなわけでもないし、館山さんのことが好きというわけでもなかった。どちらに肩入れするつもりもないはずなのに、私はこうして高橋さんを説いている。 


 逡巡していると、泡ぶくを作りながら嫌いだなんだ言っていた奴のむくれ顔が浮かんだ。


「・・・・・・しらね」


 高橋さんが舌打ちをして去っていく。ちなみに私もしらね。


 大人子供正しい間違い正義悪者。そういう話は苦手なのだ。苦手、なのだけど。私の心情と言動は矛盾していた。


「花芹さん、あなた・・・・・・」


 後ろで見ていた副店長が驚いたように声をこぼす。


 館山さんは私たちのやりとりを目の当たりにして固まってしまっていた。


 高橋さんがいなくなり、客が途切れたところで副店長が館山さんの前に立った。


「館山さん、ちょっといいかしら」

「は、はい」

「この際だから、っていうのは意地が悪いんだけど、すこしお話があるんです。この先、仕事を続けていく気はあるのか。館山さんの口から答えが聞きたいんです。ああ、ごめんなさい。勘違いしないでね、私たちは館山さんが頑張っているのもしっているし、これからも続けてほしいって思ってる」


 副店長が言う言葉全部が本当だとは思えなかった。けど、そうやって包み隠して生きていくのもまた、大人なのだろう。


 これまで何人もの従業員をやめさせ、迎え入れ、問題を抱えてきたのか。私には想像も付かないような修羅場を乗り越えてきた副店長の据わった目が館山さんに問いかける。


「それでも、無理をしてほしくはないから・・・・・・館山さんだって、働く機械じゃないんだから。自分の事情を大事にして欲しいのよ」


 ふと、副店長の顔を見る。


 その言葉はたしか、前に言えばよかったと副店長本人が悔やんでいたものだ。それをここで言うというのは、副店長にもどこか心境の変化のようなものがあったのかもしれない。


「大丈夫です。続けられます。・・・・・・頑張りたいって思ってます」

「・・・・・・分かりました。ごめんなさいこんなところで。けど、奥で二人きりで話すのも重苦しいと思って。でも、よかった」


 副店長の無垢な笑顔はとても魅力的で、私が花なら副店長もまた、綺麗な花だと思った。


「それに、頑張る理由も最近できたので」


 館山さんがシワの寄った目尻を下げて私を見る。なんで私?


「息子が話してくれたんです。自分がこれまでしてきたこと。盗んだものも全部返してきて、謝罪もしたと」

「ああ、前の」

「はい。それで、家族に対する思いも聞かせてくれました。悪いことをすれば前の父親と会えるかもしれないと思っていたらしくて、けど、今の父親と向き合うと言ってくれました。けど、本当に突然だったのでどういう心境なのか聞いたんです。そうしたら――」


 思い出して、それが可笑しかったのか館山さんは笑いながら言う。


「赤く腫れた頬を指して『目が覚めた』って言ったんです」

「・・・・・・それはよかったですね」

「はい。息子が頑張って前に進もうとしているんです。私も頑張らないと」

「ファイトです」


 素っ気ない応援だったが、館山さんは笑顔で頷いてくれた。


 副店長は事情を察したのか私の肩を叩いて事務所の中へ消えていく。


 サンタのコスプレをしながらなんていう話をしているんだろうと心の中でせせら笑っていると、もう一人のサンタさんがオラオラと足を広げながら近づいてくるのが見えた。


「おいこれスカート短すぎじゃねぇ!? あたしの足はタダじゃねえんだぞ!?」


 自分の足を指さして怒号をあげる白雲さんがレジに寄りかかる。


「いやなに接客しようとしてるんですか」

「あー? 文句あんのかよサンタさんによ」

「私もサンタさんなんですけど」

「なら見過ごせ同胞」

「あのー、すみません。この花でラッピングをしてもらいたいんですけど」

「らっしゃっせえぇぇえー! ただいまあああああ!!」

「うるさ!」


 せっかく声をかけてくれたお客さんも白雲さんの声に目を丸くしていた。元ミュージシャン志望の声量はダテじゃない。


「館山さーん! 接客お願いしてもいいですかー?」

「あっ、てめっ! 接客はあたしがやんだよ! らっしゃっせぇー! へいお待ちぃー!」

「無理ですって。壊滅的ですもん」


 掃除をしていた館山さんがレジに立つ。彼女の朗らかな笑みはどこか安心感があって、それはお客さんにとっても同じなようだ。


 適材適所。そんな言葉が思い浮かぶ。


 暴れ狂う白雲さん以外に挨拶をして、私はあがらせてもらうことになった。


 内容は濃かったが、今日の午前業務は比較的早く終わったように感じて、もう少しだけいてもいいけどな、なんて物足りなさも感じていた。


 それは今日という日がクリスマスだからなのかもしれないし、もしかしたらそうじゃないのかもしれない。 

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