2-01『All's right with the world』1
高校二年生、
平穏無事な暮らしが、あっさりと戻ってきたわけだ。
「最近、夜遊びが激しいのではありませんか?」
「…………」
などと妹の
成績が上がったり下がったりするほうが、高校生にとってはよほど大事件と言えるのかもしれない。
変化と言うべきものがあるとすれば唯一、
「実際、異世界にすっ飛ばされても、こうして日常に戻ってきたわけだしな……」
「――何か言った、大輝?」
大輝の独り言に反応して、首を傾げたひとりの少女くらいだろう。
その正体は現代に潜む魔術師であり人工の魔女であるという女子中学生。
最も大きな変化を言うのなら、それは彼女に出逢ったことなのかもしれない。
「いや、なんでもない。それより用事って?」
軽くかぶりを振って大輝は問う。
週明け。スマホに届いた連絡に従い、大輝は放課後に熾と合流していた。
なんでもぜひ会ってもらいたい相手がいるとのことらしいが、詳細は聞いていない。
「……まあ、行けばわかるよ」
大輝の問いに、小さな声で熾は答えた。
なんだか歯切れが悪い。誤魔化されたような感覚を覚える大輝だったが、確かに目的の場所が決まっているのなら行けばわかるのは事実だ。
そっか、と軽く流すに留める。
ただその返事に、むしろ熾のほうがバツの悪い思いを覚えたようで。
「あー、ごめん。なんかちょっと、言いづらくってさ」
頬を掻いて苦笑いする熾。大輝は眉を顰めて、
「そう言われると不安になってくる。熾の知り合いって時点で普通じゃなさそうだし」
「……それどういう意味?」
「普通の知り合いならオレに紹介する意味もないし。関係者かなって普通に思うよ」
ここで言う関係者とは無論、熾の裏の顔――魔術師としての彼女の関係者という意味。
「それもそっか」
熾は軽く頷くと、それから。
「そうだね。えーと、前にちょっと言った気もするけど、この街の管理者の人が帰ってきてさ。顔合わせしとこうと思って」
「顔合わせ」
「関わらないで済むならそのほうがいいとは私も思うんだけどさ。大輝がこれからも魔術師の世界に首を突っ込み続けるなら、早いうちに会っといたほうがいいかと思って」
「なるほど……まあ確かに、それはそうなのかもな」
「あとは単純に、和谷さ……その人が会いたいって言ってるみたいだから。ごめんね?」
「いや、別にいいんだけど」
熾に応じながらも、大輝は首を傾げていた。
魔術師に会いに行くというのだから、てっきり人のいない郊外のほうへ向かうものだと思ったのだが、熾の足はどんどん繁華街のほうへ向かっている。
いったいどこに住んでいるのだろう?
大輝の知っている魔術師は、熾を除けば残りは三人。どれも外部から来た魔術師であるため、普段どのように生活しているのかがどうにも想像できないでいた。
少なくとも、中学生の熾がスタンダードなわけではないだろうと思っているだけだ。
――社会の裏側に隠れ潜む現代魔術師。
その正体を予想し、わずかに期待する大輝が、熾に連れられ到着した場所――それは。
「……喫茶店かあ。しかもここ」
ほんの少し前、大輝が熾に対して紹介した喫茶店――《のどか屋》。
想像以上に日常的な場所へ連れられ、大輝は思わず苦笑した。
そういえば、あのとき熾の様子が少し妙だったな、と今さらのように大輝は思い出し、肩を揺らす。
教えられる前から知っていた、ということだったらしい。
「まあそりゃそうか。考えてみれば待ち合わせだもんな……」
そう呟いた大輝にふと、店に入ろうとしていた熾が振り返って。
「ああ、違う違う。今から会うの、この店の
「……魔術師に会いに行くんだよね?」
「そうだけど」
「喫茶店のマスターに会うの?」
「何言ってんのさ」
当たり前のように熾は言う。
「喫茶店の店主は職業でしょ。魔術師は生き様。別に職業じゃない。何も矛盾してないと思うけど」
「なんだかなあ」
少なくとも大輝のいた異世界において、魔導師といえば普通に職業を指していたが。
そんなものなのかもしれない。日常のすぐ隣側に、知らない世界が広がっているということもあるのだろう。
自室で眠るだけで、異世界に飛ばされることもあるのだから。
「でも、そうなると……この店のマスターなら会ったこと普通にありそうだな」
「そうかもね。なら顔は知ってるかも」
「いや……意識して見たことはないからなあ。異世界にいた期間も長いし」
さすがに記憶はしていられない。
地球に戻ってきてまず、知り合いの顔を思い出す作業に苦戦したのは覚えている。
なんなら、思い出すことのできない誰かもいるだろう。
「――いらっしゃいませ」
店内に入ると、出迎えてくれた店員が静かに言った。
知った雰囲気で熾が笑みを浮かべ、その店員に対して答える。
「どうも、一ノ瀬さん。店長、呼んでもらっていいです?」
「申し訳ありません。和谷は現在、外出中でして」
「……え? あれ、あの……あれぇー?」
熾が目を丸くして混乱する。意外と想定外に弱い辺り、なかなか女子中学生だった。
考えるに、これは約束をすっぽかされたということなのだろうか。大輝は目を細めた。
そんなときだ。
店の奥からひとりの女性が現れ、熾を見るなり笑顔を浮かべて。
「あ、おすおす熾ちゃーん。こっちこっちー」
「……
現れたのは、派手な格好をしたひとりの女性だった。
髪を明るく染めており、いかにも陽な雰囲気だ。こちらも大学生くらいに見えた。
「やー、ごめんにー。いろいろあって、
「出、」
「とりま座って話そうぜー。あ、きょーちゃん、悪いけどブレンド、三人分お願いね」
てきぱきと場を進めていくその女性――雪丸と呼ばれた彼女は、店員の彼女にそう頼むと、そのまま店の奥へと歩いていく。
「こっちこっちー」
大輝は窺うように熾の顔を覗き込んだ。
熾は圧倒された様子で口の端を引き攣らせていたが、やがて静かに首を振って。
「……行こっか、大輝」
「あー……わかった」
「あはは。こういうときの大輝って飲み込み早いよねー……」
謎の感想を零して進んでいく熾の後ろを、大輝は軽く笑いながら追いかけた。
「ほらほら。ふたりとも、ここ座って」
先導する雪丸に、四人掛けの席のひとつへ案内された。
熾に目配せされて、大輝がまず腰を下ろす。
続けて当たり前のように雪丸が大輝の隣の椅子へ座った。
あれ、そういう席順なんだ、と驚きつつも何も言わない大輝。
熾はなぜかショックを受けた様子で、しばらくおろおろとふたりを見ていたが、やがて諦めたみたいに雪丸の正面の席へ腰を落ち着けた。
「んふふ」
愉快そうに雪丸が笑う。さきほどから、彼女はずっと楽しげな様子だ。
「いやあ、ようやく会えたね。キミが噂の黒須大輝くんかあ!」
その雪丸が言う。どうやら自分のことは熾辺りからでも聞いていたのだろう。
大輝は頷く。
「ええと、はい。黒須大輝です」
「あははっ、何それ。面白いねキミ。あ、あたしのことは熾ちゃんから聞いてるかな?」
「――言ってない」
と、これは熾が答えた。妙に硬い口調だった。
雪丸はめげもせず「そっか」と答え、笑いながら大輝に言う。
「あたしは
「はあ……斎さん、ですか」
「そうそう、斎さん斎さん! ちなみに、熾ちゃんの同業者って感じかなあー」
――同業者。
それはつまり、熾と同じ魔術師ということだろうか。
大輝は熾に目を向ける。彼女は一度頷くと、視線を斎に向けて言った。
「それより、和谷さんがいないってどういうこと?」
「ん、まあ言葉通りかなあ。どうも巻き込まれてた面倒ごとが、思いのほか尾を引いてるみたいで、その始末のために魔術戒のほうといろいろやってくるとかなんとか」
「え……そうなの?」
「そうだね。仄火サンが出張るくらいだし、どうにも海の向こうでオオゴトになってるっぽいからさあ。あたしが伝言頼まれたって感じ。大輝くんにも会ってみたかったしね!」
どうやら会う予定だった相手――和谷仄火というらしい――の、都合がつかなくなってしまい、代わりに斎が現れたという顛末らしかった。
事情はわからないが、魔術師にもいろいろあるのだろう。大輝はそう納得する。
そのまま運ばれてきたコーヒーを手にぼうっとする大輝へ、斎が満面の笑みを向けて。
「いやあ。でも、キミとは本当、会ってみたかったんだよねー」
「そうなんですか?」
「ちょ、ちょっと、雪丸さん……」
首を傾げる大輝と、なんだか面白くなさそうな熾。
その両者を、こちらは心底から愉快そうに眺めて斎は続ける。
「そりゃ、あの熾ちゃんのお気に入りともなればね」
「雪丸さんっ!」
「何もそんなに怒んなくてもいいじゃん。ま、単に顔合わせしときたかったってだけさ。それより大輝くん、キミに渡しておきたいものがあるんだよねー」
言って斎は、ポケットから鍵を取り出して大輝に渡す。
されるがままに受け取った大輝だが、渡されたものの意味がわからない。
「えっと……これは?」
訊ねる大輝に、斎は言った。
「ん? ――あたしの部屋の合鍵」
「はあああああああああああッ!?」
と、熾が吠えた。
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