第五話 ベルンハルトの手記

第5話 ベルンハルトの手記 その一



 血みどろのクレメンスをつきとばす。その衝撃で、空間が伸びた。わッと声をあげて、龍郎はベッドから起きあがる。夢を見ていたのだ。


(ひどい悪夢だな。疲れてるのかな?)


 時計を見ると四時前だ。

 お茶が飲みたい。メイドさんに頼めば部屋に持ってきてくれるだろうか。


 居間にアンティークな固定電話が置いてあった。たぶん、あれで使用人を呼ぶことができる。そう思い、居間へ行くと、すでに穂村と清美が帰っていて、ちょうど二人はドイツ風のチョコレートケーキでティータイムの真っ最中だ。


「あっ、龍郎さん。ザッハトルテありますよぉ。さすが本場ですね。美味しいです。龍郎さんも食べましょう」

「はい」


 清美がかいがいしく世話してくれるので、急速に人心地がつく。チョコレートケーキは甘さひかえめで、大人でも食べやすい。


「これ、どうしたんです?」

「えっ? 厨房かりて作りましたよ?」

「そうなんですか」


 さっき、さすが本場ですねと言っていたような気がしたが、そこはつっこまないことにした。


「じゃあ、もう財宝についての調査は終わったんですか?」


 今度は穂村に対して質問する。穂村は清美謹製ザッハトルテを、猫にマタタビ状態でパクついている。一人でホール半分は食う勢いだ。


「いやぁ。ドイツはいいねぇ。お菓子をとりあうジャマなライバルがいなくて」


 どうやら、日本に残してきたマルコシアスとガマ仙人のことらしい。


「それより、財宝なんですが……」

「ああ。それか。財宝はどうやら、城の地下に隠されているらしい」


 やはり、地下だ。昨夜見た夢のとおり。


「地下のどこですか?」

「たぶんだが、塔が怪しいね」

「塔ですか」


 たしかに、夢のなかでサラは細い螺旋らせん階段をおりていた。塔の内部の構造と一致する。


「書斎で城の歴史のようなものの書かれた日記を見つけてね。おそらく死んだベルンハルトのものではないかと思う」

「ああ。ベルンハルトが書斎で苦悩してるとこを見ました。書斎が彼の居場所だったんですね」


 穂村はうなずき、

「その日記が、コレだ」と、一冊の手帳をテーブルに置く。革の装丁で日記というより、本に見える。

 龍郎は数ページめくってみたが、ドイツ語らしく、読めなかった。


「僕には読めません」

「さもあろう。私のように多言語に長けてないとな」


 ハッハッハッと笑うので、龍郎は苦笑する。


「それで、なんて書かれているんですか?」

「おもに儀式についてだな。ただ、儀式そのもののことは書かれていないんだ。契約をしたものの、儀式について不安だったんだろう。城内について、あれこれ調べまわったことが、儀式の前日まで書かれている」

「前日ですか」


 不安でしかたなかったから調べてみたものの、いざ儀式を受けてみたら、拍子抜けした——ということだろうか? あるいは、文字に起こせないほどショッキングだった……。


「それで何かわかったんですか?」

「うん。どうやら、亡き城主はいわゆる魔法使いだったようだ。悪魔崇拝だね」


 まあ、そうじゃないかとは思っていた。


「じゃあ、儀式っていうのは、悪魔を呼びだすための……ってことですよね?」

「そう。息子たちは生贄として買われてきた」


「でも、生きてますよ。いや、生きてましたって言うべきか。ベルンハルトは何度か、その役目を果たしたと自分で言ってました。それに、クレメンスは儀式のせいで精神に不調をきたしたらしいです」


「儀式じたいについては、何も書かれてないから想像するしかないが、手記のなかに興味深いことが書かれている」

「なんですか?」


 穂村はもったいぶって、ニヤニヤ笑った。


「先生。話してくださいよ」

「いやぁ。いいもんだね。うまいスイーツとティー。その上、従順な生徒」

「先生!」


 穂村は手記の最初のほうのページを指先で叩く。


「初代城主について書かれている」

「初代城主って、たしか伝説のリントブルムを倒したんですよね? だけど、そのあと病気で死んだ」

「そういう言い伝えだな。だが、事実は違う」

「どう違うんですか?」


 龍郎は意気込んだ。が、穂村は悠長にチョコレートケーキにクリームをのせて頬ばる。モグモグしながら何事かつぶやく。


「先生。何言ってるかわかりません」

「いやぁ。このクリームの甘さとビターチョコのバランスが……」

「いや、おれが聞きたいの、そこじゃないんで」


 穂村はまったく意に介するふうがない。


「初代城主はリントブルムを退治したわけじゃないんだ。書籍によれば、竜と対話し、合意したと言うんだね。娘をさしだすかわりに自らの守護神になってもらった」

「それって、悪魔と契約したってことですよね?」

「そうなるなぁ」


 ハッハッハッと笑いながら、穂村は気軽にこんなことを言う。


「本柳くん。なんなら、私の本体と契約してやろうか? そのかわり思うぞんぶん研究させてもらうが」

「いえ。けっこうです」


 しかし、穂村のジョークはともかく(あるいは本気で言ったのかもしれないが)、初代城主が悪魔と契約したらしいという事実は気になる。


「もしかして、バルシュミーデ氏はその話を知っていたから、この城を買いとったんですかね?」

「ああ。おそらく、そうだろうな。もともと悪魔に関心を抱いていた。そして、この城の歴史を知って、興味を持った」

「じゃあ、儀式というのは、悪魔を召喚するためのものですね」


 だが、少なくともベルンハルトとクレメンスは儀式の生贄にされた。その後も生きている。儀式は失敗したということだろうか?


(いや、違う。成功したはずだ。城内にただよう、この瘴気。悪魔が必ず、ここにいる。それも、魔王クラスのやつが……)


 考えていると、穂村が言った。


「塔を調べてみなければな。財宝というのは、悪魔のことかもしれない」


 そうだ。悪魔がいるとしたら、あの塔以外にない。

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