アイドルの裏側

「ねえ未莉?最近楽しそうね」


突如、私の所属するアイドルグループのリーダーを務める、林希華(はやし のぞか)こと、"のぞ"が尋ねてきた。


「なんで?」

「なんとなく」


沈黙が落ちる。

今日はスタジオでフリの練習をするために集まったのだが、他の3人は同じ電車の遅延で到着が少しだけ遅くなるらしい。楽しそうなスリーショットの画像が送られてきていた。

それを一緒に見ていた私と"のぞ"は溜息をつき、仕方なく2人だけでも始めようと準備しているのである。


「友達ができた」


"のぞ"は、シューズの靴紐を結ぶために下げていた額を瞬時に上げる。


「それって男?」


じろりと怖い目線で見られたので、思わず体を強ばらせた。


「………えーと」

「ファンとか言わないわよね?」

「うっ………」


図星を言い当てながら、清々しいくらいの笑顔を浮かべられて冷や汗が滲む。


「わかりやすっ」

「ご、ごめん」

「本当に男のファンなの?」

「………で、でも、古参だし。ずっと応援してくれてるし、部屋に入ったけど襲われなかったし」

「待って部屋に入ったの?」

「あ…………」


アイドルという職業を心から誇りに思っている"のぞ"は、そういう行為を許さない。すぐにマネージャーに報告して、公正な判断を求めるだろう。


「アイドルの自覚ある?」

「あ、ある」

「じゃあなんでそんなことしてるの」

「………気が、合っちゃって」


"のぞ"を視界に入れないように、必死に目を逸らす。

マネージャーに報告で、怒られて、多分、悠真とは友達ではなくなってしまう。想像するだけで嫌だ。

けれど自分が起こしたことだし、自分の責任だし、かと言って"のぞ"に黙っていることもできない。まあ間違って漏らしてしまっただけだが。


「マネージャーにはしっかり報告する。別にスキャンダルって言うわけでもないし、私たちみたいな弱小グループのことなんて記事にすることほとんど無いと思うけど、ファンの方だけには迷惑かけないで」


厳しく端的に言って、そしてその後コロッと変わって。


「ってだけ、私は思ってる。それ以外は何もしない。正直に言ってくれたこと、嬉しいし」

「え」

「誠実に友達、恋人っていうのは良いと思うの。そこから、大半が体の関係になるって聞いたらそれはまた別だけど」


にこやかに、作りのない笑顔で"のぞ"は笑う。


「いいの?」

「ファンにさえ迷惑かけなきゃいいのよ。別にそこから恋人に発展したとしても、体が第一目的じゃないなら別にね。けど、さ」


少しだけ目を伏せる。


「誠実にいようとすればするほど、どれかを手放さなきゃいけないって気持ちになる」


その言葉には重圧を感じた。

"のぞ"は、前にも1年ほど別のグループでアイドルをしていた。その時あるファンの人を好きになってしまって、卒業という形でアイドルを辞めたという話は前に1度聞いたことがあった。付き合うとまでは行かなかったのだが、1人のファンだけを特別に思う自分が嫌になって、自分から事務所に話した。事務所は凄く引き止めたのだが、完全に振り切ったらしい。

そこから2年後このグループでの復帰だったので、知っている人の中では大いに話題になったそうだ。


まあ要約すると、"のぞ"は誠実にその人に向き合うために、アイドルという職業を汚したくなかったということだ。アイドルの恋愛禁止は暗黙の了解。自分がそれを破っていたなら、他のアイドルに顔向けできないと。

その後のことは聞いてないが、復帰したということはマイナスなことがあったのだと思う。




―――――




「未莉はどう?」


話を聞いたマネージャーは私に問うた。


「私は、迷惑かけたくない、です」


メンバー、ファン、マネージャー、事務所。そして、未来の自分に。


「なら、その人との関係で何個か制限を設けるわね。まず、アプリでの連絡先交換はダメ。電話のみ。そして、会う時は必ず変装をすること。傍から見て勘違いされるような行動は控えて。そんで当たり前だけど、イベント内での特別扱いは禁止」

「はい」

「積み上げてきたものは、ちょっとした事で崩れるから気をつけて」


まっすぐに見つめてくるマネージャーの目を、見つめ返す。


「それと、友達関係って部分は信じるけど、恋愛関係に発展したなら報告をちょうだい」

「はい」


ふ、とマネージャーは笑った。


「あなたたちにはアイドルとして上に上がって欲しい、けど、プライベートもなるべく自由にさせてあげたい。これは事務所の意向でもあるの。だから、気をつけてね。迷惑かけたくないって正直に言ってくれた、未莉を信じるから」


このマネージャーで良かったと思った。私という存在を見つけてくれて、魅力を発掘してくれて、私の居場所を作ってくれた。

友達みたいに仲良いメンバーと、温かいファン。


誠実に。

君がいない場所で、私は密かに誓っていた。








―――――――――

見てくれてありがとうございます〜。

少しシリアスな感じが続くかもしれないです。悠真と未莉は、もうなんかすれ違ってますね。こういうのを住む世界が違うって言うんですかね。難しいです。

メイン2人の関係性も進めつつ、周りの子達も深堀していきます。


この作品は私の暇つぶしの一環でもあるので、まあできれば温かい目で見てください。生温かくてもいいです。

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