第12話 プロット 「きゅん死に裁判」

 自宅のソファで、ナオはプロットを読み始めた。さくらがいかにしてナオに近づき、きゅん死にのタイミングを探っていたかがわかる。華さんの言うとおり、確かに馬鹿馬鹿しい妄想だ。仕組んだように書いてあるけど、あれは自然な出会いだ。お互い、やりたいことをしていたら、そこにいたんだ。俺だって、相手がさくらさんじゃなかったら、同じシチュエーションになったって、好きになんてなってないよ。

 きゅん死には、俺のきゅんシリーズを使おうとしていたみたいだけど、結果は散々だったな。逆に俺が死ぬかと思ったよ。

 裁判の展開は、マネージャーが逮捕されるところまでそのままだった。そこまでわかっていたなんて。作家っていうのは、先を読み過ぎる。思い通りになって、ふふふと笑うさくらさんを想像して、眉間にしわが寄った。思い通りになんかなってやるか、と怒ってみる。

 その後の俺について、さくらさんはいろんなパターンを書いていたけれど、全てネガティブなものだった。早速さっきのセリフを言ってしまったのを後悔する。このセリフも想定済みなの?なんか悔しい。

 読みながら、さくらさんと会話している気分だった。俺が怒っても、悲しんでも、悔しがっても、このプロットが返事をした。なだめるように、慰めるように、くすっと笑ってほしそうに。

 ただ一つ、このプロットでは、俺がさくらさんを好きになることは想定されていないかった。でも。好きだよ、と言えば、さくらさんの、最後の言葉が返ってきた。

 どこまでも計算ずくなさくらさん。でもさ、あの時のごめんねが、こんなことになると思ってなかっただろ。これを読んだら、俺がさくらさんのことを吹っ切れると思ったんだよな。残念。俺はさくらさんがこんなひどい人でも、まだ好きなんだよ。まだまださくらさんのごめんねは続くよ。ずっと、俺が死ぬまで。それがどういう意味か分かる?

 悔しいだろ、化けて出てきなよ。俺がこれからどうしようと、さくらさんはもうどうすることもできないんだよ。あのネガティブなパターンを実行しようとさ、俺が結婚してかわいい子供と遊んでるときに、さくらさんを思い出して泣きだそうとさ。きっと子供も不安になるだろうな。それでも何もできないよ。

 わかってる。打ち上げの後、さくらさんは、手術の予約をしていた。生きようとしてくれたんだよね。あんなに泣いていたんだ、きっと死にたくなかったんだ。わかってる。結局最後の引き金を引いてしまったのは俺だ。そして、こんな俺を見たくないのものわかってる。わかってるよ。


 すがるようにプロットを何度も読み返していた俺は、ふと思い出して、携帯で華さんにもらった例の写真を見た。これも、きっと俺を守るために撮ったんだろう。南が嘘をついたからちゃんと裁判のきっかけになったし、世間の目からも守ってくれたよ。

 俺の部屋で自撮りをする笑顔のさくらさん。とても楽しそうで、幸せそうだ。この笑顔を、もっともっと見ていたかった。

 俺の絵を指したさくらさんの手のひらに、何か赤い物が乗っている。小さすぎてわからないから、携帯の機能で拡大してみた。

その手のひらには、小さな小さな文字で、きゅん、と書いてあった。

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きゅん死に裁判 @hanakonono

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