11.Vice

 羽野まにま。十六歳。

 本名のまにまは本来みなみとされる予定だったが、ウェブ上でのやりとりの際に母音を打ち間違えられ、まにまとして受理された。そんなボタンの掛け違いみたいなところから、彼女の狂った人生は始まっている。

 ただ、彼女が三歳になる頃に、父・羽野かけるが母・日和ひよりの元から蒸発するまでの間は、彼女の人生にとって唯一とも言っていい、普通で平凡な日々だった。


 最愛の夫に捨てられた日和は、男漁りのようなことを始めた。ままいるのだが、男がいなければ自分は無価値だという、そんな価値観を持った女性が日和だった。

 その価値観自体は、ありふれているといえばありふれているのだけれど、日和が特に異質だった点は、三歳の娘の育児を一切放棄して、自分の価値を取り返すことに必死になっていたことだ。


 三歳。


 一般的には、運動や言語の成長がある程度完了し、歩いたり話したりなど、行動の幅が大きく広がる時期ではある。彼女も例に漏れずそういった成長を遂げていて、日和はそれを見て――歩けて話せるなら大丈夫だろうと、放任していたらしい。

 三歳児の面倒を見ず、自宅に男を招いて関係を持つ。

 そんな母を横目に見ながら、まだ料理の仕方も当然知らない彼女は、リビングに残された酒の肴の残りを主食に生活をしていた。


 そうした暮らしが一年を過ぎた頃、日和にようやく決まった相手が見つかる。その男は無職だったため、一日中、日和の相手をすることができた。それが心の傷を埋めたい日和にとっては好都合で、翔が残した財産を食い潰しながら、二人はずっと一緒に過ごしていた。


 四歳。


 彼女は四歳にして、自分の母親と、知らない男のために朝・昼・夜を問わず、食事を提供していた。料理の技術は当然拙く、刃物も火もまともに扱えないものだから、大半はコンビニ食ではあったものの、日和の機嫌が悪い時には買い物に行くためのお金を貰えずに、料理をする必要があった。

 そういう日は母とその男の間で何か揉め事があったことが多く、男は八つ当たりのように、出された食事に不満を言う。四歳児が作った食事に。食べられるだけで奇跡とも言えるそれに対し、男はちょっと火の通りが悪いとか、形が悪いとか難癖をつけては、作った彼女の口に棄てるように残飯を押し込んでいた。


 三角コーナーのように。


 そんな生活が数年続き、翔の貯金がなくなって生活が続けられなくなった頃、男は日和から離れていった。そしてまた、日和は新しいパートナーを探し始める。

 その頃には彼女も小学生となり、学校に通える時間は日和にとって貴重な逃避の時間だったのだけれど、一切の教育を受けてこなかった彼女は学力が著しく欠けていて、まともに他人とコミュニケーションを取ることができず、数少ない知っている言葉も忌避されるような汚れた語彙で、彼女は学校の中でも浮いていた。

 浮いている程度なら、一切、彼女にとっては苦痛ではなかったのが不幸中の幸いだ。

 不干渉を貫いてくれるのなら、それでいい。

 たまに理不尽なことを言ってくるが、母も自分にわざわざ突っかかっては来ないから、彼女は日和のことも嫌いではなかった。


 しかし、次に日和が連れてきたのは、彼女が最も苦手とする、過干渉な男だった。

 男は夫に捨てられ出会いにも恵まれない日和や、残された子どもに同情し、三人で幸せな家庭を作りたいと望む理想の高い人物だった。

 男は手始めに、学力の低さを理由に学校で浮いている娘を教育し、馴染ませるところから始めようとしたのだが――その試みは、その段階で終わってしまう。一手目で詰んでいた。


 男は理想が高いが能力が伴わない――そんな人間で、彼女を自分で教育しようとするが上手くいかず、何故こんな問題ができないんだ、俺の教え方は悪くないのに――と自己弁護をしながら様々な教育方法に手を出し、そのたびに失敗していた。

 そんな彼が最も好んで用いたのが旧来の、体罰を用いた方法で、その方法が何故この世から消えたのかも考えずに、一切学力の伸びない彼女に何度も体罰を重ねていた。

 その際に使用していたのが、彼が愛好していた煙草である。


 彼女は灰皿にされていた。


 それだけでも十分異常だが、その男が更におかしかったのは、学力の低い娘を学校に通わせることを恥だと考え、彼女を家に軟禁するようになった点だった。だから彼女は、小学校中学年以降、学校に通っていない。


 そして日和は、いつの間にかいなくなっていた。

 この男は危険だと理解するぐらいの常識は持ち合わせていたのだろう。日和は自分のことに関しては、冷静な判断を下せたが、しかし、そこで娘を連れて一緒に逃げるという選択肢は、日和には存在しなかった。


 そして彼女と、血の繋がりすらない異常な男との二人暮らしの生活が、しばらく続いた。その時代が彼女の人生の中で最も暗黒で、陰惨としていたことは間違いない。

 次いで男が新しく出会った女性を引き連れてくるようになり、その女性は問題のある児童を監査し保護する仕事に就いていたのだが、男と同様、更生できない子どもに強く当たるような傾向があり、辞職させられていた。

 そんな二人の赤の他人により、自己認知を酷く歪まされながら中学生ぐらいまで育った彼女は、女性の元同僚からのコネクションにより白縫くるみに発見され、保護された。


『その後は君たちの知る通りだよ。出自不明な子どもたちとして集められ、非実在人材の養成のために教育され、私の会社の設立と共にバーチャルYoutuberとしての活動を始めた』


「…………」


 絶句する。

 今聞いた話が、誰の何についての話なのか、正しく理解ができない。

 本当に今のが、あの羽野の出自なのか?

 たしかに認知の歪みや、感情の振れ幅の目立つ奴ではあったけれど、それでもこんな身の毛もよだつような体験を経て、あんな風に普通に笑ったり、楽しんだりって、できるものなのか?

 同じ国で――いや、同じ世界で、そんな出来事が起こっているだなんて、にわかに信じ難い。


『――話を続けてもいいかい?』


「……続き? この話に、続きなんてあるんですか?」


「まだ、どうしてまにまが自殺をしようとしているのか聞いていないでしょ」


 僕の隣で浜風が言う。

 浜風もこの話は初めて聞くはずなのだけれど、目を疑うぐらい平然としていた。


「そうだったな……正直、僕はもう話なんて一つも聞きたくないんだけど」


『そう言わないでよ、これで最後のパラグラフだからね』


 僕の意見を無視し、白縫さんは事務的な口調で続ける。


 羽野と、無関係な男と無関係な女はそれ以来、繋がりはなかった。

 そういった柵を断ち切るところまでが白縫さんの仕事だったから。自分たちが集めた人材を、外界から遮断すること。逆説的に、浜風の個人情報が、僕たちの油断はあったにしてもああも簡単に流出して特定されるに至ったのは、白縫さんの庇護下から離れた弊害の一つでもあった。


 そしてその影響は、羽野にも及んでいる。

 羽野の姿が大きく映った映像が出回り、ニュースになり、界隈の外まで広まったことによって、無関係な男が羽野の現状を知った。バーチャルYoutuber波乃まにまという金脈を、知ってしまった。


『まにまを引き取る時には公的な機関を挟んでいない代わりに、お互いに不干渉を貫くことを条件にしていたから、相手方の男はまにまがどこで何をしていたのかは知らないはずだった。知られないように、細心の注意を払っていた。けれど、それが知られてしまった――』


 男は羽野とは無関係ではあるのだけれど、実母の日和が失踪するまでの間に親権を移し終えていたらしく、書類上、彼は羽野の父親ということになっているらしい。


『だからあの男が望めば、私はまにまも手放さなければいけないのだけれど、あの男が提案してきたのは、そんな簡単な話ではなかった』


 男が提案してきたのは、波乃まにまの権利の譲渡。

 私なら、あのキャラクターコンテンツをより盛り上げることができる――と。

 羽野の教育に失敗した時から彼の人間性はまったく成長をしておらず、だから自分であれば、この炎上騒動を切り抜け娘の力になることができると、何の根拠もなしに信じているらしい。


『その提案――拒否権のない提案をされたことを、昨晩の内にまにまに話したところ、それ以降、彼女の足取りが不明になっているんだよ』


「……えっと」


 なるほど、たしかにそこまで聞かなければ、現在の事情は正確には分からない。

 だけど聞いたところで分かるかと言われれば、分からないのだけれど。


「つまり、羽野はその親……男の元に帰るのが嫌で、自殺をしようとしているってことですか?」


「はん、馬鹿ね」


 そんな僕の解釈を浜風は鼻で笑う。


「まにまが自分の心配をしているわけないでしょ。あの子が考えてるのは、いつだってまにまちゃんのことだけよ」


 浜風は言う。


「その男の干渉で、まにまちゃんが自分みたいに壊されちゃうのが嫌だから、まにまちゃんを守るために、自分が死のうとしているのよ」


「いや、ちょっと待てよ。キャラを守りたいっていうのは分かるけど、それがどうして自殺に繋がるんだ?」


「あの子はこれ以上、まにまちゃんを誰にも玩ばれないために、演者である自分が死ぬことで、誰にも踏み込まれないようにしようとしているんでしょ。倫理の盾で守るために」


『――みずち、もしかして、気づいているのかい?』


 と。

 浜風に対し、白縫さんが問う。


「ええ、さすがにね。薄々感じてはいたけれど、確信した」


「な、何の話だ?」


「それを話している場合じゃないわ。くるみの言った通りなら、残された時間はあまりない」


『そうだ、だから悪いけど早速、まにまの捜索に入ってほしいな』


「……まあ、それ自体は構わないんですけれど」


 大枠は掴めているし、それだけで動く理由には十分だ。

 羽野の現状が男たちに伝わった原因の根幹は、僕にあるのだし、僕のせいで死人を出すわけにはいかない。これ以上、僕のせいで誰かが不幸になるのを、見ていられない。


『できれば若名くんには、あの子の心情を読み取って、行動を予想してほしいね。一種のゴースティングだ』


「残念ですけれど、僕のゴーストライターとしての素質はそんなに便利なものじゃないですよ」


 周辺のエピソードを聞かせてくれたのは、僕が羽野の心理をトレースしやすいようにするためなのだろうけれど、浜風の読心とは違い、そんな応用力はない。


「虱潰しに行くしかないですかね。たしか漫画喫茶で寝泊まりしていたはずです」


『そうか。……いや、だとしたらまずはあの子のスマホを調べてくれないか?』


「スマホ?」


『みずちやまにまに渡してある端末は、GPSでこちらから場所が分かるようになっているんだよ。その反応が若名くんの家で途切れていたから連絡したんだ』


「……それは調べてみる価値がありそうですね」


 何なら真っ先に話してくれてもよさそうな情報だ。


『細かな場所までは分からないから、見つけたらまた連絡してくれ。こっちはこっちで、別のアプローチを試してみるつもりだ』


「分かりました」


『じゃあね』


 挨拶もそこそこに、白縫さんは通話を切る。

 その急ぎようから、今回はあの人も本当に協力的なんだと実感させられる。


「浜風」


「私の部屋にはなかったわ」


「……分かった」


 白縫さんとの通話が終わる前から、浜風は捜索に動いていた。

 この辺りの切り替えの早さというか、動き出しの早さは賞賛する他ない。


「もし出ていく時に忘れたんだったら、私の部屋かなと思ったんだけど。お風呂場、見てくるわね」


「……いや、たぶん室内にはないはずだよ」


「何?」


「そうじゃないと、時系列がおかしくなるんだ」


「時系列って、どういうこと?」


「だから、羽野と最後に会ったのが一昨日で、動画が流れ始めたのがその夜だろ? で、白縫さんが羽野に連絡をしたのがその後なんだから、必然的に、あの日に忘れていったわけじゃないことになる」


「不法侵入していないのなら、ね。そしたら――郵便受けか」


 情報を即座にまとめた浜風は、一目散に玄関へと向かい、郵便受けを開けた。

 中には読み通り、僕のものでも浜風のものでもないスマートフォンが投函されていた。


「……その中に、たぶん、お前へのメッセージが入っているんじゃないかな」


「どうしてそう思うの?」


「だから、時系列だよ」


 僕は言う。


「そこにスマホがあるってことは、羽野は忘れていったわけじゃなくて、意図的に置いていったってことだろ、この場所に」


 ここは僕の家ではあるけれど、羽野にとっては、浜風の仮宿という意味が大きいはずだ。そこにスマホを置いていくということは、浜風に届けたかったという意味に他ならない。


「――はん、なるほどね。そこまで分かるなら、あんた、十分ゴーストよ」


 そう言いながら、慣れた手つきで浜風はスマホを操作していく。


「エンティ」


「あいあーい、みず姉、まに姉から音声メッセージが届いているよ。再生してもいい?」


「ええ、お願いするわ」


 躊躇なく浜風は頷く。

 僕は予想が当たっていて安心する反面、そんなメッセージが残されているということに、羽野の覚悟の強さを読み取ってしまう。衝動的な自殺ではなく、計画的な自殺。

 だとすると、それは親権を持った男に、自分の活動を知られたからという理由だけとは思えない。果たしてどんな内容なのか、居住まいを正して耳を傾けよう。


『みずちちゃんへ。


『まず最初に、私の都合に巻き込んでごめんなさい。気づいていると思うけど、会社を炎上させたのは私です。


『私はまにまちゃんを表現し続けることに、限界を感じていました。


『いつもの振る舞いからだと信じられないかもしれないけど、私もまにまちゃんが、本当にこの世に実在する女の子だと思っていたわけではありません。


『だからといって、いないとも思っていませんけれども。


『まにまちゃんは私の親友です。


『私の心の中に存在する、私の理想の女の子です。


『明るくて人気者で、活発で力強くて、だけど友人の奔放な振る舞いに振り回されて、飽きることのない毎日を過ごす女の子なんです。


『私の心が折れそうだった時に、私の代わりに毎日を楽しく過ごしてくれて、私を元気づけてくれた、私の恩人でもあります。


『そんな彼女が、バーチャルYoutuberの活動を通して、本当に実在するんだって、みんなに思ってもらえていたのが、私の生き甲斐でした。


『生きる理由でした。


『だけどそれには限界が来てしまった。


『私には、まにまちゃんを表現し続けるだけの能力がありませんでした。


『今思えば、当たり前ですよね。私なんかに、何かができるわけないのに。何にもできないから、私なのに。


『最近は、Youtubeのチャンネル登録者数の伸び率の低下や、再生数の現状維持が続いてしまって、目に見える形で私の能力不足が表れていました。


『みずちちゃんとの差が、目に見えてどんどん離れてしまっていました。


『視聴者の人からははっきりと感じる段階じゃないでしょうけれど、同業の方には見抜かれてしまうような、勢いの衰えです。衰退期の前兆です。


『グループ内でみずちちゃんより下なのは全然良かったんですけれど、それでも差が大きくなりすぎると、視聴者の方にも、それを感じさせてしまいます。


『そんな風に視聴者さんに、まにまちゃんが見られてしまうというのが耐え切れませんでした。


『みんなの人気者で明るくて可愛いまにまちゃんの存在が設定上のものだけになってしまい、実際の数字が伴わなくなって、滑稽なものに変わってしまうことが、怖かったんです。


『だけど私にはその状況を打破するだけの能力がない。


『このまま続ければ、その未来は確実に訪れてしまいます。


『だから――会社を炎上させて、まにまちゃんの意志とは無関係に、彼女の活動ができない状況を作る必要がありました。


『それが、犯行の動機です。


『まにまちゃんが自発的に引退をするのなら、理由がいります。辞めたことを責める人もいるでしょう。そんな批判や批難から守りつつ、まにまちゃんを、全盛期のまま保管するには、理不尽な理由での活動中止が必要でした。


『バーチャルYoutuberの界隈の中で、唯一無二、キャラクターに一切批難を向けずに前線を退ける理由があるとすると、会社の炎上しかないと、そう思ったんです。


『だから私は、匿名の立場で、あの会社の内情を暴露しました。


『私たちの扱いが異常だったということは、私にも分かりましたからね。それが私のために罪を被るような不正だったとしても、その不正は、まにまちゃんのためにはなりません。


『まにまちゃんのためにならないのなら、私には必要のないものです。


『そして、事は思いの外、上首尾に進みました。私にしては。


『安心して、漫画を読み耽って過ごせるくらいには。


『でもみずちちゃんから、合成音声でのVtuber運用の話を聞いた時には、やっぱりそうなるんだと思ったのも事実です。


『私の人生が、上首尾に行くはずがないですから。


『もしもまにまちゃんが私抜きで運用されることがあったら、まにまちゃんは私の中のまにまちゃんと、乖離してしまいます。


『彼女の命は既に止まっているのに、再び動き出すなんてこと、あってはならないですよね。


『みずちちゃんと違って、まにまちゃんはまにまちゃんで、私じゃない、独立した命なんですから。架空の存在かもしれないけど、架空だからって、蔑ろにしていいわけじゃないですよね。


『だから私はあの時、鼠さんの言葉に怒ってしまいました。


『鼠さんには私とまにまちゃんの事情なんて、分かるはずないのに。申し訳ないことをしてしまいました。


『ただし、それとこれとは別の話です。


『私はまにまちゃんがそんな運用をされることを、どうしても止めたかった。


『だから私は考えました。これ以上、まにまちゃんを玩ばれないために、どうすればいいか。


『簡単な話でした。


『――私が死ねばいいだけのことです。


『キャラクターの命だけで足りないのなら、演者である私の命も懸ければいいんです。


『架空の命は玩べる人たちでも、同じ世界に存在する人間の死には、配慮がされますよね。


『私みたいな存在でも、命は命です。


『バーチャルYoutuberの世界は、演者が死んだのにキャラクターだけを会社の都合で運用し続けるなんて真似が通用する世界ではないはずです。


『私がまにまちゃんに勝っている唯一の点が、この世界で生きているということだけなのですから。その命と引き換えに、これ以上、まにまちゃんを誰かの好きにさせずに済むのなら、喜んで支払います。


『ですが一方で、あの時は怒ってしまいましたけれど――私以外の人なら、もっと上手に、まにまちゃんを表現してくれるんじゃないかとも思いました。


『私には無理でしたが、私よりも優れた表現力を持った人に任せれば、あの状態からのまにまちゃんでも、もっと活躍できるんじゃないかって。


『もしそうなら、まにまちゃんにとって私は不要です。足枷にしかなりません。


『まにまちゃんの唯一、隠すべき点は、私のような醜い存在を元に作られたという一点だけなのですから。


『その証拠である私を、隠滅する必要があります。


『だからどちらにしても、私は死ぬつもりでした。


『だけどその場合は、誰にも悟られないよう、静かに、一人で事を終えるつもりでしたが――あの人たちに介入されるとあっては、そうも言っていられません。


『あの人たちは、私と一緒です。


『何をしても、何もかもをだめにしてしまう。


『そんな人たちの手にまにまちゃんが渡るなんて、あってはならないことです。


『だから私はこうしてメッセージを残して、死ぬことにしました。


『ここからが本題です。


『みずちちゃんにとってもメリットのある、Win-Winの提案があります。


『私はみずちちゃんなら問題なく転生できると思って巻き込んだ節があるんですけど、そういうことを言っている場合じゃなくなっちゃったから。


『だけどここで私が死ねば、みずちちゃん――バーチャルのみずちちゃんの運用はまにまちゃん同様にできなくなって、生身のみずちちゃんには、注目が集まりますよね。


『バーチャルの肉体がなくても、死んだ友人のために頑張るみずちちゃん――と、外からは見られるはずです。それはきっとエモーショナルで、注目を集めます。


『グループじゃなくても、2Dモデルがなくても、衆目を集められます。そして一度人を集めてしまえば、みずちちゃんなら、間違いなく人気を維持できるはずです。


『だから、私の死を以て、まにまちゃんの問題も、みずちちゃんの問題も、解決することができます。


『私の死を、存分に利用してください。


『これもみずちちゃんのお得意の、破天荒な解決策――ですかね。


『私にみずちちゃんと同じことができるとも、思いませんけれど。


『だから、ね。


『みずちちゃん。


『私はもう、先にアガっちゃうけど、みずちちゃんは、頑張ってね。


『頑張って生きてね。


『あなたの友人、羽野まにまより――』


「――あの、馬鹿」


 声を震わせ。

 浜風は、そう呟いた。

 羽野の出自だけでも、僕としてはキャパシティーオーバーだったのだけれど、それに加えて、炎上事件の主犯が羽野だったって? 本人の口から聞いてさえ、信じられない。

 彼女がキャラクターに強く入れ込んでいるのは察していたけれど、動機にそこまで密接に絡んでいるというのは想像を超えていた。

 自分本人よりも、キャラクターを優先するという感覚自体は――しかし理解ができないわけでもない。僕が成ってきた作家たちにも、そういう傾向のある人たちは多くいた。

 自分自身から抽出された要素の粋である創作物のほうを、自身よりも優先する感覚。

 作家よりも作品のほうが上だという序列。

 その法則は、僕たちのような人間にはきっと分かりやすい。

 そしてその作品が汚されてしまうことを、何よりも恐れるということも。

 だからといって、キャラクターを守るために自分の命を投げ打つというのは、やり過ぎだ。


「止めないと」


 言うと同時に、僕の身体は動き出す。

 最低限の荷物をまとめて外に飛び出そうとした僕に、その背後で。


「どこかアテはあるの?」


 と、浜風が尋ねてきた。


「アテがあるとか、そういう段階じゃないだろ。事は一刻を争うんだから」

 あのメッセージが録音されたのが昨晩だとすると、もう手遅れになっていてもおかしくはない。だけど、だからといって、探さない理由にはならないはずだ。


「だったら、闇雲に探すのなんかより、いい方法があるわよ」


「いい方法?」


 そう問い掛けると、浜風は腹立たしそうに頷いた。


「あんたたちの言う、破天荒な解決策ってやつよ――はん。私にとっては、最短ルートっていうだけなんだけど」


 浜風は言う。


「簡単に死なせてなんて、やるもんか」


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