第3話

 電子音が聞こえてきて、少年は目を覚ました。


 身体は動くようなっている。


「坊や。なんかこの板切れから音が鳴っているよ」


 女が少年のスマホを翳した。


「何か、やったのですか?」

「いや、なんか面白い絵がいっぱい出るから弄ってたら、急に音が鳴りだして……」

「電池切れです」

「電池切れ? 壊れちゃったのかい?」

「いいえ」


 少年はリュックから予備バッテリーを取り出してスマホに接続した。


「それで、治ったのかい?」

「壊れたじゃなくて、お腹が空いて動けなくなっただけです」

「そうかい。この板切れも、何か食べさせてやらなきゃダメなんだね」

「ええ」 


 少年はもう一度電話を掛けようとしたが、やはりダメだった。


 メールもダメ。


 だが、ネットだけは通じる。


 ニュースサイトを見るとすでに一ヶ月が経過していた。


 その時、ふと、気になるニュースを見つける。山の中を彷徨っていた老人が保護されたというニュースだった。


 老人は山の中で道に迷い、たどり着いた山小屋の中でずっと女と過ごしていた証言した後、昏睡状態となりそのまま死亡したという。


 老人の顔写真が記事に載っていた。


 その顔は、少年と入れ替わりに小屋を出て行った老人とそっくり……


 さらに記事は続いていた。老人の持ち物から分かった身元は、十年前に行方不明になった大学生。DNA鑑定の結果も一致した。


(まさか! たった十年であんな老人に? だって時間の経過は遅いのに……)


「あの……お姉さんが、小屋に入った年って何年ですか?」

「ん? ああ! 私がここに入ったのは昭和五十年さ」


 この女は何かを隠していると少年は確信した。あの老人は、この女より後からこの小屋に入った。それなのに、女は小屋から出て行かなかった。


 この女は閉じこめられたのではない。この女こそがこの小屋の主。


 大学生がこの小屋にいる間に急速に歳をとったのは、この女に何かをされたからだ。


 もしかして、さっき自分がされた行為では、と思った少年はスマホのカメラで自分の顔を映してみた。


 若干大人びたように見えるが大きな変化はない。


 だが、これ以上この小屋にいると……


「ねえ坊や。さっきから、何をしているの?」

「いえ……その……!?」


 振り向いたとき、スマホのカメラが女の方を向いた。


 しかし画面に映ったのは人間の女ではない。


 巨大なガマガエルだったのだ。


 悲鳴を上げるのを辛うじてこらえた少年は、昔読んだ怪談を思い出した。


 人間の女に化けたガマガエルの妖怪が、人間の男を誘惑して精気を吸うと言う話を……


 何とかガマをやっつける方法はないかと少年は考えた。


 最初に思いついたのは蛇。


 しかし、こんなところに蛇がいるはずがない。


 カエルなら高熱や乾燥に弱いはず。


 リュックの中にバーベキューに使うためのカセットボンベとトーチバーナーがあった事を思い出したその時……


「坊や。そんな玩具で遊んでいないで、お姉さんといい事しよう」


 不意に女が襲い掛かってきて少年を押し倒した。


 女の力は強くて少年の力では跳ね除けられない。


 このままでは、また精気を吸われてしまう。


「待って! お姉さん! その前に良い物見せてあげる」

「何を見せてくれるのだい?」

「面白い絵だよ」

「ふうん。じゃあちょっと見せてもらおうか」


 女が手を緩めている間に、少年はスマホを操作してある画像を表示した。


「これだよ。面白いでしょう」


 スマホに表示されたのは、大口開けて今にも襲い掛かろうとしているガラガラヘビの写真だった。


「ギエエ!」


 悲鳴を上げて女は飛び退く。


 その姿はみるみる内にガマガエルになっていった。


「今だ!」


 少年はリュックサックに飛びつき、中からカセットボンベバーナーを取り出す。


「食らえ! バケモノ!」

 

 バーナーの火炎を向けられてガマガエルは逃げ回った。


「止めておくれ! それだけは」

「止めてほしければ、僕をここから出せ!」

「分かった! 出してやるから、火を消して」

「ダメだ。扉を開けるのが先だ」

「分かった」


 ガマは扉を開いた。


「さあ、出て行っておくれ」


 少年はリュックとスマホを持って小屋から飛び出した。


 出るとそこはハイキングコースだった。


 空はすっかり晴れ渡っている。


 振り返ると小屋はどこにもなかった。


 スマホを見るとすでに二ヶ月が経過していた。



 了

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山小屋 津嶋朋靖 @matsunokiyama827

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