第4話 狂気の色 その三



「おやおや。困ったお人だ。あれでは麗しいお顔が台無しですね」


 嘆息しながら、クリムゾンが扉のほうへひきかえしていく。子息がまた一人、死んでしまったというのに、やはり、この執事の態度は怪しい。だが、クレメンスが落下したとき、ずっと龍郎とともにエレベーターのなかにいた。少なくとも犯人ではない。


(犯人? おれは、クレメンスが殺されたと思ってるのか?)


 屋上にはほかに人影もないし、ふつうならクレメンスの自殺と見るところだ。でも、あのとき、クレメンスの近くに何者かが立っていた。見間違いではなかったはず……。


(青蘭……)


 いや、違う。

 青蘭のはずがない。

 遠目でハッキリとは見えなかったし、それに青蘭にクレメンスを殺す理由もない。

 龍郎はそう自分に言い聞かせた。しかし、抑えつけようとすればするほど、その思考は脳裏にベットリ付着する。


 龍郎は青蘭を探しに行きたかったが、屋上への出入り口で、クリムゾンが待っていた。どうしても龍郎に単独行動させないつもりのようだ。


 龍郎はふたたび、クリムゾンとともにエレベーターに乗り、階下へおりた。


 庭へ出ると、クレメンスのそばまで歩いていった。が、もう手遅れであることがわかっただけだ。大量の血がうつぶせの体の下からあふれだし、地面に吸われている。


 それを見て、龍郎は疑問を感じた。同じような死にかたなのに、サラはほとんど出血がなかった。


(あれって、やっぱり、ほんとの死に場所は別のところだからなのかな? サラさんはどこかから、あの階段下に移された?)


 夢のなかでは、サラは財宝を探して地下への階段をくだっていた……。


「モトヤナギさんは本館へお帰りください。ご遺体は私が片づけますので」


 クリムゾンに言われ、しかたなく、龍郎は本館へ戻った。

 自室へ入ると、さまざまなことがあったせいか、急に眠くなる。龍郎はベッドに倒れこんだ。


 寝入るとすぐに夢が訪れた。

 昨夜の続きだ。

 窓の外から青蘭の寝顔を見ている。でも、もうあの死人の青蘭はいない。また幻のように消えてしまった。


 龍郎が窓に手をかけると、あっけなくひらいた。鍵がかかっていない。迷わず、室内へ侵入する。


「青蘭」


 ユニコーンを抱きしめて眠る幼い青蘭。その手をにぎりしめると、たしかに快楽の玉の脈動を感じる。


 だが、次の瞬間、青蘭が目をひらいた。ギョロっと目玉を動かし、冷淡な目つきで龍郎をにらむ。


「ウソつき」


 言いすてて、龍郎の手をふりきる。ユニコーンをかかえて廊下へかけだしていった。


「待ってくれ! 青蘭——」


 あわてて追いかける。

 だが、廊下は真っ暗で、そして異様に長い。その暗闇に飲まれ、青蘭の姿は見えなくなった。


「青蘭……」


 すると誰かが、すぐ近くでつぶやいた。


「信用されてないんだよ」

「誰だ?」


 ふりむくが、誰もいない。

 死人の青蘭がいてくれたら、話したいことがあったのに。


 気のせいだろうかと思った。だが、違和感もある。知っている青蘭の部屋ではない。

 星の模様の青い壁紙。白い家具。ぬいぐるみのたくさん置かれた青蘭の部屋——


(人形が違う!)


 青蘭の人形はみんな、ぬいぐるみだ。布や毛のフカフカした動物たち。だが、今それらがすべて、ビスクドールに置き変わっている。


 また、あのささやき声が聞こえた。


「あのとき、何があったか、知りたい?」


 龍郎は声のぬしを探した。

 この部屋の感じ、クレメンスの室内といっしょだ。おそらく、声のぬしは……。


 龍郎は声を殺してたずねた。

「あのときって、どのときだ?」

「どっちを知りたい? 儀式のこと? それとも、僕をつき落とした人のこと?」

「教えてくれるのか?」

「いいよ。ただし、条件があるけどね」


 龍郎は身がまえた。

 条件を持ちだすのはよくない兆候だ。悪魔は対価を欲しがる。


 室内を見まわすと、窓辺に彼が立っていた。こちらに背をむけている。ふわふわしたオレンジ色の赤毛。赤毛なのに優しそうな印象があるのは、そのやわらかい色調のせいだろうか。

 まちがいなく、クレメンスである。身につけているドレスシャツもさっきまで着ていたものだ。


「教えてくれ」

「どちらを?」


 龍郎は迷った。両方知りたい。でも、優先順位で行けば、前者だろう。クレメンスを殺したのが誰なのか、それは考察していけば、いずれわかる気がする。というのは建前で、ほんとうは知りたくなかったのかもしれない。犯人が青蘭かもしれないと思うと怖かった。


「儀式について」

「いいよ。そのかわり、おまえの…………をくれるなら」

「何を? ハッキリ言え。言わないと渡すかどうか決断できない」

「…………」


 ダメだ。どうしても聞こえない。

 龍郎は口をつぐんだ。

 これは悪魔の手だ。

 人間にとって不利な条件を飲みこませようとするときのヤツらの手管。


「おれを見ろ! ハッキリ言え!」


 龍郎はクレメンスの肩に手をかけた。グイッとひいて、ふりむかせる。しかし、そこに美貌はなかった。その顔は陥没し、粉々にくだけていた。




 了

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