4.Vogue

 さらに翌日、大学から帰宅する時から既に嫌な予感はしていたが、マンションの廊下にまで響く姦しい声に、それが的中したことを知らされた。


「ほんまに? あの2Dアニメって、ほんまに台本ないんか?」


「だからそう言ってるでしょ、私たちの職場体験ありきで、それを後でアニメーションにしてもらってたのよ、【Q.A.works】に」


「いや、制作も大御所すぎるし。それであんなクオリティになるんか。そない言われたら自分、自信なくしてまうわ」


 関西弁なのか、どこの方言なのか判然としない――間違いなくエセだということだけは分かる――その話し方は超大型バーチャルYoutuberグループ【XYZ】の配信者、チャンネル登録者数80万人の玉響たまゆらまゆの特徴だ。

 その独特な言葉遣いもそうだが、実質初対面である浜風と、畏まることなく親し気に話し込んでいるコミュニケーション力も特筆すべき点で、年がら年中、グループの垣根を越えて、誰かしらとコラボ配信をしている印象がある。


 大学ではサークルを無数に掛け持ちしたアクティビティの塊みたいな女子がいるけれど、玉響まゆ本人は、そんな風貌の女子だ。明るい茶髪でゆるふわカールのロングヘア、ニットシャツにワイドパンツ。大学構内にこういう格好の女子は無数にいる。

 キャラクターとしての玉響まゆは、白髪ショートヘアの女子高生なのだけど、まあ、キャラの見た目を本人に寄せているという浜風たちのほうが特殊だ。


 ただ特殊さで言えば、この場に居る他のVtuber、夜内ようちえんじも匹敵していた。

 夜内えんじ――業界内最年少の、小学校低学年、脅威の一桁年齢のバーチャルYoutuberである。所属は、女子の配信者ばかりを集めた【ハロー・ライブ】だ。

 舌足らずな喋りから繰り広げられるトーク内容やリアクションがまさしく低学年の女児であると話題急上昇で注目され、先日、登録者数90万人を越えていたはずだ。

 ロリに詳しい友人によると、小学校低学年というより、幼稚園の年長さんみたいな反応だという話だったが。

 見た目もランドセルを背負った子どもらしい子どもで、一定のロリ需要はあったようだけれど――中の人は、この場にいる誰よりも大人だった。


「でも、玉響さんとの台本ありきの動画コラボも、面白かったですよ。キャラのイメージを壊さないように、事前に取り決めできたのも気楽でしたし」


「いやいや、えんじちゃんが普段からあのレベルのロールプレイを、台本なしでやってることがうちには信じられんねんけど」


 夜内さんに会った誰もがきっと、同じ感想を持つだろう。

 夜内さん本人は二十代後半か、三十代かというぐらいの容姿で、落ち着いたロングスカートとボブヘアはどことなく人妻感があり、それが自分の部屋にいるという事実に緊張してしまう。


 僕の部屋の状況は、最早一人の人妻を取り上げて騒ぐような段階ではない気もするが。

 これもまた、一種の正常性バイアスか?


 そんな異常な部屋の中でありながら、一人、スマホの画面を見つめ無心にゲームに打ち込んでいる少女がいた。羽野にこっそり教えてもらったが、彼女が織々おりおりしとね――この子は運営のついていない個人のVtuberで、登録者数は60万人。規模で言えばVtuber界隈でもトップクラスなのだが内実はプロゲーマーに近い。

 企画やコラボや雑談など、それなりに多芸な玉響や夜内さんとは違い、彼女はゲーム実況プレイ一本で、不動の人気を獲得している。

その理由の一つが、圧倒的実力。強さ至上主義ともいえるFPSゲームの界隈で、世界ランキングに食い込むほど上手いというのはVtuberの中では珍しい。

 そんなプロも顔負けの実力を可愛らしいキャラクターが発揮しているというのが、彼女の一つのセールスポイントだ。ヘッドホンをつけたショートカットの女の子で、まさしくゲーマー女子といった感じの容姿をしている。


 現実の織々もショートヘアではあるのだけれど、何というか、手入れを一切していないざんばら髪のような感じだ。服装も、量販店のジャージ姿である。この集まりの最中、そんな格好で体育座りをしながら何らかのゲームをし続けていて(たぶんスマホでできるFPS)一言も発していない自由さには目を瞠る。

 織々と言えば、昨年の年間配信時間がVtuberの中で圧倒的一位で、一日平均二十時間以上配信をしているという驚異のゲーム中毒なので、こうして集まっている時間も惜しんでプレイしているというのは、分からないでもないのだが。


 いや、こんなメンバーが揃っている時点で、僕に分かることは何もない。なんなんだよ、この状況は。あと一人、紹介していないメンバーがいるのだけれど――。

 そもそもどういう関係性の、何の集まりなのかも、僕は知らされていない。

 羽野の時と同様に、浜風が呼び集めたのだろうということだけは、辛うじて想像できるが。

 話の内容を聞いていても、どういう議題なのかが入ってこない。


「はいはい、それじゃあそろそろ、閑話休題しようか」


 そこで残りの一人――最後の一人にして最大の一人が、そう言った。ぱん、と拍手一回でこの場の注目を全て集め。


「閑話にも窮してきたところで、かんきゅーだね。そろそろ結論に入っていい段階でしょ。みずちいが、どうすれば返り咲けるのか。配信のノウハウをどう叩き込むべきか。運よく今、それなりに勢いがある配信の先輩のあたしたちが、教えてあげなくちゃ」


 今日はそういう集まりだったもんね? と、何故か彼女は僕のほうを振りむいて、そう言う。

 まさか僕の疑念を感じ取っていたわけではあるまいが、この場の説明としてはそれ以上、相応しい言葉はないのだろう。結論の直前に現れた僕に対し、改めて議題を確認することで、理解度を揃えようという配慮なのかもしれない。

 一時間や二時間など長時間になることも多い生配信をする中では、中途から視聴を始める人は多くいるだろうし、自然と、そういった対象にまで気が回るのだろうか。

 バーチャルYoutuberのトップともなると。


「せやね、かんきゅーや。うちとえんじちゃんの話なんて、どないでもええねん」


「どないでもってことはないけどー」


 と。

 間延びした、ゆるりとした口調で入ってきたのは、ここで初めて口を開いた、織々だ。

 ゲームプレイ中も、そんなゆったりとした喋りのままスーパープレイを連発していくので、不思議な爽快感があるのだ。


「それはそれで、ヒントにはなるんじゃないー? 自由にやってただけの人にはさー」


「自由になんてやってないんだけど、私」


「それならそうかもー」


 浜風の反論に織々は取り合わず、受け流す。


「そしたらー、これもかんきゅーだねー。ぱいせんのありがたいお言葉まちー」


 口を開いたかと思いきや、問題は最後の一人に丸投げしていた。とはいえ、この場を掌握しているのが彼女であることは、最早疑問の余地がない。


「あはは、そしたら先輩が任されちゃおうかな」


「ええ、お願いするわ。あんたのやり方を教えてよ。バーチャルのトップに上り詰めた、マイのやり方を。マイルールを」


 そう振られたのが、彼女――バーチャルYoutuber史上最多のチャンネル登録者数300万人を誇る、【ディープ・シー】所属の水無みずなマイだった。


 元々、バーチャルYoutuberは四天王と呼ばれる五人の超人気配信者たちがいたのだが、昨年になって、その立場が揺るがされ始めた。王座に胡坐をかいていた者たちが、玉響や織々のような新勢力に、脅かされるようになってきた。

 アクティブな視聴者数、配信を実際に見に来る数や、投げ銭の支援額が、勢いのある新参者に負け始めたのが去年の話なのだけれど、今年に入ってついに四天王がずっと保持していたチャンネル登録者数最多の記録を打ち破ったのが、新時代新勢力の代表とされる、水無マイだった。


 彼女の大きな特徴は――流行力。

 その実態を僕は未だによく分析できていないのだけれど、こうして、目の前でまざまざと見せつけられれば、理屈じゃなく理解させられる。僕の文責で保証させられる。

 簡単に言うと、水無の話した内容や喋った言葉は、すぐに広まっていく。普通の人が言えば大した内容ではないことがまるで名言のように取り上げられ、大して印象的ではない言葉でさえ、他人が喜んで真似をしてしまう。

 閑話休題の略称として彼女がこの場で生み出した『かんきゅー』が、瞬く間に馴染んでしまったのがいい例だ。こんなアクの強い面子の中でも、その流行力に変わりはない。

 どんなモノでもバズらせる――その特性から、彼女は広告や企業の案件で引っ張りだこだ。

 一時期、海外の視聴者の間で『こんにちは』という挨拶が、彼女の独自のものだと解釈されて、混乱が起こったことさえある。

 そんな、本人にさえコントロールが効いていない、規格外のスター性こそが、彼女の才能の真骨頂だ。そんな彼女が一体何を語るのか、僕も見物だ。


「いやあ、マイルールだなんて、そんな大層なことじゃないよ。まずは普通に、2Dモデルの発注じゃないかな?」


「…………」


 ツッコミどころのない、直球の正論だった。

 配信のためのアカウントを作るにせよ、告知をするにせよ、それをするためのキャラクターという器が、バーチャルYoutuberには必要だ。

 この間失敗した浜風には、当然、それがない。

 普通のYoutuberとしてなら、それでもよかったのだろうけれど、実際問題、彼女がバーチャルYoutuberとしていくら人気でも、Youtube全体で見れば、多少の人気でしかない。

 だから狙うならやはりVtuberの視聴者層であり、そのためには2Dモデルが要る。

 もちろん3Dが作れればそれがベストなのだろうけれど、予算が倍以上は違ってくるし、2Dモデルしか持たないVtuberもたくさんいる。

 逆に言えば、2Dモデルさえあれば、Vtuberを名乗るには支障がないし、2Dモデルがなければ――。


「でも2Dモデルがなくたって、バーチャルYoutuberにはなれるんじゃないの?」


 ツッコミどころがないと思われた水無の発言に、そう指摘を入れたのは、浜風だった。


「うん? みずちい、どういうことかな?」


「だって、あんたたち自身、モデルを画面に出さずに配信することだってあるでしょ」


 バーチャルYoutuberの配信画面というと、画面の右下か左下に、モデルを映しているものを想像する者が大半だろう。そうして喋りながら、あるいは遊びながらの演者のリアクションをモデルが再現してくれるというのが、バーチャルYoutuberの配信特性の一つだ。

 だけど、配信している内容によっては例外がある。視聴者に見せる画面内の情報量には限りがあるので、企画や、プレイしているゲームの内容によっては、アバターを映す優先度が低くなることもある。


「そういう場合、その時は、あんたたちはバーチャルYoutuberじゃないってこと?」


「それは――文脈を無視しすぎ、ではないでしょうか」


 そう言ったのは、夜内さんだった。


「パパさんたちは、私たちの配信を追ってくれていますから。画面に私たちを映していない回を取り上げて、バーチャルYoutuberではないとは言わないでしょう」


 パパさん――というのは、夜内えんじ独自の『視聴者』の呼び方だ。Vtuberはそうやって、自分の視聴者をクラスタに分けて扱う。ただ、夜内さんの外見でそれを言われても、やはり旦那の話をしているようにしか思えないのだけれど。


「だから、文脈に沿ってくれるって言うなら、私はバーチャルYoutuberなんじゃない?」


「……た、たしかに……そうかもしれませんね」


 と、浜風の反論に対し、夜内さんは言葉に窮してしまう。

 浜風の言い分にも一理はある。理の無い反論は意外としないのだ、この女は。

 事件によって存続が難しくなった浜風なら、モデルの有無に因らず、バーチャルYoutuberの視聴者に受け入れられる可能性は十分にある。一回目の配信が失敗したのは、単純に、あまりにも手際が悪かっただけだと考えることもできるのだし。


「――じゃあ何か? おどれはキャラクターを、おどれ自身だと思っとるんか?」


 黙ってしまった夜内に代わり、そう言ったのは玉響だった。しかも何やら怒っているかのような――おどれって、相当強い攻撃性を孕んだ二人称なのでは?

 しかしそんな物言いに怯むことなく、浜風は答える。


「もちろん決まってるでしょ、浜風みずちは私よ」


「つまりおどれは、ファンも人気もおどれ自身についてる言うんやな?」


「はん――そんなわけないじゃない」


「ああん?」


「浜風みずちは私だけど、私は浜風みずちじゃないじゃない。私の中の都合のいい部分だけを集めたのが、浜風みずちわたしなんだから」


 ――このままの私なんて、嫌われて然るべきでしょう?


 浜風は言う。

 しばしの間、浜風と玉響は無言で見つめ合っていたが、先に折れたのは玉響のほうだった。


「……やめや。そないなこと言わせたら、うちがいじめとるみたいやないか」


 実際、新人いびりみたいな、高圧的な口調ではあったけれど、そう溢した玉響からは、怒気のようなものは引いていた。

 しかし、浜風の自意識は、やはり歪んでいる。


 ――実物に忠実じゃ、あんなに可愛くならないじゃない。


 ――このままの私なんて、嫌われて然るべきでしょう?


 察するに、その極端なまでの自己肯定感の欠如は、彼女の生い立ちによるものだろうが――手放しに褒めてくれる家族もおらず、比較対象となる同級生もいないと、こうまで自己認知に歪みが生じるのか?

 優れた者がより多くの人目に触れるインターネットでしか他人を知らないと、周りの人間があたかも全員自分より立派なように思えてきてしまうのかもしれない。


「そっちの、まにまちゃんはどないなん? おどれは最近、落ち目やったもんなあ。内心、事件のお陰で逃げの口実ができたって安心しとるんちゃうんか?」


「…………」


「黙っとらんで、何とか言ったらどうなん」


「え……わ、私?」


 突然矛先を向けられて、部屋の隅で行儀よく正座していた羽野が、素っ頓狂な声を出す。

 羽野も、織々ほどではないが、この会議の蚊帳の外にいた。急に話を振られたことがさも意外だったのか、助けを求めるように僕を見てくる。そんな味方みたいに見られても、一番の蚊帳の外こそが、僕なのだけれど。


「決まっとるやろ。おどれ以外におるんかい、まにまちゃんが」


「……いるよ?」


 と、玉響のそんな問い掛けならぬ言い掛かりに対し、羽野は不思議そうに返す。


「まにまちゃんは、私のお友達だよ。とっても可愛くて、誰からも愛されて、こんな私にも優しい、素敵なお友達――玉響さんともお話してたこと、あったと思うけど……まさか忘れちゃった? ――私の親友のこと」


 とろんとした目で、まるで陶酔しきったような表情で、羽野は言う。

 それが自己陶酔ならどれほど安心できただろう。こんなの玉響からしたら、子犬に噛みつこうとしたらケルベロスが出てきたかのような不意打ちだ。


「はっ……どうなってんの、こいつら」


 思わずそう毒づいた玉響からは、エセ方言が抜けている。それに気づいたのか、ばつが悪そうに咳払いをして、天を仰ぐように大きく身体を仰け反らせた。


「面白半分、いや、面白全部でおっとり刀で駆け付けたっちゅーんに、とんだ胸糞の悪さや」


 面白全部で来たのなら、自業自得という気もするが。


「おどれら、一体、どんな扱い受けてきてんねん。そんな思想をねじ込まれるなんて、それだけで十分、パワハラ事件として成立するやろ」


「パワハラなんて、普通にされてたけどね、そもそも」


「そうと言えば、そうかな……? でも、灰皿にされたり、三角コーナーにされたりはしてないから……騒ぎ立てるほどのことじゃないと思うけど……」


 その例えだけで、彼女たちの凄惨な過去が窺える。迂闊に覗き込んだら戻れない深淵だ。

 玉響も、織々も、夜内さんも、絶句してしまっている。


 そんな中。

 水無だけはにこにこと、人当たりの良い笑みを浮かべたままだ。そんな調子のまま、当たり障りなく脱線した話を戻しにかかる。


「ちょっとお話が逸れちゃったけど、そうだね――みずちいの言う通り、視聴者から見れば、2DモデルがなくてもあたしたちはバーチャルYoutuberだよ。2Dモデルが必要なのは、だから視聴者のためじゃなくて、あたしたち自身のためなの」


「どういうこと?」


「嫌われ者のあたしたちが、視聴者を騙して、人気者になるための免罪符――それが、あたしたちにとってのキャラクターでしょ?」


 水無は言う。


「それがなかったら、あたしたちみたいな、惨めで、みすぼらしくて、浅ましい存在が、大衆に受け入れられていいわけがないもんね」


「ああ、それなら分かるわ。免罪符ねえ。言われてみればたしかに、そのお陰で私は今まで人前に立てていたたのかもって気がしてきたわ」


 水無の言葉に、浜風が頷いて応じる。

 水無の言い草は、自己評価が著しく低い浜風に寄り添ったものなのだろうけれど――インポスター症候群という、成功した人が、自分の能力を正しく評価できず、人々を騙して実力に見合わない立場を得てしまったんじゃないかと考えてしまう症状がある。

 今の浜風の状態は、それに近い。

 ――羽野の状態は、それよりやや複雑な気がするが。羽野に比べれば、浜風の心情は幾分か分かりやすいものなのだろうけれど。そんなのはどんぐりの背比べでしかない。


 ともかく。

 そんな浜風に対し最も響く表現を、あの僅かな時間に捻り出してきた水無の手腕に、舌を巻く。まさか今言った内容が、水無の本心というわけではあるまいし。


「だからみずちいも、まずは用意するべきなんだよ。大衆のためのスケープゴートを。バーチャルYoutuberの2Dモデルを」


 そんな風に、水無はこの惨憺たる議論を何とかまとめようとしてくれたが、しかしそれではまだ納得できない人物が一人だけいた。


「……でも」


 と、か細い声で逆接を唱えたのは、羽野だった。


「それだとまるでVのほうが、私たちのためにいるみたいだよ……? 本当は、私たちがVのためにいるのに。まにまちゃんのために、私がいるのに」


 深刻に思い詰めたかのように言う羽野に、水無はまた、笑みを返す。


「あはは、こっちはこっちで重症だね――まにまにはこう言ってるけど、るーちぇはどう思う?」


 ここで、水無は夜内さんに話を振った。るーちぇ、という呼称が、夜内えんじの中の文字を取っているのだと気づくのに、ややタイムラグはあったが。

 夜内さんは胸元に手を当て、少し悩んでから答える。


「……私の場合は、波乃さんとは違います。私の演じる『えんじちゃん』は娘の模倣ですし……私や娘が、『えんじちゃん』のためにいるとは、さすがに言えません」


「うん、そうだよね。るーちぇはそうに決まってるよねー」


 さらっと衝撃の事実が混ざっていたが――娘?

 ああ、だからか。

 最年少の小学生バーチャルYoutuber夜内えんじに関して、ロリコンの友人曰く、年齢感がやや幼いとのことだったけれど……夜内さんは、容姿から判断するに二十代後半。小学生の子どもを持つには、少し若い。

 仮に娘がいたとしても、それは乳幼児だと思われるので、彼女のリアリティに富んだ演技が、実娘を参考にしているのだとすれば、その齟齬にも納得がいく。

 いや、それにしても、最年少を名乗るVが実際には子持ちだという事実には、どうしたって納得しづらいものがあるのだけれど……。


「それにゲーム実況を見てもらうためにVtuberになったりおりーは聞くまでもないだろうし、そうだね、これに関して同意してあげられるのは、まゆゆだけかな?」


「……うちをそないなもんと同類に語ってほしくないんやけど」


 この会合で一番グロッキーになっている玉響が、吐き捨てる。


「でも、普段からそんな変な口調で喋ってるのって、キャラ作りのためでしょ? バーチャルのために、リアルを捨てて寄せていってるんでしょ? そんな喋り方じゃ大学で浮いちゃうもんね」


「変やないて、これも故郷の方言やねん。浮いてるとか言うなや、マイちゃん。あんま語るのは好きやないねんけど――うちの場合は、キャラ作りのためやのうて、配信作りのためやし。作りたいのは理想のキャラやのうて、理想の配信やねん。おもろい配信のために都合のいいキャラ性を選んどるだけやから、極論、うちのキャラは、この通りやなくてもええ。まにまちゃんとは、その点で決定的に違っとる」


「……となると、やっぱりまにまにの考え方は、まにまにだけのものみたいだね」


 キャラクターのために自分がいるという、極論。

 この場にいる誰とも、同じグループである浜風とさえも、その在り方は決定的に違っていたようだ。


 だけど。

 だけど僕だけは――そんな羽野に、同調してしまう。

 ゴーストであるために、自分を殺している僕としては。

 しかしそんな僕の一方的な仲間意識が届くわけもなく、暗に例外扱いされた羽野は、再び俯いてしまうだけだった。目を背けた羽野に何を思っているのかは分からないけれど、水無は今度こそ場をまとめるように言う。


「だからもしもまにまにが、またVになる時が来たら、その時は自分のためにキャラを作ってあげればいいんじゃないかな?」


 ――そんなこと、できるわけない。

 私には、まにまちゃんしかいないんだから。


 羽野の小さな声は、僕にしか届いていなかった。

 あるいは、浜風にも――。

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