第三話 ある契約

第3話 ある契約 その一



「青蘭ッ!」


 自分の叫び声におどろいて、龍郎はとびおきた。汗をびっしょりかいている。


 だが、夢の世界が去ってしまったことには、すぐに気づいた。ドイツの城のなかだ。現実に戻ってきたのだ。カーテンのすきまから朝の日差しがさしこんでいる。


「なんだね。本柳くん。失敗したんだね? まあ、しかたあるまい。まだ五回、チャンスはある」


 となりのベッドから起きあがった穂村が、アクビをしながら言った。


「なんのことですか? やっぱり、穂村先生たちは何か知っているんですね?」

「だから、夢だろう? まあとにかく、時間をムダにせんことだ。私は今日から隠された財宝とやらのありかを調べよう。清美くんは助手に借りるよ」

「はい。どうぞ」


 龍郎は財宝になど興味がないから、穂村たちが調べてくれるなら、それに越したことはない。だが、そこで思いだした。


「待ってください。そう言えば、変な夢を見ました。誰かが財宝の隠し場所を探していて、階段をおりているんですよ。両側が石の壁に挟まれていて、とてもせまかったので、あれがもし、宝のありかなら、城のなかでも限られてくるでしょうね」


 それにしても、あの夢のなかで、そのはつき落とされていたようだった。大丈夫なのだろうか?


 まるでその答えであるかのように、どこからか悲鳴が聞こえてきた。続いて、バタバタと走りまわるような足音が……。


「何かあったみたいですね」

「うん。始まったな」


 龍郎はパジャマのまま、ドアをあけて廊下をうかがった。階下で何やらさわぐ声がする。


「ちょっと、ようすを見てきます」

「私も行こう」


 清美はまだ寝てるようだ。穂村と二人で一階へむかう。その途中で、龍郎は立ちすくんだ。階段の上から見おろしただけで、何があったのかわかった。階段の真下に人が倒れている。エントランスホールの美しい大理石の床に、うっすらと血がこぼれ、首がありえない角度にまがっている。


「サラさんだ」


 サラ・ホイットニーだ。

 手にアンティークな銀の燭台をにぎっている。ロウソクは折れているものの、折れた部分が近くに見あたらない。


 龍郎は動悸が早くなる。この感じ、なんだか昨夜の夢のようすに似ていないだろうか?


(でも、あのときの階段は絶対に、ここじゃなかった。こんなに装飾的でもなかったし、そもそも両側が壁だった)


 あれは夢だ。現実なわけではない。きっと、夜中に歩きまわって、階段をふみはずしただけ……。


 龍郎は階段をおりて、遺体のそばまで歩みよった。

 サラは昨夜、晩餐の席で着ていたスーツのままだ。一度も寝るために着替えなかったようだ。


(財宝を探しまわっていたからか?)


 夢のはずなのに、妙に符合する。胸のざわつく感覚を味わっていると、クリムゾンがやってきた。


「みなさま。おさがりください。事故ですね。ホイットニーさんはもうご存命ではないごようす。当方で処理させていただきます」


 遺体をどうするつもりか知らないが、メイド姿の使用人が担架にのせて運んでいった。


「警察、呼ばなくてよかったのかな?」

「うーむ。いいわけがない。ふつうならね」


 それはそうだ。事故かもしれないが、これは間違いなく変死だ。警察を呼んで捜査されてしかるべきだ。


 サラの同行者が困惑顔で、クリムゾンのあとを追っていく。同行者は二人いたが、彼らは城の競売を辞退するのだろうか?


「サラさんは信用できそうな人だったのに、残念ですね」

「うん。まあ、わかりやすい人物だった。彼女は財宝をこっそり見つけて、ひとりじめするつもりだったろう?」


 穂村が言うので、龍郎はまた昨夜の夢を思いだした。


「なんで、そう思うんです?」

「君にさぐりを入れていたじゃないか。まさか、親切にウワサ話を教えてくれたんだとか思ってたわけじゃなかろうね?」

「……思ってました」


 ハッハッハッと穂村は豪快に笑う。


「君のそういうところが長所だと思うね。いや、なかなか」


 なかなか、なんだというのか。


 まわりには子息たちも、だいたいそろっていた。ベルンハルトとクレメンス、ヨナタンだ。青蘭の姿はない。それに、ヴィクトールもだ。腕時計を見れば、六時すぎだ。まだ就寝中なのだろう。


 フレデリック神父がいたので、龍郎は声をかけようとした。昨夜、晩餐のあと、神父がなんとなく含みのある目をしていたことが気にかかっていたからだ。


 だが、龍郎が神父に声をかけようとしたとき、背後から呼びとめられた。


「あなたがたと話しをしたい。書斎に来ていただけませんか?」


 ドイツ訛りはあるものの英語だ。なんとか、龍郎にも意味がわかった。


 ふりかえると、長男のベルンハルトだ。青白い顔をして、目の下に黒くクマができている。商談をしたいというふんいきではなかった。


 龍郎は昨日、彼が書斎で髪をかきまわしていたことを思いだした。ベルンハルトは何か思い悩んでいるようすだ。


 この城には悪魔が巣食っている。異常な状態であることは断言できる。霊的なものの見えない一般人でも、勘がよければ気配を感じるレベルである。悪魔について何か聞けるかもしれないと考えた。


「わかりました。話を聞きましょう」


 ベルンハルトが少しホッとする。さきに立って歩きだす。

 龍郎はそのあとについていった。

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