銀牙無法旋律【ブチ】

美鬼アリアンロード〔幼少期〕

 これはレオノーラと美鬼が子供の頃の、ちょっとした物語。


 アリアンロード家の別荘惑星──アリアン城に久しぶりに寄宿舎から帰ってきた。

 美鬼アリアンロード〔十歳〕は、父親のルルル・アリアンロードに向かって貴婦人のように、上品にスカートをつまみ持ち上げて軽く会釈した。

「お父さま、お久しぶりです」

 額両側の半球型の眼球が別々に動く愛娘に、紅茶を飲んでいた父親のルルルは目を細める。

「こちらに来て、一緒にお茶でもどうかな……化石クッキーもある」

「お誘いは嬉しいのですが……必要なモノをクローゼットから出しましたら。すぐに寄宿舎にもどらないといけませんので、お父さまとのティータイムはまた別の日に」

「そうか、元気そうでなによりだ」

 一礼をした娘が部屋から出ていくと、三葉虫を丸ごと練り込んで焼いた化石クッキーをルルルは口に運んで食べた。

 卵のような体型のハンプティ・ダンプティ型異星人で、アリアンロード家の専属執事ハンプティが、ルルルのティーカップに紅茶を注ぎながら言った。


「美鬼お嬢さまは、本当に良い子にお育ちになられました。成績も優秀で礼儀正しく、学友にもお優しいとのコト……幼い身での、寄宿舎生活は寂しさもおありでしょうに」

 美鬼アリアンロードは、誕生前に母親を失い……母親から一度も触れられるコトがなく生まれ元気に育ってきた。

 ルルルが言った。

「一人娘の美鬼には、幸せになってもらいたい……美鬼が生まれる前に亡くなった妻の分も含めて──美鬼の誕生日にプレゼントする『衛星級宇宙船』の建造状況はどんな具合かな?」

「順調でございます……宇宙空間にシートで覆いをして建造しております。完成まで、あと数年はかかるかと」

「最高の衛星級宇宙船を造るためだ……時間と金はいくら費やしてもいい」

 ルルルは懐中時計を取り出すと美鬼が、幼い頃にクレヨンで描いた。

 宇宙熱帯魚の絵を樹脂加工の縮小コピーして、懐中時計のフタ裏に埋め込んだモノを安らいだ表情で眺める。


「ところで、美鬼はなぜ突然。寄宿舎から一時帰宅したのだ?」

「なんでも、学園が社会見学を予定していた惑星が、未知の病原菌の感染拡大で惑星閉鎖になったとか……それで急遽、別惑星に社会見学先が変更され。学園の日程に少し余裕ができたので、お気に入りのヌイグルミを取りにもどってきたそうです」

「そうだったのか……時に美鬼の偏食は相変わらずか?」

「はい、あればかりは治りません」

 美鬼は、その身に生命力が特に強い深海生物の遺伝子が取り込まれている。半球型の目を持つ、その生物が好んで食べていたのが青い魚卵で。

 その影響を受けた美鬼は、黄身が青い卵が好物だった。

「美鬼さまが、お召し上がりになられる食材の中には毒性が強いモノも含まれます……毒食材調理専門の料理人家系から、専門の料理人を一人雇いました」

 その時、顔を白塗りにして頬に赤丸を描いた小柄なナマズヒゲの異星人が、ドアを開けてひょこひょこ部屋に入ってきて言った。

「ひょひょ、お気に入りの角が生えたクマのヌイグルミを持った美鬼さま、寄宿舎がある学園惑星にもどるために、金属生命体の銀馬が引く、スケルトンなガラス質の馬車に乗って宇宙空港に向けて出発しましたぞ」

 ルルルは、アリアンロード家専属医師カダの言葉に「わかった」と答えて、静かにうなづいた。


 社会見学の【虫喰いい惑星】にある西部風の町のメインストリートを走行する、豪華な貸切バスの車内で長身な山羊型異星人の引率教師が、美鬼たち生徒を見回してから言った。

「午後は地下の採掘場を見学します……複雑な迷路のような場所もあるので、迷子にならないように」

 さまざまな姿をした、異星人の子供たちは上品に返事をした。

 窓際の座席に、お気に入りの角が生えたクマのヌイグルミを抱えて座り、車窓からの風景を眺めていた美鬼の目に、酒場風の建物と『野良猫亭』の看板が見えた。

 酒場の前では、美鬼と同年齢くらいの地元の子供が数人──集まって遊んでいた。

 金剛力士像型異星人の子供や、星形に立ち上がったヒトデ型異星人の子供たちに混じって。

 ヒューマン型で赤い髪の女の子が、美鬼の目に止まる。背中で髪をバンダナで束ねた部分は先端が銀髪で、まるで子ギツネの尻尾のように揺れている。

 美鬼はなぜか、その赤い髪の女の子に惹かれた、山羊型異星人の引率教師が言った。

「地元の子供とは、あまり親しく接触をしないように……いいですね」


 採掘場に到着してバスから降りた美鬼たち生徒の前に現れたのは、少しメタボ体型で作業用ヘルメットを被った、モグラ型異星人の現場監督だった。

 モグラ型異星人の現場監督が言った。

「みなさんに見学していただくのは、安全な見学コースエリアです……指定外のエリアには立ち入らないように──お約束を守れない悪い子は、モグラの幽霊怪人に食べられちゃいますよ……はははっ」

 場の雰囲気を和ませようと、モグラ怪人の話しをしたらしいが聞いている生徒は誰も笑わなかった。


 地下へ降りるエレベーターから、枝分かれした坑道を通って、美鬼たち社会見学の生徒が最初に案内されたのは。

 四脚の土木重機が地下資源の採掘をしている、少し広い場所だった。

 モグラ型異星人の現場監督が説明する。

「このように、自動化された土木重機での鉱物採掘が行われています……天井を見てください」

 生徒たちが天井を見上げると、陥没して開いた穴から空が見えた。

「あと数十年採掘を続けて、みなさんがおじいちゃんやおばあちゃんになる頃には、この虫喰い惑星は跡形もなくなくなってしまうかも知れませんね……はははっ、さあもう少し奥へ進みましょう」

 見学生徒の列が動きはじめ、最後尾からついてきていた美鬼は、抱えていたはずのヌイグルミが無くなっているのに気づいた。

(あっ、さっきの休憩した場所に?)

 美鬼は、すぐに追いかけるつもりで、単独で二十メートルほどの坑道距離をもどる。

 角が生えたクマのヌイグルミは休憩した場所に、そのまま置いてあった。

 ヌイグルミを抱えて、少し歩いてみんなの後を追おうとした美鬼は、三つの別れ道の前で足を止めた。

(どの道?)

 一緒に歩いてきた時は、坑道の分岐に気づかなかった。少し悩んだ美鬼は、うろ覚えの記憶道でみんなの後を追った。

 見学エリアと別エリアの境界を示す、千切れた立ち入り禁止テープを踏み越えてしまったコトに気づかずに。


 美鬼が進む道は、次第に狭まり壁の様子が変わってきた。

 鍾乳洞のような通路を、みんなに追いつくと信じて進む美鬼の心に不安が過る。

(みんなどこ? 怖い)

 美鬼の脳裏に、岩陰から現れるモグラ怪人の姿が想像されて浮かぶ。

 焦る美鬼の目に、前方でボウッとした明かりと、子供の声が聞こえてきた。


 鍾乳洞の中を声が聞こえてきた方向に安堵して進む、美鬼アリアンロード。


 カンテラの明かりが照らす中に『野良猫亭』の看板が入り口に掲げられていた酒場の前で遊んでいた、地元の子供たちの姿があった。

 あの赤い髪の女の子の姿もあった、ホッとして声をかけようとした美鬼は、子供の手に黒光りする光弾銃が握られていたのに気づき。

 慌てて鍾乳石柱の後ろに隠れる、子供たちの話し声が聞こえてきた。

「よく、持ち出せたな本物の光弾銃」

「親父が隣り町に用事で出かけて一泊するからその隙に、こっそり持ってきた……すぐにもどせば大丈夫だよ、ちょっと借りただけだから」

「ちょっと、持たせろ……おっ、本物の光弾銃は重量感がオモチャの銃と違うな。レオノーラも持ってみろよ」

「ボクは、そういうのは……」

「いいから、ほら持って……意外に似合っているな。まるで無法者の女バグみたいだ、あそこの石柱を狙って引き金を引いてみろよ。

大丈夫、安全装置で光弾は出な……」


 レオノーラが、引き金を引くと銃口から発射された光弾が石柱を貫いた。

 驚いて固まっている子供たちに向かって怒鳴る、少女の声が聞こえてきた。

「こら、あなたたち! この場所は入っちゃいけないって、学校で先生に言われているでしょう!!」

「うわぁ、口うるさいセレナーデだぁ!」

「なんですってぇ! ちょっと、待ちなさいよ!」

 青い髪のセレナーデは、震えるレオノーラの手から光弾銃を引き離すと、肩から斜めに提げたポシエットに仕舞い、持ってきたカンテラで洞窟内を照らし。

 妹の手を引いて歩きながら言った。

「あんたは、あたしのスペアなんだからね……そのコトを忘れないで」


 カンテラの明かりが遠ざかり、代わりに光りゴケの淡い光りが洞窟の岩壁を照らす中。

 鍾乳石柱の後ろに隠れている美鬼の顔の数センチ横には、光弾で貫かれた拳大の穴が空いていた。

「きょほ……」

 綿が飛び出すほどヌイグルミを強く抱き絞めた、美鬼の口から奇妙な笑い声がもれる。

「きょほ……きょほほ」


 小刻みに笑う美鬼の足元に這い寄ってきた、丸太のような胴体の白蛇がカマ頭を持ち上げて、美鬼を守るように太モモから巻きついてきた。

 美鬼のスカートがめくれて、純白のパンツが露出する。

 

 二つに割れた舌をペロペロさせながら美鬼の顔を凝視する、美鬼も白蛇の顔を間近で凝視する。やがて白蛇は美鬼の遺伝子採取のために、美鬼の唇にキスをしてきた。

 ファーストキスをヘビに奪われた、美鬼の体が小刻みに震える。


 白蛇の首には、発信器のような首輪が巻かれていた。

 大蛇が尻尾の先を震わせて、洞窟内に鈴の音を反響させると。

 洞窟内を歩いてきた一人のヒューマン型異星人救助隊員が岩陰から現れ、震え笑い続ける美鬼を石柱の後ろに発見して近づく。

「良かった……無事で」

 救助隊は、訓練された洞窟捜索ヘビの頭を撫でて、仲間の救助隊員を呼ぶ。

「いたぞぅ、こっちだ……ケガはしていない!」

「きょほほほ……きょほほほ」


 美鬼を保護した救助隊員は、笑い続ける美鬼アリアンロードを優しく抱き締める。

「よっぽど、怖い思いをしたんだね……みんなが外で心配して待っているからね、もう大丈夫だよ」

「きょほほほほほっ!!! きょほほほほっ、きょほほほほっ!!!」

 幼い美鬼アリアンロードの奇笑は、いつまでも洞窟内に響き渡った。


〔美鬼アリアンロード〕~おわり~

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銀牙無法旋律ブルーローズ act2~悲しみを笑顔に変える銀牙の『性悪女』~ 楠本恵士 @67853-_-

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