第四話 狂気の色

第4話 狂気の色 その一



 失神したクレメンスをかかえて、龍郎は別館へむかった。使用人の女が案内に立っている。


 エントランスホールのベルンハルトの遺体は、またもや、クリムゾンが来て、どこかへ運んでいった。

 執事だからと言って、あの落ちつきぐあいはどうなのだろう。怪しくはないだろうか。ふつうなら、雇いぬしの館で一日に二人も不審死することなんて、そうはないはずだ。


 ベルンハルトの死は、もはや事故とは言えない。自殺と言えなくもないが、たぶん、他殺だ。自分で首をくくったのなら、下に椅子かハシゴのような足場に使ったものが倒れている。それに、首に巻きついていたワイヤーには、シャンデリアの重量がかかる。ワイヤーをたわませて輪の状態にするには、そうとうの力が必要だ。人間技でできるものなのだろうか?


(シャンデリアをおろすことができれば、なんとか。たぶん清掃用に上げ下ろしはできるだろうしな)


 でも、そのコントロールをどこでするかにもよる。電動で動かすにしても、スイッチがどこにあるか知っていなければならない。


 そもそも、自殺だとしたら、誰かの協力が必須だ。首をひっかけたあと、シャンデリアをあげてもらわないといけなくなるからだ。殺人と考えるほうが自然な気がした。


(屋敷のなかの人間の仕業だよな。スイッチの位置なんて、見取り図には書いてない。客にやれると思えない)


 動機はやはり、遺産の相続に関してだろうか?

 しかし、ほかの兄弟が犯人だとしたら、目標が的外れだ。ベルンハルトは長男ではあるが、遺産の相続において、とくに有利なわけではなかった。むしろ、今なら、アラブの富豪をたらしこんだヴィクトールのほうが他の兄弟にとってはジャマな存在のはず……。


(いや、待てよ。ヴィクトールに確実に遺産相続人になってもらうためだとしたら、アラブの富豪には動機があるかな。ヴィクトール自身もライバルが消えるわけだし……)


 しかし、今のところ優勢な彼らが殺人を犯す必然性が感じられなかった。やはり、彼らではないのかもしれない。どうにも、わからない。


 考えあぐねているうちに、クレメンスの寝室についたらしかった。メイド服の女が何か言いながら扉をあけた。


 龍郎はクレメンスをかかえたまま、黙ってなかへ入った。が、入口ですくむ。なんだか異様な部屋だ。見るからに高級そうなビスクドールが部屋中にならんでいる。ジュモーだとか、A.T.だとか、龍郎も聞いたことがあった。ガラスの瞳の可愛い女の子たちだが、成人男性の部屋にこれだけ飾られているのは、なんとなく異様だ。


「こちらがクレメンスさまのベッドです」と使用人の女性は言ったらしかった。スマホがポケットのなかなので、うまく翻訳してくれない。


 子息たちの部屋は居間と寝室にわかれていた。浴室などは寝室の奥にあるようだ。居間と寝室が同じくらい広い。それにしても、寝室には窓がなく閉鎖的だ。ベッドのまわりにも人形が見張りの兵士のように、ぐるっと配置されていた。


 龍郎はそこにクレメンスをよこたえた。龍郎が「じゃあ」と言って出ていこうとすると、使用人に呼びとめられる。スマホをポケットから出すと、「お医者さまをつれてきますので、それまで坊ちゃんを見ていてください」と、機械音声が告げた。


「わかりました。あの——」

「はい?」

「クレメンスさんは持病があるんですか?」

「いえ。ございませんよ」


 ということは、純粋に兄の死に驚いたということか。クレメンス自身が兄を殺したわけではないようだ。


 メイドが出ていくと、しばらくして、クレメンスは意識をとりもどした。


 キングサイズのベッドだし、ほかに椅子もなかったので、枕元にすわっていたのだが、龍郎を見た赤毛の美青年は奇声を発して壁ぎわまでとびのいた。


「いや、あの、あなたが倒れたので、ここまで運んできただけです」


 しかし、クレメンスには聞こえてるふうじゃない。ヒイッ、ヒイッとおびえたうめき声をもらし、壁に張りついている。


(話にならないなぁ。でも、これをのがすと二人で話せる機会がもうないかも)


 龍郎は思いきってたずねてみる。


「さっき亡くなったお兄さんのベルンハルトさんから聞いたんです。あなたがたはお父さんの養子だそうですね。養子縁組をするときに、何か契約をしたとか?」


 すると、クレメンスの目の色が変わった。瞳が裏返りそうなほど上部にひきつけられ、どこか恍惚とした表情になる。


 龍郎は怖くなった。

 ベルンハルトも病的だったが、クレメンスはさらにおかしい。正常な精神状態とは思えない。怪しい薬でも使っているのだろうかと危ぶんだ。


 ヨダレをたらしながら空を見つめている美青年を前にして、龍郎がたじたじしていたときだ。


 背後で、カタンと音がする。

 ようやく、さっきのメイドが医者をつれてきたらしい。ホッとして、龍郎は寝室と居間をつなぐドアをあける。


 だが、そこに立っていたのは、医者ではなかった。そばかすだらけの少年。ヨナタンだ。


「クレメンスには何を言ってもムダだよ。もうずっと、この調子なんだ」

「そうなの?」

「ベルンハルトが言ってた。クレメンスはから心が壊れちゃったんだって」

「あのとき?」

「うん。儀式だよ」

「なんの儀式?」


 しかし、そのとき医者がやってきた。ヨナタンは口をつぐんだ。

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