6.Visual
思いの外あっさりと、目標金額に到達してしまった。
というか、支援者の一人が、ほとんど全額分の支援をしてくれたのだった。一口三千円からの支援を、一人で九十口近く。だから三十万円をほぼ一人で支払ってくれた太客のお陰で、浜風のクラウドファンディングはあっさりとクリアされた。
なので週末を待って、その祝勝会として僕たちは買い出しへと出掛けた。
具体的に言うと、池袋のサンシャインシティへ。
「ほらまにま、こっちも着てみなさいよ」
「ま、待ってよみずちちゃん。まだ前に渡された服も着終わってない……」
試着室に次々と服を持ち込んでくる浜風に、羽野は慌てながら答える。
あの勢いで服を持ち込んだら、試着室の中で溺れそうだが。
というか普通、持ち込むのは何点までとかの制限があるのでは?
注意しようかと思うが、女性専門の服屋の奥まで行くのは躊躇われる。axesfemmeって。一歩でも踏み込んだら通報されるかもしれない。
そんな場違いな買い物に付き合わされている理由は、僕の財布だった。
クラウドファンディングで活動資金の目途は付いたとはいえ、振り込まれるのはもう少し先だ。なのでとりあえず、僕が立て替えることになっている。
無駄遣いをされないようについてきたけど、お金だけ渡して待ってたほうがよかったな……。
「ああ、やっぱり似合うわね。こういうデザインの服、着れないのよね私。胸がないから」
そんな半端なやっかみを言いながら、しばらくして、何も買わずに二人で出てきた。
「自分の服を買いに来たんじゃないのかよ」
「はん、これだから童貞は。女の買い物は、目的のものを買うまでの寄り道が本分なの」
「めちゃくちゃだな」
「次行くわよ、次」
と。
そんな風に振り回されながら、何件か巡った先で。
「これなんていいんじゃない?」
と、肩の大きく空いたワンピースを着た浜風が、僕に尋ねてきた。
「……いいんじゃないか?」
今まで着ていた服だって、相応に似合っていたのだけれど。
「あんたの感想なんてどうでもいいのよ」
「うん?」
「オタク受けが良さそうかを聞いてるの。バーチャルYoutuberの視聴者として」
「ああ、そういうことか」
だから僕にわざわざ聞いてきたのか。
であるならば、僕はそうではないのだけど――オタクとして回答しよう。ゴーストとして。
「だとすると、ちょっと普通すぎる気がするな」
男受けはいいだろうけど、オタク受けはよくなさそうだ。
それにこういう肩や肌を露出する服装は、オタクにはウケが悪い傾向にある気がする。なによりも処女性を重んじるのがオタクなのだ、僕はそうではないのだけど。
「そもそもどういう衣装にするかは、どういうデザインにするかを決めてからじゃないのか? キャラクターごとのイメージカラーとかもあるだろうし」
Vtuberの視聴者の間では、キャラをイメージカラーで認識する文化がある。
例えば浜風みずちは、黒と青。
主に頭髪や制服の色に由来した黒を基本色に、名前や振る舞いの雰囲気から青を差し色に使われることが多かった。
他にも波乃まにまなら白と青、エンティなら緑。
玉響まゆは白、織々褥は紫、夜内えんじはオレンジ、水無マイはピンク。
「だからお前がどういうモデルを依頼するかによるんだけど」
「モデルは、私のままよ」
「は?」
「え?」
浜風の言葉に、着せ替え人形にされた疲れでぼうっとしていた羽野も反応する。
「浜風みずちのデザインに寄せていくわ。私はそのやり方しか知らないし」
「……でも、それじゃあくるみさんたちと喧嘩になっちゃうんじゃ」
「はん、上等よ。全面戦争なんでしょ?」
浜風は余裕そうに笑いながら言う。
「僕はそこまで言ってねえよ」
だけど、たしかに【SHOWCASE】との対立を前提に見据えるなら、そのやり方もありだ。
浜風が個人でデビューするにあたって最大の敵は、やっぱり過去の浜風みずちだろうし。
浜風自身目当て、演者目当ての視聴者層の他に、外見目当て――身体目当ての視聴者も根こそぎ奪えるのであれば、それに越したことはない。
「だけど、たしかにアリだな、その方針は」
「でしょ?」
「で、でもでも……それだと、元のみずちちゃんはどうなるの……?」
と。
羽野は意外にもそう反論した。
「どうなるもこうなるも、あんなのは抜け殻よ。そもそも現段階で、死んでいるようなものでしょ」
「し、死んでる……のかな」
「死んで生まれ変わるから、転生って言うんじゃないの」
「……うん、そうだね」
――だから私は、転生をしない。
そんな風に言って、羽野も納得をしたらしい。
今日一日一緒に過ごして分かったことだけれど、どうやら羽野は再びVtuberをやる気はないようだ。浜風と一緒にいるのはあくまで付き合いで、本人はこれからどうするつもりなのか、僕も聞いていない。
Vとしても偽名を使っている――つまり本名がある羽野は、戸籍が存在しない浜風とは違い、多少自由な選択肢があるのだろう。
「だったら、こんな実物の服じゃなくて、イラストレーターやモデラーと相談して決めていくのがいいんじゃないのか?」
「最終的にはそうするんだけどね。でも現場に赴いて体験することで、話の内容が深くなる――らしいわよ」
それも【ミス・ノンフィクション】での積み重ねか。
実際、浜風のトークにはそれで深みが出ていたけれど、それはやはり周りに波乃まにまやエンティ・フロウフォードがいてこそという気もする。
これから先、一人でやっていく浜風には、その手法は使えない。
まさか視聴者の男の家に転がり込んで配信をしているなんて話を言えるはずがないし。
女Vtuberに彼氏がいたと発覚して炎上するだなんて、一番よくある事例だ。男関係で燃えるほどくだらないこともない。
「それにクラウドファンディングの支援者向けに、開発の進捗日記も公開しなくちゃだからね。分かりやすい出来事があったほうが安心するでしょ」
「結局、支援者への還元はブログにしたんだな」
「そうね。ボイスドラマとかって、私の柄じゃないし。ああいうフィクションでキャラクター性の外堀を固めるみたいなのは、私以外の有象無象がやってればいいのよ」
有象無象って。バーチャルYoutuberのことになると相変わらず強気すぎる。現実の自分もそれぐらい肯定してあげられれば、もっと活動の幅も役柄の幅も増えそうなのだが。
「とりあえず、ざっくりと衣装の方針も決まったし、イラストレーターさんに依頼のメールを出してくれる?」
「僕がか?」
「ゴーストライターでしょ? 私が転生した浜風みずちだと確信させるような文章で、確実に依頼を取り付けてきてちょうだい」
また無茶ぶりをされてしまったが、仕方ない。
その程度の依頼なら応じよう。そもそも、できる依頼はできるだけ断らないというのが、僕のルールだ。
その後、帰宅した僕は言われた通りに依頼を出そうとパソコンを起動し、その前に日課でTwitterを開く――って。
「お、おい浜風。これ!」
「はにゃ?」
『みなさん、ご心配おかけしました。浜風みずちは、元気です』
『もう少しで活動再開できると思うので、待っていてください』
バーチャルYoutuber浜風みずちのアカウントから、そんな動画がアップロードされていた。
――声付きで。
「……まさかお前が言ったわけじゃないよな?」
「まさかすぎるでしょ。……これ、合成音声よね?」
「合成音声?」
言われてよく聞いてみると、こうして話しているリアルな浜風の声と比べて、たしかに違和感がある。それはマイクや音響機材の不具合だと流されてもおかしくないような誤差だったが。
「……これは、まずいかもしれないな」
全面戦争とは言ったものの、相手からここまで強力な反撃があるとは、予想していなかった。
【ミス・ノンフィクション】の浜風みずちは、すでに死んでいる。
そういう前提で行動していただけに、予想外の一手に怖気づいてしまう。
もしもこのままバーチャルYoutuber浜風みずちが復活することがあれば、こちらの計画は潰されてしまう可能性すらある。
やられた、という気持ちが強かったが、しかし、それだけではなかった。
このVtuber戦国時代で一グループを育て上げた才媛、白縫くるみの次の一手とは――。
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