第1話 悪魔の棲む城 その三
エントランスホールには数人の人がいた。壁にそって置かれた古風な椅子にすわっている。ほとんどは西洋人だが、誰もかれもスーツが板について、見るからに実業家だ。城の内見が今日からなので、いっせいに集まってきたらしい。
とは言え、条件が厳しいせいか、そう多くはない。龍郎たちをふくめても三組みだけだ。アラブの富豪っぽいのと、メガネをかけたキャリアウーマン。その二人を中心にして複数人がそれぞれ、仲間内でかたまっている。
清美は美男城と言ったが、とくに美形はいない。執事のクリムゾンはイケメンだが、あとはふつうだ——と思っていたら、龍郎たちのすぐあとから、もう一組みやってきた。その顔ぶれを見て、龍郎は絶句する。
たしかに、これは美形の二人だ。何しろ、リエルとフレデリック神父なのだから。それにしても知った顔が現れるとは思っていなかった。
「えーと……あなたたちも城を買いに?」
もしかして、彼らも青蘭を探しに来てくれたのだろうかと期待したが、リエルと神父は龍郎の問いかけを無視した。執事とドイツ語で話しだす。
執事は名前からすると英語圏の出身のようだが、ドイツ語も堪能だ。しばらくリエルたちと話したのち、清美のキャリーケースをそこで返してくる。
「モトヤナギさんたちも、そこへおかけください。競売の説明をいたしますので」
どうやら、本日の来訪者はこれだけらしい。
つまり、ここにいるのはゲストのみだ。城の関係者はこのクリムゾンだけなのだろうか。でも、このなかに青蘭はいない……。
いぶかしく思いながら、龍郎はそれとなく城内を見まわす。ホールにつながる大階段は二階の両側に翼をひろげるように装飾的な黒い手すりがついている。
そこに一瞬、人影が見えた。
「青蘭ッ?」
いつものように黒いスーツをまとう華奢な肢体。瞬間的にしか見えなかったが、まちがいなく青蘭だった。サッと身をひるがえし、廊下の奥の暗がりへと姿を消した。
龍郎が追いかけようと立ちあがると、クリムゾンがたしなめる。
「おかけください。鍵など渡すものもありますので」
しかたあるまい。
城を買いにきたわけではないとバレると、追いださせる可能性もある。龍郎はジリジリした思いを殺して腰をおろした。
しかし、これで、たしかに青蘭がいるということはわかった。もしかしたら、ここにいるバイヤーの誰かのつれなのかもしれない。
クリムゾンは小さくうなずき、英語で説明を始める。
「先日、この城のあるじ、ヴァルブレヒト・バルシュミーデさまが他界されました。遺書により、全財産の相続者が、これから述べる方法で決定されます。遺産相続権を所持するのは、五名。バルシュミーデさまのご子息たちです。長男のベルンハルトさま。次男のヴィクトールさま。三男のクレメンスさま。四男のエメリッヒさま。五男のヨナタンさまです」
一度に言われても外国人の名前はおぼえきれない。が、とりあえず息子が五人いることだけは理解した。
クリムゾンは続ける。
「バルシュミーデさまのご遺言によれば、ご子息のなかのどなたかお一人に全財産を譲ります。その後、この城は売却しろということです。つまり、この城をもっとも高く売却した者に、城をふくむすべての財産を譲渡する、と」
急にバイヤーたちがザワザワしだす。たしかに、これはややこしい。
(えーと、つまり、まだ現段階で相続人は決定してない。おれたちとの交渉しだいで相続人が決まる。しかも、売価がもっとも高い者——ってことは、息子たちは城の値段をつりあげようとしてくるし、バイヤーはなるべく安く買いとりたい。息子たちの交渉術を試してるってことかな?)
亡くなった城主は会社の経営者なのだろうか? もしそうなら、この条件はシビアだが納得のいく選択法ではある。
(まあ、おれは本気で城を買うつもりはないから、そこのとこはかまわないんだけど)
青蘭が誰のつれなのか見きわめて、早く話したい。あやまって、戻ってきてくれるよう
龍郎の目的はそれだけだ。
「期日は本日よりちょうど一週間となっております。七日後の正午、広間にて相続人と買い取りぬしを決定いたします。見取り図をさしあげますので、城内をご存分にごらんくださいませ」
そう言って、クリムゾンはコンソールテーブルの上に用意されたファイルをとり、それぞれ、龍郎たち、アラブの富豪、メガネ女史、リエルたちの四組みに渡す。
そう言えば、息子は五人なのに、バイヤーは四組みなんだなと、このとき龍郎は思った。息子が一人、あぶれてしまう。なんだかバランスが悪い。
「では、これが、みなさまがたのために用意した部屋の鍵です。キーホルダーにそれぞれの部屋の名前が記されています。食事は三食、食堂に用意いたします。晩餐は夜の八時からでございます。それまで有意義におすごしくださいませ」
今度は鍵を渡された。
改築したのが二十世紀らしいから、最新のキーというわけにはいかないようだ。ズッシリ重い古風な鉄の鍵だった。輪になったホルダーに三つ四つついている。そのほかに鉄のプレートが一枚ぶらさがり、部屋の名前だというアルファベットの刻印がされている。
「これよりはご自由にどうぞ。ご用の向きがあれば、私どもにお申しつけくださいませ」
そう言い残して、クリムゾンは去っていった。私ども、ということは、少なくとも他にも下働きがいるのだろう。まあ、これほどの城を維持するためには、相応の人数が必要だ。
バイヤーたちは内々でボソボソ話していたが、そのうち誰からともなく、用意の客間へむかっていった。
龍郎は急いで二階へかけあがった。もちろん、そこに、青蘭の姿はすでになかったが……。
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