第二話 午前零時の鐘が鳴る前に

第2話 午前零時の鐘が鳴る前に その一



 全員が席につくと、まるで待っていたかのように、どこかで鐘が鳴った。鐘楼があるらしい。おそらくは敷地の奥にある塔の上だろう。そういえば、昼間も鳴っていたかもしれない。あまり意識していなかった。


「みなさん、おそろいですね。こちらにおられるのが、バルシュミーデさまのご子息がたです。手前から、長男のベルンハルトさま。次男のヴィクトールさま。三男クレメンスさま。四男エメリッヒさま。五男のヨナタンさまです」


 クリムゾンがそのように説明する。


(やっぱり、そうだ。青蘭が、ここではエメリッヒって呼ばれてる……)


 いったい、どういうことなのだろうか? まったく見当もつかない。何かのわけがあって、子息のふりをして城に潜入しているのか……?


(もしかして、リエルたちの差し金か? セイラムでさまよってる青蘭を見つけて、保護したんだとか?)


 そうなら、アメリカでいなくなった青蘭が、とつぜん、大陸をまたいでドイツに現れたわけもわかる。リエルたちの組織なら、パスポートがなくても渡航できる手立てを持っている。なにしろ、リエルは国境など関係なくことができるのだ。


 そう考えると、青蘭が姿を消したことの説明はつく。青蘭の態度が硬質なのは演技か、龍郎をゆるしていないかのどちらかだ。


(まあいい。やっと青蘭に会えたんだ。とにかく謝る。それしかない!)


 おかげで食事のあいだ、龍郎はずっとソワソワしていた。食事に入る前、クリムゾンが何やら説明していたのだが。


「バイヤーのみなさまの前に金文字のネームカードがございますね? これが契約のさい必要になります。期限の正午、このカードの裏にそれぞれ、契約したい相手の名前と城の買い取り価格をご記入ください。価格のもっとも高いかたに城をお譲りいたします。また、そのバイヤーの指名者が遺産の相続人となります」


 カードは代表者に一枚だ。つまり、龍郎たちには龍郎の前に一枚だけ。


「カードを紛失すると、どうなるんだね?」と、アラブの富豪風の男がたずねている。


「紛失されても再発行はいたしません。最初の一枚きりなので、期日まで慎重に保管されてください」

「金庫に預かってはくれないのかね?」

「金庫はそれぞれのお部屋にございます。どうぞ、ご活用くださいませ」


 そのようなやりとりがあったあと、壁ぎわにならんで待っていた使用人たちが、テーブルに料理を運ぶ。黒いワンピースに白いエプロンをつけた、昔ながらのメイドスタイルだ。


 豪華なドイツ料理が供されたようだが、龍郎には覚えがなかった。とにかく、食事中、青蘭の顔ばかり見つめていたのだから。


 青蘭はつんとすまして、龍郎のことなど、まったく知らないふりをしている。たとえ演技だとしても、今の龍郎にはこたえた。


 食事が終わると、さっそく、バイヤーと息子たちの駆け引きが始まる。


 息子にしてみれば、バイヤーのすべてのカードに自分の名前を書かせれば勝ちだ。そのなかで、もっとも高い金額を書いたバイヤーが自動で相棒に選ばれる。


 一方、バイヤーはカード一枚に対して、一人の名前しか書けない。ただし、金額は自分の資産が許すだけ記入できるのだから、選択権はむしろ、バイヤーのほうにある。子息はもっとも高額を書きそうな相手に、なんとかして自分を売りこまないといけないわけだ。


(ああ、そうか。だから、ヴィクトールはおれと組んでもいいなんて言ったのかな? もしかしたら、バイヤー全員にそう言ったのかも?)


 なかなか、油断ならない。

 だが、龍郎は城の売買にも相続人にも興味がない。ウソをつかれても痛手はないのだが。


 ワイングラスを手に、数名が席を立ち、暖炉の前に歩いていく。そこに何脚か椅子があるからだ。長卓より距離感が近い。


 龍郎も急いで青蘭のもとへ走った。


「エメリッヒさん。あなたと話したいんだ」と言うものの、そのとき、龍郎の声にかぶさるように、アラブの富豪が大声を出した。


「私ならこの城に最低でも二億ユーロだす。どなたか、私と取り引きしたいご子息はおいでではないかな?」


 とたんに場が騒然とした。

 あからさまに動いたのは、ヴィクトールだ。やはり、彼は野心家のようだ。とびきりの美貌に甘い笑みを浮かべて、富豪にすりよっていく。

 それを見て、負けていられないと思ったのか、青蘭もそっちへむかっていく。長男のベルンハルトと三男のクレメンスもだ。富豪、美青年四人にかこまれて、モテモテである。


「ああ、見ていられませんねぇ。おじさんが美男をはべらせてるぅ。耽美なんですけど、おじさんがもうちょっとスマートならなぁ」


 見れば、清美がまたスマホで撮影していた。


「龍郎さん。いいんですか? 青蘭さんをとられちゃいますよ?」


 たきつけようとするのだが、穂村が冷静に助言してくる。


「いや、まだ早いね。ここで値をつりあげると、こっちは初日で打ち止めになる。龍郎くんは五億までしか出せないんだろう?」

「そうですね。ユーロで言えば四億五千くらい」

「じゃあ、ここはようすを見ておくことだ。まだ序盤だからね。それに……」と言ったあと、穂村は言葉をにごした。


「それに?」


 龍郎がたずねると、声をひそめる。


「何人か死ぬんだろ? どうなるか、まだわからん」


 なるほど。そうだった。

 美男城殺人事件だったのだ。

 青蘭に危険がおよばないのか、にわかに心配になった。

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