第2話 午前零時の鐘が鳴る前に その三



 おかしい。

 青蘭のようすが変だ。

 龍郎に対して怒っているからという、そんな感じではない。


(なんだか……)


 龍郎のことをおぼえていないかのような……?


 しかも、青蘭が知っているはずもなさそうなドイツ語で話している。いったい、青蘭はどうしてしまったのだろうか?


 追いかけて廊下に出たときには、青蘭はもういなくなっていた。


 龍郎のようすをおもしろそうに横目で見て、サラとその同伴者たちが食堂を出ていく。あとには龍郎たちと、リエル、神父が残った。


「リエル。フレデリックさん。青蘭をここにつれてきたのは、あなたたちですか?」


 龍郎はつめよった。

 リエルと神父は無表情だ。

 答えたのは、リエルだ。


「それは違う。我々はヤツを追ってきたのだ」

「ヤツ? 青蘭を追ってきたのか?」

「ここでは話せない。誰に聞かれているかわからない」


 リエルはそう言って退出した。神父は一瞬、含みのある目で龍郎を見た。が、やはり、何も言わず、リエルについていく。


「龍郎さん。わたしたちも部屋に帰りましょう。急がないと十二時になっちゃいます」


 清美があわてた口ぶりで告げてくる。


「十二時すぎるとなんなんです?」

「まあまあ。それは、そのときになればわかります」


 まあ、そうだ。

 言われるがまま、龍郎は食堂をあとにし、二階への階段をかけあがった。


 なんだか異様だ。

 何者かの気配をうかがうように、城内が静まりかえっている。みんな、息をひそめてる。そんなふんいきだ。


「じゃあ、龍郎さん。お休みなさーい。あっ、龍郎さんも早く寝たほうがいいですよ? いきなり戦闘になっても知らないですからねぇ。油断しないでください」

「えっ? 清美さん?」


 清美は客間に帰ると、すぐに寝室の一方へ一人で入っていった。


「清美さんは夢で見てるんですよね? もっとくわしく教えてくれてもいいと思うんですが」

「まあまあ。私たちも寝よう。今日はもう疲れたよ」と、穂村も言う。


 しかたないので、龍郎もほったらかしにしていたキャリーケースをひいて、もう一つの寝室に入る。ベッドが二つあって助かった。


 穂村がシャワールームへかけこんでいくのを見送って、龍郎はパジャマをひっぱりだす。シャワーは晩餐の前に浴びている。


 大型のキャリーケースをあけると、なかにはユニコーンのぬいぐるみが入っていた。青蘭の大のお気に入りだ。青蘭に出会ったら渡そうと思い、持ってきたのだ。


(青蘭。おれのことを忘れてしまったのかな? それとも口もききたくないってこと?)


 とりあえず、青蘭がぶじに生きていることだけはわかった。ケガや病気でもないようだ。それだけは安心した。


「なあ、ユニ。おまえも青蘭に会いたいよな?」


 話しているうちに、穂村が裸のまま戻ってくる。


「マズイ。マズイぞ。鐘が鳴るじゃないか。服など着ておれん。私はもう寝る。じゃあな。本柳くん。健闘を祈る!」


 わけのわからないことを言って、穂村はパンツ一丁で布団にもぐりこんだ。


 いったい、みんな、なんだというのだろうか?


 龍郎は気になって質問しようとしたのだが、そのときにはすでに、穂村はいびきをかいて寝こんでいた。穂村は自在に睡眠をコントロールできるらしい。


 龍郎は気が昂って、まだ眠れそうになかった。ベッドの上でユニの黒いつぶらな瞳をのぞきこんでいた。


 城内は無人のように張りつめた静寂に支配されている。


(やっぱり気になる。青蘭と話しに行こう。どの部屋かわからないけど。探せば、なんとか……)


 決心して、半身を起こす。

 ところが、そのやさき、十二時の鐘が鳴った。リンゴン、リンゴンと少しひずんだ音が木霊こだまする。

 その音がしだいに高くなり、猛烈な睡魔に襲われた。


(なん……だ? これ……目をあけて、られな…………

 )


 失神するように眠りについた。

 そう。たぶん、眠っていたのだと思う。


 そのあいだ、龍郎は誰かの目を通して、世界をながめていた。長い階段をおりている。両側を石の壁にはさまれた、せまいきざはしだ。コツコツと靴音が響く。ゆらめく光がわずかに周囲を照らしている。


 もうずいぶん、くだり続けている。このさきに財宝が隠されている。きっと、そうだ。まちがいない。あの古文書のとおりだ。


 この財宝を手に入れれば、不思議な力を得られるという。ソロモン王の指輪にも匹敵すると聞いた。


(みんな、この宝が欲しくて争っているのよね。バカバカしいわ。そのために、こんな古くさい城に二億ユーロも出すなんて。維持費だけで、毎年一億もかかるっていうのに)


 コツコツ、コツコツコツ——


 自分の靴音にまじって、どこかから、かすかな音が聞こえる。あれは水音だろうか?

 いや、違う。

 何かが壁をこするような……。

 ズズ、ズズズ……と、石の壁を振動が伝う。


 なんだろうか? あの音。

 伝説のリントブルム?

 でも、恐ろしい竜はすでに退治されたはずだ。


 しかし、気のせいというには、あまりにもハッキリと聞こえる。


 それに、あれは悲鳴だろうか? いや、風かもしれない。周囲の谷底を風が吹きぬけるときの音だ。そうに違いない。きっと、この振動も風が原因だ。何も恐れる必要はない。


 そう思うのに、足がふるえる。めまいのするような感覚が強くなった。異臭にも近いほど、空気がよどんでいる。


 とつぜん、人の声がした。

「このさきに行っちゃいけない」


 体がすくみあがった。

 恐る恐るふりかえる。

 だが、背後に立っていたのは見知った人物だった。ほっとして安堵の吐息をもらす。


「おどろかせないで。あなたも財宝を探しているんでしょ? ねえ、わたしと手を組まない?」


 ああ、いいよと答えが返ってくるものだとばかり思っていた。なのに、次の瞬間、思いきりつきとばされ、宙に舞っていた——




 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る